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宮廷仮面舞踏会⑦

 その時、タイミング良く扉を叩く音がした。


「はい、どうぞ」


 一声かけて扉の方を向くと、ジル殿下が蛙、つまりエドを連れて部屋の中へ入ってきた。私の膝の上にいる毒蠍アムを見ると、ジル殿下の動きが一瞬だけ止まる。それから、殿下は口元を手で押さえ、笑いを堪えながら質問をした。


「リリアム、何かやらしい事でもしてたのか?」


 いつものように、揶揄い混じりに言う。


 答え辛い質問をぶっ込んできましたね、とも言えず、同情するような視線を私はアムに送った。アムは答えない代わりに、毒針をクイクイ動かしていた。細やかな抗議をしているのかもしれない。



「ま、その話は後からじっくり聞こう。リリアム、お前はエドと一緒に宮廷舞踏会の来賓客を外へ誘導しろ。舞踏会は閉幕だ。それが終わったら、近衛兵や護衛兵と一緒に見回りの強化。魔術結界の補強は、エリオットに頼んである」

「エリオットに?」

「ああ、彼はまだ年齢的な事もあり、リリアムに師事している状態だが、独特な魔術の使い方をする才能豊かな人材だ。ありきたりな結界が破られてしまうのなら、エリオットの魔術結界を試してみようと思う。ま、結界の重ねがけはするがな」

「……そうですか。小さな四角い箱は、一体誰が持ち込んだのでしょう?」

「有力な手掛かりを得たんだが、どうにもアイツが吐かなくて困っている。ロメリアも一緒に来てくれないか?」

「え?」

「マリス・シュリントンの所に……」


 ジル殿下はそう言うと、私の手を優しく掴んだ。その瞬間、嫌な予感がしたのは私だけでないだろう。


 私とジル殿下の間に、人間の姿に戻った加護付きのアムがいて、背後から伸びている毒針が殿下の顔の前で止まっている。私と同じ事を考えていると思われる殿下の顔は、やっぱり笑顔だった。


「……誘導してきます。ロメリア、気を付けて」

「は、はい」

「リリアム、頼んだぞ」

「あ、待ってくださいよ~、リリアム~!」


 アムとエドがいなくなり、重々しい空気が流れる。そう言えば、殿下と二人きりなのは初めてかもしれない。


 殿下は私の手を離すと、眉根を下げて申し訳なさそうな顔をした。


「気に入った奴ほど、ついついちょっかいを出したくなる。この癖をどうにかしないとな」

「ふふ、殿下のリリアム様に対する愛は、私もひしひしと感じています」

「本人はどう思っているのか……」

「少々迷惑な上司だと思っているのでは?」

「ハハッ、ロメリアも言うようになったな」

「恐れ入ります。口を慎みますわね」

「いや、このままでいい。緊張して震えているよりは……」


 殿下の優しさに甘えそうになる自分を叱咤し、立場の違いをもう一度頭に叩き込んだ。それから、ずっと疑問に思っていた事を質問してみる。


「ところで、蛙の仮面を被った人は何者なのですか?」

「蛙? ああ、あれはエド・フロッガーだ。リリアムと同じ魔術師ウィザードだな」

「ああ、それで……」


 疑問が解消されて、胸のつかえが下りた。通りで一癖も二癖もある。


 その後、殿下はマリス・シュリントンがいる部屋へと案内してくれた。殿下より一歩後ろを歩いていると、つきあたりの奥の部屋の前で殿下は足を止めた。


「ここに護衛兵とマリス・シュリントンがいる」

「分かりました。小さな四角い箱の出所をそれとなく聞いてみますね」

「頼んだぞ。俺と護衛兵は外で待っている。何かあったらすぐ呼べ」

「はい、でもきっと大丈夫です。人形ぬいぐるみがありますから」


 魔物と戦い、見事勝利した人形ぬいぐるみ毒蠍リアを見せると、殿下に頭を撫でられた。


「殿下……?」

「良く闘った……。怖かっただろう。次はすぐに駆け付けられるように警備を強化する」


 翠玉色の綺麗な瞳で見つめられ、犬の頭を撫でるような力強さで、頭をわしゃわしゃ撫でられる。この行為の意味が分からず殿下を見続けてみたものの、美目麗しい殿下の笑顔に耐え切れなかった。


 見惚れてしまいそうになった自分に何とか歯止めをかけ、下を向く。話題をすり替える事にした。



「そ、そう言えば、えっと……。カナリアは大丈夫でしたか?」

「カナリア? ああ、彼女は無事だ。珍しいな、ロメリアが彼女を気にするなんて……」

「個人的な感情は抜きにしても、カナリアのあの行動は立派でした。カナリアにはカナリアなりの思惑があったかもしれませんが、格好良く見えました」

「そうか……」

「はい、では行ってまいります」


 逃げるように一礼して、部屋の中に入る。護衛兵は私と入れ違いで出ていった。


 マリスは椅子に座らせられていて、両腕を前にした状態で手かせをしていた。私と目が合うと、キッと睨んでくる。なる程、まだ耐えられる余裕があるという事だ。


 ……さて、どうしよう。


 ふと周りを見ると、マリスから離れた所にもう一つ椅子がある。位置的には真正面。その椅子に腰をかけると、私は単刀直入に聞く事にした。


「あの小さな四角い箱をどこで手に入れたの?」

「……言っても誰も信じてくれないわ」

「どうして? 決め付けるのは早いと思う。だってまだ私には話していないでしょう?」


 淡々と受け答えをする私を、マリスはじっと見つめた。私もまたマリスをじっと見つめる。先程の事もあり、お互い取り繕う必要がない関係だ。だから、マリスの考えている事は何となく分かる。さしずめ、一度は護衛兵を信じて事情を話したものの、それを信じてもらえずに、口を閉ざしたといった所か。


「私ね、自分の事を訳アリ令嬢だと思っているのよ。だから、この国の人間よりは柔軟な考えが出来ると思う。保守派でもないし」


 話したくなるような声掛けをすると、マリスの瞳が揺らいだ。


「ああ、確かに貴女はイレギュラーな存在だわ。悪役令嬢でもなければ、モブでもない。バグかしら?」

「え? ちょっと待って……。今、何て!?」

「乙女ゲームの世界にアンタはいなかった! 聖女もいなかった! この小さな四角い箱がヒロインである私と攻略対象者を繋げてくれる筈だったのに! イベントは起こらないし拘束されるし、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて、あり得ない!」


 マリスは声を荒げて話した。段々と大きくなる声は、外の護衛兵にも聞こえたのだろう。途中で扉が開いた程だ。何事もない事を確認すると、扉はまた閉まった。その間もマリスは話を止めなかった。前世の私だけが理解出来る言葉で、にわかには信じがたい事実を彼女は気持ちと一緒にぶちまけた。


「乙女ゲーム? 日本で流行っていたやつよね?」

「やっぱりアンタ、転生者!?」

「ええ。それじゃあ貴女も?」

「そうよ! 前世の私は『毒々★魔術師たちの秘密を暴いて』をこよなく愛していたファンだった。姉のDV婚約者に殺されてしまったけど、運が良かったわ。転生先が乙女ゲームを舞台にした異世界で、しかもヒロインだなんてラッキーでしょう?」


 ヒロインの部分を強調して、マリスは誇らしげにそう言った。でも、その話を聞いてもマリス程、興奮出来ない自分がいる。


 ……大体、『毒々★魔術師たちの秘密を暴いて』って、変なネーミング。どんなストーリーだったんだろう。毒々って言うくらいだから、登場人物は毒蛇の加護を持つジル殿下。毒蠍の加護を持つアム。毒蛙の加護を持つエド。そして、毒蜘蛛の加護を持つエリオットよね。



「それで、この小さな四角い小箱はどこで手に入れたの?」

「隣国であるオルフェン王国から一人の元宰相が追放された。その男はマリンティア王国の至る所にこの箱をばら撒いて、国力を奪おうとしているの。オルフェン王国の王にその事を話せば、再び宰相の座に戻れると浅はかな考えを抱いているのよ。ま、隣国は敵国でもあるしね」


 半ば呆れ気味にマリスは話す。私が同じ転生者だと分かった途端、ベラベラと話してくれるのはありがたい。転生仲間意識みたいなものが働いているのかもしれない。


「でも、貴女がセリアンヌにしようとした事は許せないわ」

「はぁ? 何を言ってるの? セリアンヌ・シュタベルもカナリア・ホーリックも悪役令嬢じゃない! この物語のすごい所は『双璧の悪役令嬢』と言って、二人も悪役令嬢がいる事よ。その分、ヒロインは二人の悪役令嬢と対峙しなくちゃいけなくて、死ぬ程大変な運命だけど」

「何よそれ……。悪役令嬢って貴女みたいな人を言うと思っていたけど……? ヒロインよりよっぽどお似合いの役じゃない。それに、セリアンヌはどう見ても悪役令嬢じゃないし、カナリアも変わったわ。言葉はキツイけど、芯のある高貴な令嬢に変わりつつあるのよ」

「それはアンタが物語を改編させたからでしょ! これからは私の言う事を聞いて、物語を戻すのよ。大体リリアム様は攻略対象者なの! アンタが手を出して良い相手じゃないのよ!」



「それは……、私に関係のない話よね?」



 優しく笑って言ったつもりだったけど、マリスは目をひん剥いて絶句した。同じ転生者だから、協力してくれると思ったに違いない。でも、私にそんな気はさらさらなかった。


 退室しようと席を立つ。その瞬間、マリスは怒りを露わにした。


「えっ? 何!? 席を立つとか意味が分かんないけど! 普通なら協力するでしょう?」

「……私には、私の人生があるのよ。ここが乙女ゲームの世界だろうと関係ない。私は婚活→結婚を頑張っているだけだから。間に聖女活動が入っちゃったけど」

「何よそれ……。ヒロインでもないアンタがちゃっかり攻略対象者に手を出して、タダで済むと思わないで欲しいわ!」

「……確かに、私と貴女の前世は同じ世界だった。でも、同じ世界でも決して交わらない関係だったのよ。異世界転生した今も同じ。貴女はゲームのヒロインを頑張って演じ切れば良いし、私は結婚に向けて頑張れば良い」

「ちょっと、待って……! 貴女だって乙女ゲームの物語を聞けば絶対、興味を持つわ……!」


 マリスの引き留める声に耳を貸す事もなく、私は扉の前まで来た。この扉を開けてしまえば、後は退出するだけ。ジル殿下に報告すれば私の役目は終わる。

 だから、前世のよしみで私の今後の方針とアドバイスだけは伝えておく事にした。


「同じ異世界に転生したけど、私たちはどこまで行っても平行線。夢や目的が違うから、交わらない人生よ。でも、そうね。今後もし貴女が私の結婚を邪魔するようなら、私も全力でお相手するわ。リリアム様は攻略不可能よ。もちろん、私の可愛い弟であるエリオットも、貴女には譲らない。おすすめは……、蛙のエドかしら?」

「全員攻略して逆ハーレムルートに決まってんでしょ。でも、そうね。一番最初に攻略するのは、ジル・エリュシュバーンよ。王太子妃になって物語を思うが儘に操り、アンタをこの国から追放してやる!」

「出来るものならどうぞ。少しでも私や大切な人たちの周りに貴女の気配を感じたら、私も容赦はしない。次は不敬罪で捕えます。壊して奪うつもりでいるならば、それ相応のものをかけてもらいます」


 凄んで言うと、マリスは椅子からずり落ちた。口は半開きで、青ざめた顔を引き攣らせている。その彼女の表情をしっかり焼き付けてから、静かに退出した。


 扉が閉まると、彼女の悲痛な声が聞こえてくる。


 私に後悔はない。同じ世界に転生した者同士、境界線をしっかり引いておく事は重要だ。


 私には夢がある。きっと、彼女にも夢がある。その夢々は交わる事はないのだから。

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