宮廷仮面舞踏会⑥
目が覚めると、アムの顔が見えた。私の寝ている傍で椅子に腰かけ、本を読んでいる。目をぱちくり開けた私に気付くと、顔を寄せて微笑んだ。嬉しそうに微笑むアムの姿は、少しばかり心臓に悪い。その眉目秀麗な顔立ちは目の保養にはなるけど、直視し続けられない雰囲気があるのだ。
「大丈夫? ロメリア」
「え、ええ……」
下心を悟られないように、何とか笑顔を作った。それから、状況を把握する為に上半身を起こす。宮廷内の空き部屋か支度部屋に似た一室だと理解出来た所で、またカウチに寝かされてしまった。私の身体が冷えないように、ご丁寧にアムの上着がかけられている。
……ああ、だからアムの匂いが。
意識すると身体が熱くなる。その上、斜め上から降り注がれる視線に急所をぶち抜かれたから、心臓がバクバクと壊れたように騒がしい。休む為に寝かされている筈なのに、身体はちっとも休まらない。むしろ、逆効果だ。
う~ん、私、何かやらかした? アムの機嫌を損なわせる事はしていない筈だと思うけど!? あ、魔物と戦って無茶したからとか? それにしても、この微笑みの意味は何なの!?
微笑んでいるように見えるのに、どこか苦悩にも似た表情が混ざってる。心理的プレッシャーを半端なく感じるアムの表情には、絶対何かあると私は睨んだ。女の勘だ。
「あ、あの……。怒ってる?」
「あ、いや……、怒ってはいない。とりあえず、無事でよかった。不機嫌に見えたならそれは僕自身の問題だから、ロメリアが気にする事はない」
「そうなの……? そう言えば、セリアンヌたちはどうなったのかしら?」
「今、エドと殿下が事情聴取している。カイルがセリアンヌを支えているから、大丈夫だろう」
「良かった……。魔物は?」
「全部で四匹いた魔物は、全て片付いた。魔術結界を抜けて魔物が侵入した原因を調査中だが、仮面舞踏会はまだ続いている。あそこだけ不思議と被害がなかったから、気付いていない人も多いのが現状だ。ま、遅かれ早かれ殿下が中断措置を取るだろう」
アムはそう言うと、胸ポケットから手作りの人形を差し出した。その人形はアムの手作りで、私の宝物。そして、先程一緒に戦った仲間でもある。ホッとすると同時に嬉しくなって、思わず前のめり気味に上半身を起こした。それから足をそっと地面に下ろし、ドレスに折り目が付かないように座り直す。
……あれ? 廊下で脱ぎ捨てた靴が床に置いてある。まさか、靴もわざわざ届けてくれた?
私が寝ている間に色々とフォローしてくれたのだろう。そう思うと、胸の奥がきゅ~っとして抱き付きたい気分になった。
「アム、靴も人形もありがとう。倒れた後、ずっと毒蠍の事が気になっていたのよ。置いてきちゃったから。どこか汚れは……。うん、このくらいなら洗えば大丈夫ね」
鋏、毒針、目、頭胸部、腹部など身体の隅々まで確認する。ほつれている所もあったけど、直せる範囲だった。ドレスの胸元から袋を取り出し、きちんと毒蠍を仕舞う。その一連の流れを終えた所で、違和感に気付いた。
あれ、ないわ……。あれが、ない!
アムがいる手前、あまりドレスの胸元をゴソゴソしたくないけど、無くし物をしたという事実が私を焦らせる。変な汗が出てきた。
小さな四角い箱がないけど、何で? 確かに入れた筈……。もしかして、落とした? それとも下着の中に入っちゃったとか? 大丈夫かな、だってきっと危ないものよね? 不吉って言っていたし。
無くしたら、ヤバいのでは……?
心に連動して身体もソワソワし始め、挙動不審になる。荒くなる呼吸を落ち着かせる為に、頭の中で淑女の嗜みを反復する事、数分。とりあえずは落ち着いた。
アムの方へ身体を向け、数分かけて思い付いた妙案を実行する。
「ねぇ、リリアム様。少しの間だけ、部屋の外へ出ていただけますか?」
よそよそしさを感じる私の発言を聞いて、アムの表情は一瞬固まった。自分では妙案だと思っていたけど、いつもの私らしさがない言葉遣いは、アムに警戒心を抱かせたかもしれない。でも、この場合においてはこれが正解。ドレスの中を捜索するのだから退出はしてもらいたい。でも、理由を説明出来ないから、せめて丁寧にお願いしなくては……。
「……ロメリア。部屋の外へ移動しても良いが、何かあったか?」
「気分が優れなくて……。その、コルセットを緩めようかと……」
「だったら侍女を呼ぼう」
「大丈夫よ、一人で出来るから」
恥じらいも忘れずに演技をする。チラッとアムを見ると、心なしかアムもソワソワしているように感じた。気の所為!? いや、アムもやっぱり何か変だわ……。
小さな四角い箱ばかりに気を取られてアムを良く見ていなかったけど、今なら分かる。
普段は顔色なんて変わらないのに、珍しく陶器のような白い肌を紅潮させている。長い睫毛が美しいと思うのは、目を伏せがちだから。考えるように頭を抱えた後、ふと銀色の髪をかき上げた拍子に髪が爪に絡まって、齷齪している所なんてレア過ぎるでしょ!
恰好良いし、可愛いし、怪しいし、もどかしいし、じれったい。
どれだけ見ても視線が合わなかったから、両手でそっとアムの顔を包み込み、こちらに向けた。リリアム様に微笑みかけ、私らしくない言葉遣いで質問をする。
「何か……、隠していらっしゃいますか?」
「……ああ。怒らないで聞いて欲しい」
「はい」
「ロメリアを運んだ時、小さな四角い箱の気配を感じた。あれは不吉な物だ。結界がある所にも魔物を呼び込めたり、人間にも悪影響を及ぼす悪意の箱。研究結果で最近分かった事だが……」
「悪意の箱ですか」
「それがその……。ロメリアの服の中から気配を感じたから、取らざるを得なかった。ロメリアに危険が及ぶ前に」
「それで、私が寝ている間に、胸の谷間から小さな四角い箱を取った、と……?」
「すまない、見てはいないが触った。もっと早く言うべきだったが、タイミングが掴めず言い出せなかった……。傷付いたなら罵ってくれてかまわない。責任はもちろん取るし、意見があれば今後の参考に――――」
自分の顔を見れないけど、達観めいた表情をしているのではないかと思った。ズルズルと出てくるアムの苦悩と懺悔の数々。怒るどころか可愛いとさえ思うのは、話し始めた途端に毒蠍の姿に変身したからだろうか。動揺してめちゃくちゃ心が揺さ振られてしまったアムを想像すると、もうどうでも良くなる。
ああ、アムの一挙一動の理由を考えると可愛くて堪らない。私を助ける為にめちゃくちゃ苦悩して、迷ったんだろうなって思えるから。
椅子の上にちょこんと乗ったアムを両手で掬い、膝の上に乗せた。
「で、どうやって取ったの?」
「そ、それは……」
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