宮廷仮面舞踏会⑤
ブクマ、評価等、嬉しいです。ありがとうございます。
私が聖女として出来る事は、人形に命を吹き込む事くらい。
命を一時的に与え、時には本物のように操る。数も増やす事が出来たっけ。私の手持ちの人形はいずれも話さないけど、ブルーノの兎の人形は喋って、歌って、踊った。
私に出来る事と言ったら、本当にそのくらい?
どうしよう。足元にいる毒蜘蛛一号、二号を使って、初戦闘を嗾けてみる? 戦闘をさせた事はないけど、もしかしたら出来るかもしれない。でも、もし失敗したら?
結婚もしてないのに、私、死ぬの!?
ああ、こんな事態になるなんて想定外だった。今まで安全な所にいた所為か、酷く異常事態に弱いんだわ。聖女なのに……。
それでも考えろ、考えろ……! きっと私の力はそれだけじゃない。人形遊びだけなんて、絶対言わせない!
聖女として、もっとすごい事をどっかーんとやってやろうじゃない!
「あ……」
決意が固まった途端、急に視界が暗くなった。
魔物はいつの間にかその大きな体を起き上がらせていて、私を見下ろしていた。深紅の宝石のような四つの眼がギロリとこちらを睨んだ気がする。
首が痛くなる程、顔を上に向けなければいけないなんて、なんて巨躯なのよ……! 口は私を丸呑みできるくらい大きいし、いや、丸呑みする前に針山のように尖った歯に突き刺さるわね。耳も尖がって獣みたい。獣のような可愛さは少しもないけど。
きっと、手を振り払われただけで、毒蜘蛛たちはペシャンコだ。それなら、魔物くらいに大きくしてしまえば問題ないわよね……?
パズルのように、思考のピースが頭の中でかっちりはめられていく。その過程の中で、一つの活路を見出した。
「毒蜘蛛一号、二号、魔物の気を逸らして!」
私の指示に従い、毒蜘蛛は魔物の視界に映るよう、ぴょんぴょん跳ねて移動する。エリオットの毒の生物たちであるオリジナルの毒蜘蛛がゆっくり動くのに対して、毒蜘蛛一号、二号は素早い動きだった。
しかも、指示をしていない事までしてくれる。一生懸命に糸を吐き出し、魔物の視界を狭めてくれたのだ。エリオットに似て、なんて良い子!
「良し、次は私の番ね」
ドレスの中に大事に仕舞ってあった袋を取り出す。この袋の中には、私にとって特別な人形が入っていた。アムから貰った手作りの人形。
「頑張って、毒蠍!」
魔物に向かって毒蠍をぶん投げる。
アムから貰った人形に自分の名前をもじって、リアと名付けた。私はそのくらいアムを溺愛している。そう、私だってアムを溺愛しているのよ。ま、溺愛している人から貰った人形をぶん投げたけど、生き残る為の共同作業! 婚約まで辿り着いた女の執念、なめないで!
もっと大きく、もっと強く、鋏は決して獲物を離さず、毒針は猛毒で魔物にも有効で……。聖女の力を信じて願う。祈る。想像する。
力を外側に働きかける一方で、内側にも同じ事をしていった。私は聖女の力を何も知らない。それがどんなもので、どれ程すごいのか、使い方を間違うとどうなるのかさえ知らないのだ。だから、知る必要がある。
聖女の内側を覗き見たいと気持ちを込めて願う。聖女の力の源である深淵が見たい。ややあって、形のない柔らかいものが私の感覚とぶつかった。
今度はその柔らかいものの内側を探っていく。何枚もあるベールを剥がしていって、聖女の力を丸裸にしていく。怖いと思わないのは、知りたいと思う私の心に、その力が応えてくれているような気がしたからだ。
「あ、紫色……」
その色が答えなのかは分からないけど、不思議と急に力が湧いてきた。私の身体は今、燃えるように熱い紫色の神秘な力に包まれている。
殺れる! 今なら殺れる! 聖女覚醒、ほら来たああぁぁ!
拳に力を入れて、思わず強めのガッツポーズをした。命がけの戦いに形振り構っていられなかった。
私の目の前には、魔物と同じくらいの大きさの毒蠍がいる。逞しい尾尻には可愛いリボンが付いていて、さしずめ魔王の子分に見えるけど、この際気にしない。
「鋏で魔物の動きを止め、毒針で刺しなさい!」
指示した通りに毒蠍は動く。力は互角のようだった。
……うん、手応えは悪くない。次は必殺技ね。必殺技名は……、あれ? 考えても考えても思い浮かばないんだけど。時間を稼ぐ為に必死に毒蜘蛛一号二号が頑張っているのに、毒蠍だって出番を今か今かと待っているのに……! 肝心な時に役立たずじゃない。
あ~、もう! 奥の手は使いたくないのに!
姿勢を正し顎を引く。見据える先は魔物。せめて今だけは格好良くキメたいから、羞恥心を脱ぎ捨てる。
婚活ばかりしてきて、ろくに恋愛もしてこなかった私だ。かと言って、漫画やアニメは高校で卒業し、それからはその業界にちっとも詳しくはない。リア充に憧れてその路線をひた走ってきたのだ。
でも、こんな私にも遥か昔、名前を忘れてしまった推しがいた。名前を忘れた推しが本当に推しだったのかは謎だけど、小さい頃に練習した必殺技は覚えているのよ。それをもじって……。
「死の葬送曲!」
ああ、自分でもだいぶ中二病ぽいと思っているわよ。
その技名を叫びながら両手を前に突き出すと、それっぽい感じに手が禍々しいオーラを放った。毒蠍を通じて技が発動し、魔物の息の根を止めた。技の詳細を説明すると、毒針がドリルのように回転し魔物の身体に穴を開け、その旋回時に出る効果音が葬送曲となって相手の頭脳を破壊する、という感じ。うん、とても聖女らしい攻撃ではなかった。
でも、聖女の力の正体が何なのかは分からなかったけど、想像が大事な事は分かった。攻撃も姿も仕草も全部、思い通りに再現しているように思う。人形を媒体として。
今の私は魔物に立ち向かう魔王の気分だったから、きっとそれが前面に出ちゃっただけよね……?
そんな推理をする為にめいっぱい頭を働かせたからか、少し立ち眩みがした。人形に戻ってしまった毒蠍を拾いに行く元気もない。崩れていく魔物の姿を見つめながら、揺れる視界で技名を考える。
やっぱり聖女っぽい技名にした方が受けが良い? 今のままじゃ、ラスボスが使いそうな技名よね? また毒蠍使いだの言われちゃう。
転生前の世界で、もう少し漫画やアニメを勉強しておくんだった……。
「お見事!」
視線が下がり身体も傾きかけてはいたけど、その一声で意識を繋ぎ止められて、思わず前を見た。
今日初めて聞いたその声は、顔を見なくても誰の声がすぐに分かる。出会いが強烈過ぎて、忘れる方が難しいかもしれない。しかも、まるで遠くからずっと見ていたかのような声掛けだ。
足を踏ん張ってでも、倒れてなるものかと気合を入れた。
「エド……」
「先程振りですね、ロメリアさん」
「ええ、そうね。私の素顔も知っているという事は、私のファンかしら? で、こんな所で何をしているの?」
「僕が愉悦に浸れるようにすぐ殺さなかった魔物が、この辺にぶっ飛んでると思ったので見に来ました。途中で面白い光景が見られそうだと思い、そこで傍観してましたけど」
「そう……。随分と無礼な事をしてくれるじゃない。その蛙仮面に免じて今日だけは許してあげるけど、困ってる令嬢を前にしてその態度じゃ、モテないわよ」
体調が悪いからか、よく考える前に言葉が出てしまう。その代わり、令嬢の嗜みとして教えられた“微笑み”を添えてみた。私の家庭教師曰く、どんな失敗も失言も笑顔に勝るものなし、だそうだ。
「貴女は笑った方が素敵ですよ」
「え……、そ、そうかしら……?」
思いがけない言葉に面を食らったけど、ちっとも心を揺さぶられないのは蛙だからだろう。所々、言動はヤバいし、今だってほら、もう他の事をしている。「笑った方が素敵」と言いながら、私の顔を見たのは一瞬だった事は、見逃さなかったわよ。
掴めない人ね、エドは……。
その蛙仮面の下は、宝物を探すようなキラキラした目をしているのだろう。死骸の周りをウロウロするエドを見ながら、そんな想像をしてしまった。
そう言えば、エドの素顔を知らないけど、どんな顔をしているんだろう?
「ああ、ありました!」
「何が?」
「これです」
小さな四角い箱をエドが見せてくれた。
「ロメリアさんも持っていますよね。ドレスの胸元に隠してある……」
別に隠してある訳ではない。エドにそう指摘されると胃の辺りがムカムカしてくる。でも、今は胸元を手で隠す方が大事だ。上から良く見なければ分からない筈なのにそれを知っているという事は、近付いた時、谷間を見られたのかもしれない。
鎖骨や胸が綺麗に見えるドレスを選んだ事を酷く後悔した。
油断も隙もない。アムにだってまだそんな……、と思いかけて、自分の煩悩を追い出す為の咳払いを一つする。
「か、隠している訳ではありません。これが何か気になっただけで……」
「リリアムは教えてくれなかった?」
「はい、研究結果が出るまでは教えられないと」
「じゃあ、僕が教えてあげますよ。その代わり、ロメリアさんを一日だけ貸してください」
「お断りします!」
キッパリ断っても、エドは堪えていない。仮面の下からフッと笑う声が聞こえてきた。蛙の大きな口は閉じているのに、丸飲みされてしまいそうな獰猛さを孕んでいる蛙が、私をその場に縫い留めて離してくれない。
動けないし、動かない。あ、違うか。動かないのは蛙の所為じゃない。貧血みたいに視界がチカチカするからだ。
私の事なんかお構いなしの様子な蛙は、私の両肩に手を置くと耳元で囁いた。
「残念、リリアムが来た。でも、その箱の事は秘密にしてあげます。リリアムが教えてくれないのなら、ご自分で調べてはいかがですか?」
そんな魅惑的な言葉を置いていくと、エドは後方へ大きくジャンプをして離れていった。
その様子を見てやっと倒れられると安堵する。倒れてエドに抱えられるのは避けたかった。踏ん張っていた力を抜いて身体も意識も手放す瞬間、前方へと倒れかけた身体はふわりと優しく抱えられた。暗くなる視界で見たのは、銀糸を束ねたような美しい髪が蝋燭の灯りに照らされて、光り輝く瞬間。それと同時に、私の名を呼ぶ声がした。
アム……。
「……セリアンヌたちを……お願い……」
声に出して名前を呼びたかったけど、それを言うのが精一杯だった。
このお話は、書いたものが消えてしまい泣きながら書いた話です。つらい……。しかも、一回書き上げた話を変えたという……。私の短期記憶、ミジンコ並み。私の文章構成力、アオミドロ並み。




