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宮廷仮面舞踏会④

最後まで読んでいただけると嬉しいです。ブクマ・評価ありがとうございます。

「マリス・シュリントン! 貴女と男性二名は身柄を拘束した状態で、護衛兵に引き渡します。それと、この事は殿下にも報告します」

「……何の権限があって、そんな事!!」


 私の顔を見ても、マリスは表情を変えずに噛み付いてくる。


 肩にかかるくらいの長さで切り揃えられた涅色くりいろのサラサラとした髪と桃花色の瞳は、黙っていれば可憐なヒロインにも見えなくはない。予想とは違い平凡顔ではなかったけど、問題のある性格の所為でせっかくの容姿が台無しだ。


 明るく社交的で立ち回りがとても上手いと言われたマリスも襤褸ぼろが出始めている。どう見ても劣勢なのに、マリスは屈しない態度を取り続けた。それが虚勢なのか、根拠のない自信からくるものなのかは分からないけど、どちらでも良いと片付けてしまうには妙な引っかかりを覚える。気道をそっと塞がれるような気持ち悪さを感じた。


 勘というものは、あながち馬鹿に出来ない。


 私の目の前に急に現れたマリス・シュリントンの存在は、どうもきな臭い。カナリアみたいに信念のある悪役令嬢でもなければ、セリアンヌみたいな清廉な令嬢でもない。どちらかと言うと、私みたいな異分子的な存在で、突然世界に放り込まれたような印象を受ける。


 少なくとも私が社交界にいた時には、シュリントン家の名前を聞いた事がなかった。私と入れ違いで、怒涛の勢いで成り上がり、社交界に顔を出すようになっただけかもしれないけど、どちらにしても結論を出すには材料が少な過ぎる。



「カナリアに舌を引っこ抜かれなかっただけ、マシだと思ってね」

「そんな脅しには乗らないわ」

「脅し……? あらやだ、あれは脅しなんかじゃないわよ?」


 マリスの演技を真似して、伸びやかな振る舞いをする。表情もその度に仰々しく作り変えた。会話の中で相手の欠点や弱点が露呈するような話し方をわざわざ選び、言葉を紡いでいく。


「それにしても、私の事を知らない人もまだいるのね」

「はぁ? 有名人気取り?」

「いいえ、活動をもっと頑張らなくてはと思っただけよ」


 不思議そうな顔をするマリスに一歩、距離を詰め圧をかけていく。


 ……ま、分からなくもない。インターネットがない時代だし。そう考えると“ぐーたら検索”ってまるで三種の神器並みに凄かったのよね。マリンティア王国では噂と想像と姿絵だけで世界が回っているから、それと比べたら可哀相。情報に疎ければ尚、気付かない。ロメリアなんて名前は、それこそありふれていて平々凡々の最たるものだから。


 でも、この名前を与えてくれた両親には感謝しかない。訳ありな私がどこへでも溶け込めるように、きっとこの名前を付けてくれたのだ。


 そんな風に幸せな想像をした後、表情筋を引き締める。マリスを見据えると、彼女の肩が微かに震えている事に気が付いた。虚勢を張っていたものの、段々と事の大きさを認識し始め、怖くなったのかもしれない。


 身柄の引き渡し先、さらには己の行きつく末路に恐れをなしたか、それとも、ハッタリだと思いながらも、本当だったらどうしようと心裡こころうちではずっと思っていたいたのか。どちらにせよ、感情の箍が外れかかっているのは確かだ。



 私にはマリスのような立ち回りは出来ないし、社交性もない。カナリアのような教養の高さもなければ、矜持もない。淑女教育を受けても令嬢らしからぬ点も多々ある。前世の世界を色濃く引き継いでいる私は、この世界色にどっぷり浸かってはいないのだ。


 良い部分は残し、要らない部分は捨てる。取り入れたい部分は取り入れ、受け入れたくない部分はそっと流す。


 逆に言えば、そんな私だからこそ出来る事もある。



「何の権限があって、と聞いたわよね?」

「それが何だって言うのよ……」


 自分で言うのも躊躇われる言葉を言うのだから、先に心の中で溜め息を吐いておいた。


「聖女の権限です。私、聖女ですから」


 長い長~い沈黙とカナリアの溜め息が場を繋いだ。



「はぁ? 貴女が聖女? そう言えば、どこかで聞いた名前だと思っていたら……そう。貴女が聖女? 毒蠍使いではなく?」


 すっかり自信を取り戻したような顔をして、マリスは嘲笑する。


 私にしてみれば、こんなものは見慣れた光景だった。常連さんたちに比べれば、マリスの言葉など痛くも痒くもない。カナリアは私の事を酔っぱらい令嬢と呼ぶけど、市井では聖女の事を魔性の女とか毒蠍使いって呼ぶ人も多い。最近はだいぶ知名度が上がったけど、王都は広く、人間も多種多様だ。

 

 舞踏会事件のような派手さが無ければ、活動の功績が知れ渡るのも難しい。


 ああ、百年以上前に現れた聖女様に大衆の心の掴み方をぜひ聞いてみたい。でも、きっと()()()()はしないでしょうね。



 少々私を見くびり過ぎたマリスに向かって、顔を近付ける。


「動いたら、鋏で喉元を切るわよ」

「……なッ!?」


 聖女様らしくない言葉が出る。口だけではない。人差し指と中指で鋏の形を作り、ちょきんと首を切る真似をした。冷笑混じりの視線を送ると、マリスは驚いたのか、手に隠し持っていた小さな物を落とした。


「うん? 何か落としたわよ……?」


 屈んで拾おうとした先には、見た事のある物が目に映る。土は付いていなかったものの、それは常連さんが渡してくれた物にそっくりだった。アム曰く、不吉の箱だ。


「あ……ああ! そ、それ私のなの。返してくださる?」


 明らかに動揺しているマリスを見て、好機を逃す私ではない。仮にも毒蠍の加護を受けたアムの婚約者だ。弱ってる獲物を見て、毒針を刺さない訳がない。


「……これ、不吉な物なのよね?」


 アムが言っていた情報を元に鎌をかけてみる。


 もちろん、どう不吉なのかは一切知らない。むしろ知りたいのは私の方。アムは研究結果が分かったら教えてくれると言っていたけど、果たしてどのくらい待てばいいのか分からない私にしてみれば、その情報はいち早く知りたい。


「ち、違うわよ。それは……。ああ、もうッ! 何なのよアンタは! 意味が分からない!」


 その言葉だけで充分だった。後で拷問にかけるなりすれば、何かが出てくるだろう。冷や汗と震えが止まらないマリスを見て、そう私は確信した。


「こんな狼狽えようでは、貴女の()()()()()()()()()()()()だと言っているようなものじゃない? セリアンヌとカイルの仲を引き裂こうとしたのは、そっちに意識を向ける為だったりするかしら?」 


 可能性の一つとして言った言葉がマリスにとどめを刺した事は言わずもがな。思い切り空気を飲み込んだマリスの喉が、ひゅっと鳴った。カナリアの言葉でもここまで表情を崩さなかったマリスの心は今、陥落したと言ってもいいだろう。 


 ま、話は後でじっくり聞かせてもらうとして……。



 その小さな四角い箱をドレスの谷間に仕舞う。それから、フル仮面マスクに付いている毒蠍の人形ぬいぐるみを取り、命を吹き込んだ。マリスの監視役に毒蠍の人形ぬいぐるみを付ける。


「カナリア、後をお願い出来るかしら?」

「あら、そのくらい大した事ないわ。殿下のお役に立てるなら……」

「ジル殿下?」

「そうよ……。な、何よ! わたくし、可笑しな事を言ったかしら?」

「いいえ。ただ、あまりに真っ当過ぎて……」


 赤く染まった頬を隠すように、カナリアは顔を背けてしまった。その仕草はまるで恋する乙女のようにも見える。


 驚いた。カナリアが照れてる? まるで殿下に何か特別な下心があるみたいに……。まさかね。


「ありがとう、すぐに戻るから。毒蠍の人形(あなたたち)も頼むわね」




 毒蜘蛛ルーシー一号、二号を呼び戻すと、私は扉を抜けて廊下に出た。


「殿下やリリアム様の所に案内してくれる?」


 二匹には先程の道案内後、別の指令を与えていた。それは、ジル殿下やアムの居場所を探す事。重大な事が起こってしまった時に、他の誰でもないアムやジル殿下が来てくれたら、それ程心強い事はない。


 下手に貴族や廷臣ていしんが来て、勝手な誤解をして真実を捻じ曲げてしまうよりも、殿下やアムが来てくれた方がスムーズに事が進む。それがどれ程助かる事か、私は前回の尋問の時に知った。王国憲兵には通じなくても、アムを通して話は進んだ。尋問の時の殿下は、私の話にも耳を傾けて聞いてくださった。



「アムは王家絡みの緊急の仕事って言っていたけど……。終わったかしら……?」


 進む先にも、相変わらず人気ひとけはない。


 やたらと長い無機質な廊下に、自分の息遣いが響く。生けるものの気配が全くないこの先に、本当に二人がいるのか不安になった。


 が、それも次の瞬間には突き崩される。



 宮廷が真っ二つに切り裂かれたかと思われる程の勢いで、私の目の前に「魔物」の死骸が横たわった。


「へ?」


 王城、王宮、王都など人が集まる場所には、魔物は入って来れないように特殊な魔術結界が施されていると両親に教えてもらった事がある。領地や小さな集落にも、魔術結界程の強さではない結界が張ってあると言っていた。


 私自身、魔物は生まれてから一度しか見た事がない。()()()魔物と遭遇してから一回も見ていないのだから、絶滅危惧種にでもなったかと勘違いする程、この国は平和だ。


 もし仮に遭遇するとしたら、余程人気(ひとけ)がなく自然豊かな所か、結界が緩んでいる所、国境付近だろうが、それでも魔物と出会うのは稀だ。


 そのくらいの遭遇確率なのに、この宮廷内に魔物? だから、アムが呼ばれた……?



 初めて魔物を見たのは、まだ孤児院にいた頃だから二~三歳くらいだろうか。あまり記憶はない。結界が緩んでいた所為で、魔物が町外れにある孤児院を襲ったらしい。お父さまが私を引き取ったのは、「魔物に襲われた可哀相な孤児院の噂を聞いたから」との事だった。私と一緒に育った何人かの子供たちは、魔物の餌食となり帰らぬ人となったのだ。


 例え同情だとしても、引き取ってくれた両親の事が私は大好きだ。引き取った理由は差ほど気にしてはいない。孤児院の事を聞くと、その度にお母さまは少し悲しそうな顔をする。子供が大好きな人だったから、「救ってあげたかった」と言って、その話の度に祈りを捧げていた。


 孤児院の話を聞くにつれ、段々と思い出してきた事がある。魔物がどんな顔をしていて牙は何本だったとか、口はどのくらいの大きさだったとか、それは思い出せないけど、輪郭くらいはぼやっと浮かぶ。


 今だって目の前の魔物を見ると、記憶の中の魔物がくっきりとした輪郭を伴って、蘇ってくる。黒くて大きな塊が私に覆い被さって、鮮血を散らしたような紅色が――――。




「あ……」


 過去の事を思い出している場合じゃなかった。まだ、生きてる。魔物なのに、知能がある? 死んだフリだなんて……。


 そっと後ろに下がり、距離を置く。私の味方は毒蜘蛛ルーシー一号、二号のみ。

明日は書類仕事があるのでお休みします。朝はお弁当作り。あと2話ほど書き上げたら完結なので、頑張ります。

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