カナリア・ホーリック②
カナリアの過去のお話(長いので話を二つに分けました)。時間がある時にでも……。
「カナリア……。キミの壮絶な人生を否定はしないが、同情もしない。しかし、何だろうな。こうして全てを曝け出して悩み葛藤するキミの姿は、目を見張るものがある。さて、どう解決したものか……」
「な、何をおっしゃるの!? 殿下は……。本当は私自身も、私の思想は偏っていて危険だと少なからず思っていますわ。ですが、私の置かれた環境が今の私を作っているのも事実……。もちろん、それを良い訳にするつもりはありませんが、どうにもならない部分があるのも説明した通りです。とにかく、私など捨て置けばよろしいかと……」
「フンッ、“友”としての助言なら問題ないだろう?」
――――私がジル殿下の友!? そんな恐れ多い……。そう言えば、他愛ない話をし始めた時も、『友のように話せ』と仰られたわ。どういう意味かしら。殿下の御心を知るには、私の器はあまりに小さ過ぎる……。
ジル殿下は“破天荒な王太子”と言われていて、今まで誰もしてこなかった事を思い付く、またそれを行動に移す、良い意味で自由な王太子だと言われていた。風のように捉えどころがなく、山のようにどっしりと構えた部分も持ち合わせていて、それでいて平民貴族問わず慕われている王太子は、歴史を遡ってもそうそういない。
そんな殿下が友として私に助言してくださる? 私の話を聞くだけでも有難い事なのに、一緒に考えて、手を貸そうとしてくださる? 忙しい身である筈なのに、わざわざ時間を割いて……?
殿下と私は暫くの間、見つめ合っていた。殿下は目を逸らさない自信があるのか、表情にも動作にも余裕を感じる。それでいて、鋭い視線で見つめてくるから、私が折れて差し上げた。殿下の首元まで視線を下げる。
目線を下げた理由が不敬だからではなく、本当はただ恥ずかしくなってしまっただけ。という身勝手な想いに初めて気付いた時には、目の奥がじんと熱くなった。
「素直な感想としては、“友”として話を聞いていただいただけでも、充分嬉しいですわ。ですが、後は自分で……」
「それは出来ないな。カナリアが俺に話をしたという事は、言わせた俺にも責任があるという事だ。それに、蓋をしていた感情はいつかは溢れ出す。その時に、矛盾と葛藤に押し潰されてどうにもならなくなってしまうと思うが?」
「……それは分かっています。昨日舞踏会で、ロメリアに『生まれながらにして高貴って、貴族なら誰にでも無条件で当てはまると思ったら、大間違いだと思います』と言われましたわ。そんな事、私だって知って……! で、ですが、『正しく引き継がれた貴族の血を持つ者は、生まれながらにして高貴である』事だって、間違ってはいないと思いますわ……」
つい感情が昂って声を張り上げてしまったけれど、途中でそれに気付いて声の調子を整えた。ジル殿下は差ほど気にしていないように見えるのは、私に対する心遣いかもしれない。
「ああ、そうだな。カナリアは賢い女性だ。マリンティア王国が内包している階級社会の矛盾に気付いている。気付いているからこそ、呪いに縛られた。血が近しい者の声であればある程、厄介だ」
「……そういうものでしょうか?」
「ああ。カナリアの母の教えも完全には間違っていないが、生まれながらにして高貴な者も努力しなければ、ただの骨肉と血の塊だと俺は思うが」
「……努力?」
今までだって努力をして積み上げてきたものはいくらでもある。淑女教育一つとっても、日々の努力で身に付いたものばかりだ。知識や教養、所作、どれをとっても才能ではなく努力の賜物だった。それなのに、ただ『生まれながらにして』というこの言葉だけで、私が高貴になる為の努力を忘れてしまったというのなら、それこそなんという呪いだろう。
たったこの数文字程度の言葉で洗脳され、たった数文字程度の『努力』という言葉で目が覚めた私の人生は、一体何だったのか……。
雷に打たれたような衝撃で、久しく忘れていた感情を思い出した。
「……殿下は相談に乗るのがお上手ですわね。心がとても軽くなった気がします。感謝致しますわ。ですが、私にはロメリアが聖女だと分かったからと言って、彼女が高貴だと認める事が出来ませんわ」
「なぜだ?」
「それは……本能的にロメリアの事が好ましくないという身勝手な理由が一つ。それと、ロメリアが聖女として己を正しく理解し、国民を導き、認められるまでは、私自身も高貴だと認めたくありません。これはもう私の意地ですわね。あくまで“友”として発言させていただきました」
必死に掴んででも保ちたい、最後の矜持ですわ。
改めて背筋を正し、頭を下げる。無礼な言葉だと知っているからこそ、最後に“友”だという言葉を盾にした。
「発言は気にしなくていい。そうだな、カナリアにも課題を与えよう。己が思う高貴な者へと成長してみせろ。これからきっと時代は動く。その時に暗い顔をしていては勿体ないからな」
「はぁ……」
まるでロメリアのような返事をしてしまった。殿下の言う事はいつも斬新で、見据える未来はきっと輝かしいものなのだろう。私には考えもつかない程、遥か先を歩いている……。
「それと、もしロメリアを認めても良いと思う日が来たら、彼女を助けてやって欲しい」
私は静かに頷いた。
カナリアの言葉で「私」=わたくしと読みます。全部にルビは振っていません。面倒で……。お許しくださいませ。




