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宮廷仮面舞踏会②

 事態が急変したのは、充分にダンスを楽しんだ後の事だった。セリアンヌが二人組の男性と一緒に、扉の外へ出て行くのが見える。


「アム! 私、セリアンヌの後を追うわ」

「僕も一緒に行こう。今夜は無礼講だ。何が起きるか分からない」

「ありがとう。それにしても、カイルったら何でセリアンヌの後を追わないのよ」

「いや、彼の様子から察すると、後を追いたくても追えない事情があるのかもしれない」


 カイルにそんな事情が? 


 そう言われてみると、カイルの顔色が確かに良くない。扉を見つめて何かに耐えているようにも見える。


「でも、気弱で優しそうに見えるカイルだけど、実際は押しが強いし、言いたい事も言えるタイプなのよ。アムはどう思う? やっぱりカイルはあの二人組に何か言われたとか、それとも……」


 色々な可能性を考えて、アムに意見を求める。でも、いつまで経っても返答がないので、隣にいるアムの顔を覗き込んだ。


「アム? どうしたの?」

「すまない、ロメリア。一緒に付いて行きたかったが、行けなくなった」

「それって王家絡みの緊急の仕事?」

「ああ……」

「それなら、アムはそっちを頑張って。大切なお仕事でしょ? 私は一人でも平気よ」

「しかし、ロメリアに何かあったら……」


 アムったら心配性ね。私が悲鳴の一つでも上げたら、それこそ毒蠍の大群が押し寄せて来そう。そしたら、舞踏会事件の二の舞になる? ま、それはそれで面白いけど、そういう無礼講はさすがに許されないわよね。


「大丈夫よ。何かあったら、人形ぬいぐるみが守ってくれるし。ドレスにたくさん仕込んであるのよ」

「…………」


 ああ、またそんな群青色の目で見てくるなんて、ズルい。


「アム、聞いて。曲がりなりにも、私は聖女。やり過ぎず、加減し過ぎず、上手く対処してみせるわ。仮面舞踏会に水を差すような真似はしない」

「そんな事はどうでも良い。ジルには怒られるかもしれないが、僕の優先順位は一から十までロメリアだ」

「そうなの? それじゃあ、その中にどうかアム自身も入れてあげて。私だってアムが大事だから」


 予想外の返事だったからだろうか。アムの目は仮面をしていても分かる程、大きく見開かれていた。


「……分かった。仕事を終わらせたら、すぐそちらに行く」


 誤魔化すように顔を背け、向こうの方へ行ってしまった。


 まさかアムが照れた? あれは絶対照れていたわよね? 顔はいつも通りだったけど、耳は赤かったわよ? 


 アムの言動に自分なりの解釈を加えて考察すると、俄然やる気が出た。


 アムとは真逆の方角へ急いで向かう。扉の外に出ると、薄暗い廊下がある。右と左に道が分かれていて、突き当たるまで異様に長い廊下が続いていた。


 残念ながら、セリアンヌたちがどちらの角を曲がったのかは分からない。


「出番よ、毒蜘蛛ルーシー一号、二号!」


 ドレスから人形ぬいぐるみを出し、命を吹き込む。一号は右の道、二号は左の道へと放すと、一号・二号は八本の足で素早く壁を伝っていく。


 待つ事数十秒で結果は分かった。


「左の道ね」


 ドレスの裾を思い切りたくし上げて、靴音をこれでもかというくらい鳴らして早歩きする。


 ああ、今日が無礼講な日で良かった。普段、こんな歩き方をしたら間違いなく咎められるわね。淑女たる者、はしたない事すべからず、聖女たる者、淑やかに美しくあれ、か。でも、私はこんな決まりよりも親友を守りたい!


 角を曲がると、私の想像とは違う光景が目に入った。


「あ……」


 そこには、セリアンヌも二人組の男もいなかった。ただ、淡い色のドレスを着ている令嬢が亡霊のように立っていて、妖しい雰囲気を醸し出している。


 この人、もしかして……。


「そんなに走って、どうかなさったの? ふふ、今日が無礼講な日で良かったですね」


 フル仮面マスクで素顔をひた隠す私にも、彼女はそう気さくに声をかけてきた。彼女のアイ仮面マスクは純白と黄金色で高級感のある仮面だけど、恐らく仮面の下の素顔は仮面とは不釣り合いの平凡さ。


 外見をどうのこうの言いたくはないけど、彼女から感じる雰囲気は貴族のそれと全く違った。彼女からは、内側から滲み出るものが何もない。


 かのカナリアでさえ、傲慢さや強かさの内側に秘めた強い想いを感じたのに。


「ええ、本当に無礼講な日で良かった。ところで、貴女がマリス・シュリントン?」

「はい。ええと、貴女は……。ごめんなさい、その仮面じゃ誰が誰だか分からなくて」

「私の事は良いわ。それより、二人組の男性がここを通った筈だけど、見ていない?」

「二人組の男性ですか? どうだったかしら? 何人かすれ違いましたけど、貴女が探している二人組かは分かりません」

「二人組の男性は、一人の女性を連れていたわ」

「…………」


 マリス嬢のペースで進む会話が面白くなくて、具体的に二人組と一人の女性と言ってみると、マリス嬢は少しだけ反応を見せた。彼女は上級貴族のお洒落道具、また資産の証明品でもある手扇子を口元に持っていくと、考えあぐねるようなポーズを取る。


 ああ、今日は無礼講な日という利点もあるけど、この仮面の所為で表情が分かりにくいという欠点もある。動揺を見せないマリスは、中々尻尾を出さないだろう。アム曰く、立ち回りが上手との事だから……。


 ま、表情が読めないのはお互い様か。


 一定の時間、空白が時を埋め尽くす。沈黙を先に破ったのはマリス嬢だった。




「ああ、もしかしてセリアンヌ様の事を言ってるのかしら?」

「そうよ」


 急に思い出したかのように手を叩く。その白々しい動作が鼻に付くけど、言葉を飲み込んでマリスの次の言葉を待つ。その間、気付かれないようにエリオットから貰ったラッキーアイテムに指示を出した。


「セリアンヌ様は二人組の男性に抱かれて、個室に入っていきましたわ」

「……抱かれて? セリアンヌの意識を失くしたの?」

「恥ずかしがって暴れるから、仕方なく二人組の男性はそうしたのだと思います」

「どういう意味?」


 マリス嬢から吐き出される言葉の一つ一つが怖い。カイルを巡ってここまでセリアンヌを苛め抜く理由が分からない。私には思いもよらない思考回路がきっとマリスにはあるのだろう。永遠に交わる事のない回路が。


「二人組に頼んで、セリアンヌ様を呼び出したのは私です。いつもお世話になっているセリアンヌ様に、仮面舞踏会を楽しんでほしくて。今日は無礼講だから、私のような身分の者も無礼講でサプライズ演出が出来ますね」

「セリアンヌはそんな事望んでいないわよ」

「そうでしょうか? 私、セリアンヌ様の噂を聞きましたわ。男好きで、誰にでも簡単に身体を許してしまうとか。淫乱病って言うのかしら? 私にはどういうものか良く分からないけど……」

「貴女が流した噂でしょう!?」

「いいえ、違います。嘘だと思うなら、子爵家のリノ・ダンプトンに聞いてみてください」


 その子爵家の令嬢を当たっても、噂を広めた最初の人に辿り着けないよう手を打っているくせに。ああ、どこまでもマリスの考えが及んでいて、気持ち悪い。立ち回りが上手? 卑怯で姑息なだけよ。


 絶対、屈するものか。どうやって叩き潰すべきか考えろ、ロメリア。


「セリアンヌに関して言えば、その噂は嘘よ」

「ま、何て事……! 私、いつもお世話になっているセリアンヌ様には恩返しをしたくて。家同士のお付き合いがある男爵家の二人に、セリアンヌ様を紹介してしまったわ。サプライズ演出に加担してしまいました。ああ……」


 なんて茶番。鬱陶しい。男性二人組は絶対にセリアンヌに手を出すつもりよね。マリス嬢の指示で。いや、指示なんかしていない。きっと上手く乗せられた筈だわ。それもこれも、噂を利用した確信犯マリス嬢の筋書きで。



 頭を働かせる中、一つの信号音が私の耳に届いた。私は先程ラッキーアイテムを使い、セリアンヌと男性二人の居場所を探させていたのだ。見つかりさえすれば、こちらのもの。


 ……ナイス、ラッキーアイテム! 


 高いヒール靴を脱ぎ捨てて、もう一度、ドレスの裾をたくし上げて走り出す。


 間に合え、間に合え、間に合って!


 私の後ろを誰かがついてくる。おそらく、マリス嬢だろう。それでも構わない。最悪の事態だけは回避させないと……!


「お願い、間に合って!」

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