宮廷仮面舞踏会①
今宵は華やかな王宮仮面舞踏会が開かれる。
普段は紳士・淑女としての振る舞いを心掛けている彼らも、アイ仮面やフル仮面などを身に付けて素顔を隠している間は、無礼講で踊り狂う事が許される。今日だけは、身分も地位も関係ない。多少の無礼は許容されるのだ。
羽目を外して乱れた関係が生まれるのもこの仮面舞踏会の特徴で、巻き込まれたくなければ参加する方も注意が必要だったりする。泥酔し一夜を明かした関係だと後々判明すると、面倒な事この上ない。
噂によると、ジル・エリュシュバーン王太子殿下も参加するらしい。殿下が相手に限っては、令嬢たちは羽目を外して乱れる事を望んでいるとの情報もある。あわよくば、お近付きになれるかもしれないし、王太子妃候補として選ばれるかもしれないからだ。
派手な仮面を左右に向けて、誰かを探している令嬢たちが隣を通り過ぎた。
もう何人目だろう。ああやって人探しをしている令嬢たちを見たのは。きっと、ジル殿下を探しているのね。かく言う私も、殿下ではないけど目下人探し中で、会場内をキョロキョロしているけど。
「いつもと違って、すぐには見付けられないわね」
セリアンヌがいない。マリス・シュリントン嬢が何かを仕掛けてくる前に、見付けたかったけど……。
すれ違う仮面はどれもお洒落で、愛玩動物の形をしたものや蝶の形、半仮面など、どれも煌びやかだ。でも、そのどれもがセリアンヌの仮面ではないし、目印の髪飾りも付いていない。
あの猫背の男性は、マルクス伯爵家の次男ね。あれくらい分かりやすい仮面だと、逆に目立つ。あそこにいるのは子爵家のリーネ嬢。アイ仮面がとてもシンプルでセンスが良い。ん? あの仮面は……蛙!? 蛙のフル仮面、めちゃくちゃ個性が際立ってるじゃない! 誰だろう、気になるわね。
異質で目を惹く仮面に大抵の人は避けて通っていく。一部の興奮した人たちがその蛙仮面に向かって口笛を鳴らした。
確か、注目度やインパクトがある衣装や仮面を身に付けた者は、仮面賞を授与されるってセリアンヌがチラッと言っていたような……。派手好きのジル殿下が考案したもう一つの仮面舞踏会の楽しみ方らしいけど、口笛が多く与えられた人が仮面賞候補になるとか? ま、私には関係ない事ね。
それにしても、不気味な蛙仮面が何でこっちに向かってくるのよ!?
視線が合ったかさえも分からないけど、大股で歩いてくる蛙仮面に思い切り顔を逸らした。
「一曲踊っていただけますか?」
あー、ですよね。そっと視線を戻すと、目の前に大きな蛙の口がある。
「……はい」
無礼講でガンガン来るのかと思ったら、意外とスマートにダンスを誘われて、思わず「はい」と言ってしまったけど……。何だか不思議だわ。この人、立ち姿勢がとても良いし、品がある。それなりに身分がある人なのかも? 蛙だけど。
「それ、蠍ですね」
う……。蛙の貴方には言われたくなかった。ええ、そうよ。私の今日の髪型は、リボンを編み込んで蠍の尾尻と毒針をイメージした髪型よ。仕上げに両耳付近に毒蠍の人形を添えてある。ま、分かる人には分かるわよね。私のアムに対する気持ちが……。
「貴方は蛙ね。似合ってる」
「ありがとう。毒蛙に毒蠍。なんか似た者同士ですね、僕たちは」
「そうね。毒を持っているという不気味さに魅入られた者同士かもしれないわね」
「ええ、本当にその通りだと思います」
ダンスを上手にリードしてくれる蛙が、少しだけ格好良く見える。
ま、人間的な格好良さというより、個体としての恰好良さだけど。所作も丁寧で、ダンスも無駄がない。染み付いているのね、女性をリードする事が。わざとダンスを間違えても、さり気なくフォローしてくれるし。逆に言えば、完璧過ぎて胡散臭い。
「そう言えば、知っていますか? 毒蛙って好奇心旺盛なんですよ。例えば、毒蠍が大事にしている人がいたとします。その人に手を出したら毒蠍はどう思うか考えると、楽しみでついつい行動に移したくなる。好奇心には勝てないんです。ああ、たまりませんねぇ」
前言撤回。この人、絶対ヤバい人だ。
「好奇心は猫を殺す。貴方も肝に銘じておいた方が良いかも。私、貴方とどこかで会った事が?」
「いいえ、僕が一方的に知っているだけです。僕の名前はエドと言います。宜しく、ロメリアさん」
タイミング良く曲が終わると、エドと名乗った蛙は丁寧にお辞儀をし、どこかへ消えていった。あんなに目立っていた蛙の仮面がどういう訳か、周りの仮面に紛れていく。
あっという間に見失った……けど……。
どうして見失った? 存在感を消したから? いや、そんな事より、動けなった事の方が問題よ。何も言い返せなかった。名前を呼ばれた時、背筋がゾクゾクして。身バレ防止の仮面をしているのに、どうして私の名前が分かったのよ。まさか、この毒蠍の人形だけで? でも、舞踏会事件以来、この人形は商品化されて飛ぶように売れているから、誰が持っていても不思議ではないのに。
蛙との出会いは、私の心に疑問ばかりを植え付けた。
「ま、良いわ。今は蛙よりも、セリアンヌを探さないと……」
見渡す限り、豪華絢爛。目がチカチカするけど、人から人へと視線を移す。ただでさえ仮面で視界が狭い上、色彩が溢れていて目が疲れる。ふらついてバランスを崩したのに、優しく包み込まれるような感覚が私を引き上げる。力強い腕。
あ、もしかして……。
「アム?」
目の前の男性は人差し指をピンと立てて、それを私の口元に押し当てた。当然、触れるはずもなく仮面に当たり微かな音を立てる。『シー』とジェスチャーした男性の仮面は、銀色の飾り模様で縁取られた漆黒の仮面だ。仮面の奥に群青色が瞬いた。
「遅れてすまない。勘の良い令嬢がいて撒くのが大変だった。ちなみに、セリアンヌ嬢はあそこでカイル・シュレーゲルといる。今のところ心配はない」
アムが指を差した方を向くと、確かに目印の髪飾りをしたセリアンヌの姿が見えた。
「良かった。でも、どうしてセリアンヌだと分かったの? 仮面をしているのに」
「仮面をしていても誰かすぐ分かる」
「どんな人でも?」
「ああ、どんな人でも……。ロメリアの仮面は一番可愛くてすぐに気付いた」
「え、あ、もう! いつからそんなに口が上手くなったのよ」
「前にも言ったけど、一日一回は愛する人に愛情表現したいんだ。回数を増やしてもいいくらい」
アムは私の手を取ると、そのまま甲にキスを落とした。馬が駆けるように鼓動が全身を駆け巡り、逆上せてしまったように火照った顔が、仮面に移ってしまいそうでドキドキする。
私が聖女だと分かった日から、会えない日もあったからすっかり忘れかけてた。アムは会えば一日一回は愛情表現をしてくれたわね。前世の男性にはない表現方法だったから、最初はすごく恥ずかしかった。いや、今でも充分恥ずかしい。
でも、想っているだけじゃなくて、口で伝えてくれる事の嬉しさを知れたのはアムのおかげかもしれない。
「ロメリア、ダンスを踊ってくれますか?」
「喜んで」
無礼講な日に、私とアムはいつも通りダンスを楽しむ。ただ一つ違った事は、同じ相手とずっと続けてダンスを踊った事。それが私たちの囁かな無礼講。




