華やかな時間
燦燦と降り注ぐ陽の光に目を細める。暖かい日になりそうだと判断して、服を選ぶ。薄化粧をして、髪を簡単に纏めた。
今日は約束の日だ。セリアンヌのお屋敷で仮面舞踏会の“仮面”を選ぶ日。
「あ~、楽しみ。なんかファッションショーをするみたいで、わくわくするわね」
こんな感覚は久し振りで、聖女の肩書も今日は封印する事にした。一人の令嬢として、今日はだけは純粋にファッションを楽しみたいのだ。
「姉さん、今日は相談所には行かないの?」
扉越しにエリオットが声をかけてくる。
「お店は今日、お休みにしたのよ。セリアンヌのお屋敷に行くから」
「そっか。今度セリアンヌ嬢にも人形を作るね」
思わず、持っていた香油の小瓶を床に落としてしまった。
人形!? それってもしかして……。
小瓶を拾う事もせずに扉を開ける。
「ちょっと待って、エリオット! それ、どういう意味?」
エリオットはビクッと肩を震わせた後、意味あり気な笑顔を作った。
「なんか……。姉さんと面と向かって話すの、久し振りだね」
ん? 気の所為!? エリオットがすっごく嬉しそうに見えるんだけど……?
「そ、そうね……。私も色々忙しかったから」
「聖女活動で?」
「ええ、私の事よりもエリオットはどう? アムに指導してもらっているのよね? 魔術の使い方を……」
「アム? ああ、リリアムの事……。うん、師には可愛がってもらっているよ。今日もこの後、指導してもらう予定。将来の……、義兄さんになるかもしれない人だし、もしかしたら、僕がリリアムに婚姻終了のお知らせを告げるかもしれないでしょ……? だから、仲良くしているよ?」
天使のような笑みに惑わされそうになるけど、所々に気になる言葉が挟まっている。
ていうか、少し見ないうちにヤンデレになった? ま、深くは突っ込まないけど。
「こ、これからも末永くアムと仲良くしてね。私にはアムもエリオットも大事だから」
「末永く……。で、どっちが大事?」
そうくるか……。
「どっちも、よ。それより、セリアンヌに人形を作ってくれる理由はやっぱり……」
「話逸らしたね。ま、いいや。セリアンヌ嬢に近々必要になると思って作るんだよ」
「占い結果が悪かった?」
「そう。占いで破壊、死神、殺戮のメッセージがあったから。ラッキーアイテムがないとお先真っ暗だね。セリアンヌ嬢に何かあれば、姉さんはきっと泣くだろうから」
「ありがとう、エリオット」
やっぱり優しいな。私の弟は優しくて、可愛くて、頼もしい。でも、可愛かったエリオットが、背も伸びて格好いいと思うなんて……。
どうかしてる。
「く、苦しい。姉さん」
「ああ、ごめんごめん。ついつい嬉しくて、可愛くて、抱き付いちゃった。私はつくづく良い弟を持ったわね」
エリオットが呆れるくらい頭を撫でた。エリオットの顔が段々と赤くなって、デレて、耐えきれなくなったのか、最終的にはダッシュで逃げてしまった。その後姿さえ愛らしいと思いながら見送る。
逃げ出すエリオットの後を追いかける毒蜘蛛までもが、可愛いんだから。
でも、ありがとう。私はまた運命を変えてみせるわ。
◆
御者が手綱を握り、御者台から馬を操る。その乗り心地は慣れれば、揺り籠。遠くの景色をぼんやり見ながら身体を預ければ、その気候も相まって眠りに誘われる。
「いけない、もうすぐ着くのに……」
領地の隅に群生している黄色の野花に意識を向けて頬っぺたを抓ると、思いの外目が覚めた。
力強く、抓り過ぎたわね……。
頬を摩りながら、馬車を降りた。出迎えてくれた屋敷の使用人に大きな鞄を渡し、部屋まで運んでもらう。
「ロメリア!」
屋敷に入ると、セリアンヌが腕を引っ張り「こっちですわ」と案内してくれた。
セリアンヌったら嬉しそう。
案内された部屋には、たくさんの仮面が並べられている。ドレスや髪飾り、宝飾品も多数置いてあった。
「すごい数の仮面ね……」
「私のおばあ様がファッションに拘る人だったみたいですわ。仮面舞踏会では、毎回違う仮面を付けていたとか」
「壁にも飾ってあるのね。仮面一つとっても、歴史が見えるわね」
「その通りですわ! 一昔前は仮面と言っても、素顔が割と分かってしまう仮面が多かったみたいですわね。今は種類も豊富になり、選択肢も増えましたけど」
「仮面舞踏会なのに素顔が? 身分も正体も隠して皆、足を運ぶ訳でしょう? それなのに何故……」
「例え素顔が分かってしまっても、仮面で隠している以上、無礼講オッケーなのですわ。本当に身分を隠したい方は、もっと素顔の隠せる仮面を特別に作ってもらっていたみたいですわね」
なる程……。奥が深い世界だ。
「でも、本当におばあ様のコレクションを貸してもらっても大丈夫? 大切な物なのに……」
「もちろんですわ。おばあ様亡き後、このコレクションは陽の目も見る事も叶わず、誇りを被って劣化を待つ運命でしたもの。それよりも、誰かに使用してもらった方がおばあ様も仮面も喜びますわ」
セリアンヌは机の上に置いてあった仮面を手に取り、それを付ける。
「それに、皆に認められるまでは、聖女に支払われる税金など一銭も受け取らないでいる事や、平民と貴族の相談役として無償で相談に乗っているロメリアに、わたくしはただただ頭が下がりますわ。貸すくらい、何て事ないですから」
セリアンヌにそう言われると、内心ドキドキする。
聖女に支払われる税金……か。私の意地というかポリシーで受け取らなかっただけなのよね。最初は早く結婚する為に、聖女活動を仕方なくやっていたから。でも、最近はちょっと違う。色々な人がいて、微力ながらその人たちのお手伝いが出来ていると思うと、やりがいを感じている自分がいて……。
お父さまにお願いして、身バレ防止の仮面を買って貰う方法もあったけど、そうしたくはなかった。お父さまにこれ以上、迷惑はかけたくない。あれ以来、舞踏会の“ぶ”の字でも声に出そうものなら、眩暈を起こし倒れてしまうのだ。
だから、セリアンヌに「お屋敷にたくさん仮面があるから、ロメリアもその中から選んでくれると嬉しいですわ」と言われた時、とても嬉しかった。持つべきものは親友ね。
「ありがとう、セリアンヌ」
もう一度、心の中で呟いた。
「それにしても、仮面の威力ってすごいわね。魅力も増すし、仮面をしている人の言葉さえ隙がないように感じるのよ。セリアンヌのふわふわした感じが仮面によって引き締められているっていうか……」
「ふふ、ロメリアも仮面の素晴らしさや奥深さに気付いたみたいで、嬉しいですわ。仮面の世界へようこそ」
それからセリアンヌと私の仮面選びが始まった。素人ながらも、ファッションについて熱く語る。
「セリアンヌ、これなんてどう?」
「派手で華美で素敵ですわね。素顔が程よく隠せて、尚、目立つ事間違いなしだと思います。あ、ロメリアはこれなんてどうかしら?」
「まるでオスがメスに求婚でもしそうな自然界の色合いね。捨てがたい!」
「この仮面にこれをこうすると……はい、出来上がりですわ。今の流行りの髪型は、自分が関心のある事をモチーフにするみたいですわよ。わたくしはお花。花束をイメージした髪型にしようかと思っていますわ」
「それじゃあ、私は……」
今、興味がある事や関心のある事について考えを巡らせる。でも、頭の中には毒蠍の事しか思い付かなかった。
……いっその事、毒蠍の人形を頭に乗っけて行こうかな?
「可愛いと思いますわ!」
セリアンヌはまるで私の考えがお見通しだと言わんばかりの笑顔で、私を見た。
「け、検討するわね」
その後、私にしっくりくる身バレ防止の仮面を見付けた。その仮面に宝飾品を合わせて、細やかなファッションショーを楽しむ。
「当日、似たような恰好や仮面をしている人がいると思うから、目印を決めておきましょう。セリアンヌはこの髪飾りを付けてきてね。私はこのリボンを髪に編み込んでくるわ」
互いの目印も決めて、華やかな時間を笑顔で過ごした。




