不吉
その後、セリアンヌと私はたくさん話をした。それから、仮面舞踏会の対策の為に、一度セリアンヌのお屋敷へ訪問する約束を取り付けた。
仮面舞踏会用のお洒落な仮面がたくさん取り揃えてあるらしいので、身バレ防止になる仮面があるかもしれないとの事。しかも、今の流行りから一昔前に流行した物、奇抜なデザイン物などが豊富に取り揃えてあるらしい。
仮面に興味があった私は気になってしまい、約束をした訳だ。ま、それはセリアンヌに会う二番目の理由で、本当の理由はただセリアンヌの傍にいたかったから。
「あら、もうこんな時間! そろそろお暇しますわね。それでは、また約束の日に」
セリアンヌは丁寧にお辞儀をすると、扉の方へ歩いて行った。でも、いつまで経っても扉を開ける気配はない。
「ロメリア、わたくし……」
「セリアンヌ?」
振り返ったセリアンヌの笑顔がふっと消える。先程まで、あんなに約束を嬉しそうに心待ちにして、笑顔だったのに。
「わたくしはあの時あの場所にいたのに、ロメリアを助けられなくて、何も言い返せなくてごめんなさい」
それはあまりに突然の事で、最初は何の事を言っているのか分からなかった。言葉の意味が分かった後も、真っ白な頭では気の利いた事は何も言えない。首を横に振るだけで精一杯で、結果的には無言で見送ってしまった。セリアンヌの小さな後姿を見つめながら、あの時の事を思い出す。
“あの時”というのは、カナリアがアムに婚約破棄を催促した――――後に舞踏会事件と言われる時の事だろう。あの舞踏会に、セリアンヌも来ていたのだ。でも、あの場でセリアンヌが何も出来なかった事は当たり前の事で、むしろ正しい判断だ。私たち令嬢はいつだって階級に縛られ、性差でも差別される。無言の花である事を求められる。
……ったく、セリアンヌったら変な所で真面目なんだから。そんな事、気にする必要ないのに。あ、もしかしたら、セリアンヌの今の心情があの時の私と重なるものがあった?
誰もいない店内でそんな事を考えていると、不意に棚の方から音がした。
――――あ、いけない! すっかり忘れてた!
「アム、もう人間の姿に戻って良いわよ」
棚の方に向かって声をかける。
棚に置かれている人形に紛れて、人形ではない一匹の毒蠍=アムが隠れているのだ。今日は仕事がお休みだと言うので、アムが手伝いに来てくれた所までは良かったけど。
佇まいだけでも高貴さが滲み出ていて、かつ美形だから、まあ目立つわよね。平民の女性は皆、鼻息が荒くなって目にハートを描きながら集まって来るし、男性は逆にピリピリして敵意のような情を抱いた後、アムに敵わないと悟ったのか、自信喪失したかのような顔をして相談所を去って行く始末。
だから、アムにお願いして“変化”してもらったという訳だけど。いや、本当に申し訳なかった。魔術師のアムを私だってこんな風には扱いたくはないけど。
でも、アムは見世物じゃないし。それにアムを取られたくないって。
ああ、余裕ないな、私。
「少し手が痺れたな」
それは一瞬の事だけど、段階を経て人間の姿に変わっていく。
毒蠍から人間へと変わる様子はいつ見ても素敵で、引き込まれる。そんな所も好きだなんて変わってると思うけど、どこか神秘的で魅入られてしまうのだ。
でも、今日ばかりは申し訳なくて、その光景が凝視出来ない。
「アム、ごめんなさい! 狭いし身動き出来なくて、退屈だったわよね?」
「いや、むしろ色々観察出来て良かった。少し心配な場面もあったが……」
「大丈夫よ、いつもの事だから。でも、どうにもならなくなったら相談するわね」
「分かった。それと、ブルーノの件だが、知り合いの腕の良い医者に往診を頼んである。ロメリアは命の限りは等しくやってくると言ったが、全部を諦めた訳ではないだろう?」
う、鋭い……。
「この前、馬車の中でブルーノの話を聞いた時、ロメリアが自分の中の矛盾に悩んでいると感じた。妥当な言葉を吐きながらも想いは別にあるのだと感じて、僕なりに勝手に行動してしまった。すまない」
「いいえ、そんな事! むしろ、ありがとう」
矛盾、か……。言い得て妙ね。
人間は等しく、不平等にその命を散らしていくのだと分かっていても。命の限りは等しくやってくるのだと悟っていても。
聖女の力がちっぽけで役立たずだから、こんな正論を並べ立てているだけだ。
本当は助けたい。圧倒的な力で正論を捻じ曲げて、救いたい! もし私にその力があったなら、そんな正論を盾に良い訳なんて決して口にしないのに。
そんな矛盾した想いが根底にある事をアムは気付いていたのね。
ああ、アムには敵わないな。
「惚れ直した?」
耳元で囁かれて、思わず身体がびくっと跳ねた。油断も隙もない。だって、今言おうと思った事をアムに言われてしまったのだ。アムってば、預言者か?
ま、言うけけど。
「アムには惚れ直す要素がたくさんあるから困る」
恥ずかしいので、めちゃくちゃ小さい声で言った。さすがのアムも聞こえないだろうと思ったけど、どういう訳か、アムは微かに目尻を下げて満足顔だ。まさか、ね。
「ああ、それからコレ。少し預かりたいんだが」
棚の上に置いてある土で汚れた小さな四角い箱を指差す。
「ガラクタ同然の物だけど……?」
「こんな不吉の匂いがするガラクタだからこそ、研究に必要なんだ」
「このガラクタが不吉? 何の研究か聞いても?」
「それはまだ言えない」
困ったようにアムが言うので、それ以上は詮索しない事にした。
「もちろん研究結果が分かったら、ロメリアにも伝える」
「うん、分かったわ」
「それから、友人のセリアンヌ嬢の事だが、僕としても少し気にかかる点がある。何か手伝える事があれば言ってくれ」
「それはどういう意味で……?」
「ロメリアは、マリス・シュリントンという女性を知っているか?」
「いえ、知らないけど。まさか、その女性がセリアンヌに嫌がらせを?」
「ああ、嫌がらせの範疇で済めばまだ良いかもしれないが、いや、確証はないから今は何とも言えない。マリス嬢は新興貴族の一人娘で、明るく社交的で立ち回りがとても上手い女性だ。伯爵家のカイル・シュレーゲルを気に入っていて、セリアンヌを目の敵にしているらしい」
ゆっくりと首を絞められるような嫌な感覚が私を襲った。
まだマリス嬢本人に会った事がないから、こんな事を言うのは気が引ける。気が引けるけど、聞く限りでは、マリス・シュリントンは私が最も苦手な人物かもしれない。
明るく社交的で立ち回りが上手いとなると、それ以上の立ち回りをしないとこちらが不利になる。でも、セリアンヌにも私にも、そんな器用さはない。昔よりも色々な人と無理なく話せるようになった私でも、まだそこまでのスキルはないのだ。
そもそも新興貴族とは、元を辿れば商売上手で裕福な平民だった。だから、とても逞しい精神を持っている。血統以外で成り上がったから、図太い神経の持ち主とも言えるかもしれない。
贅沢三昧をして貧乏になった貴族から、領地などを買い取って資産形成してきた新興貴族もまた、この階級社会の価値観を突き崩す一太刀になるだろう。
それが良いのか悪いのかは別としても。
ただ、彼らには貴族のやり方は通用しない。
ああ、セリアンヌ。私は貴女の幸せを願ってる。だって、カイルは運命の人なのよね? 昔、男性が苦手だと言っていたセリアンヌが目を輝かせてしまうくらい、運命。
だから……。
「アム、マリス・シュリントンの事についてまた何か聞いたら、教えてくれる?」
「ああ、分かった」
「ありがとう。今日はもう店を閉めるわね」
扉に掛けてある看板をクローズ表示にして、私とアムは店を出た。
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