聖女の仕事
ブルーノとその母親が笑った日から、『聖女の何でも相談所』にやって来る相談者の数が少しずつ増えてきた。もしかしたら、これが口コミ効果というものかもしれない。いや、口コミする程の事はしていないけど、塵程の事も積もれば山となり、ひいては結婚に繋がるのだ。もちろん、聖女としても大成する。
塵程の事でも、馬鹿には出来ない。
それに、扉に掛けてある鈴が鳴るのは純粋に嬉しい。相談者の来店を知らせてくれる爽快な音は私を夢に近付けさせ、また聖女たる自覚を促しているようにも感じるから。
ま、何が言いたいのかって言うと、めちゃくちゃやりがいを感じてるって事よ。
「今日もご加護がありますように。ご相談ですか?」
「ああ、“聖女様”の力ってやつをまた拝みに来たぜ」
「はいはい、そうですか」
最初の内はたどたどしかった接客も人数が増えるにつれ、円滑にコミュニケーション出来るようになった。上手にあしらえるようになった、とも言える。一昔前は、「異性と話すと緊張する……」と可愛い事を言っていたけど、少しは鍛えられているのかもしれない。
でも、塵積+口コミ効果で色々な人が相談所に来るようになり、厄介な相談者もそれに比例して増えてしまった。平民の子供たちは人形が動く様を見て喜んでくれるのに対し、大人は不純な動機で見物に来ては私を小馬鹿にする。相談内容も無茶なものが多い。
目の前にいる男の常連さんたちもその部類。しかも、まだ可愛い方だけど、時折り発言に棘がある。軽くあしらってはいるものの、心にじわじわくるその言葉は、たまに蠍の毒針でぶっ刺して反撃したくなる程だ。
あらやだ、失言でした。
ま、見たいと言われたからにはやるけど。
後ろの棚に飾ってあるたくさんの人形から二体を机に並べ、聖女の力で動かす。すると、むくむくっと起き上がって、毒蠍や毒蜘蛛の人形が可愛く躍り出した。
「あっはははは! 噂通り、“聖女様”はお人形遊びが好きならしい!」
「もうちょっと何か出来ねぇのかよ! ブルーノも可哀相にな」
「ま、話のネタくらいにはなったから、お駄賃として畑の中から見つかったお宝を置いてくぜ」
「え? だからそれは要らないってこの前……」
男たちは土で汚れた小さな四角い箱を置いた後、私の言葉に耳を傾ける事なく扉から出て行った。引き留めようと思い伸ばした手は、虚しく空を掴む。
「はぁ~~~~~」
すんごい溜め息が出た。
それに反応したのは人形たち。扉の向こう側にいる常連さんたちに向けて、不満や怒りを表すポーズをしては、私の方を向いてドヤ顔アピールしてくる。きっと私を慰め、私の怒りを代弁してくれているのだ。その仕草は本当にキュートで可愛らしい。
「いつもありがとう」
聖女の力を解き、動かなくなった人形たちをまた棚に並べる。それから土まみれになった机を拭いて、小さな四角い箱を棚の上に置いた。
相談がない日の常連さんたちは、ああやって動く人形を見に来ては、揶揄って去って行く。そして、無料だからと伝えても、いつも必ず何かを置いていくのだ。大抵は街の噂話を置き土産にしていくけど、今みたいにガラクタ同然の物をくれる日もある。
ま、嫌われてはいないんだろう。
「でも、ブルーノの事については、言われたくなかったわ。可哀相なんてブルーノに失礼よ」
拳を作り机に叩き付けると、誰もいなくなった店内に響き渡った。
私は思った以上にお冠だった。やっぱり毒針で突き刺せば良かったと酷く後悔してるくらい。彼らの棘発言はしっかり私の心に刺さっていて、今後もブルーノの事を思い出す度にチクチク痛む事だろう。
拳を握り締めて昂った気持ちを抑えていると、心地良い鈴の音がまた聞こえてきた。
気持ちを何とか切り替えて、明るく出迎える。
「今日もご加護がありますように。ご相談ですか?」
「もちろんです!」
「相談内容は何でしょうか?」
「あの、私……。隣にいる彼と結婚出来ますかぁ?」
思わず目をパチパチ瞬かせる。
はあ? HA? そんなの知らないわよ……。何なら私が聞きたい。私っていつアムと結婚出来るのかって、大声で逆に質問したい! 大体、こんなにも近くにいて、人目を憚らずイチャイチャしているのに、結婚できるかですって? 良いわ、本気で相談に乗ってあげる。
「さぁ、どうぞ座って」
いつもより前のめりになって質問をした。
「この彼に何か言いたい事や聞きたい事はありますか?」
「え、ええとぉ、特にないかな? 会えない日もあるけど、埋め合わせはしてくれるし?」
男性をじろりと見る。
ふーん、埋め合わせね。あれ、この男性……。
「会えない日は、何をしているんですか?」
「そ、それは色々……? ほら、俺って忙しいし」
「焦って結婚する必要はないと思います。“色々”という言葉で濁す男性は、絶対何かを隠していますよ」
「そ、そんな事ない!」
「今、目が泳いでいましたけど?」
「そ、そうなのぉ? ゲイル……。いつもキミだけを愛してるって言ってたわよねぇ?」
「そうだよ、僕が好きなのはキミだけだ」
またイチャイチャし始めたから、黙っておこうと思ったけど。さっきの鬱憤も溜まっているし、やっぱり黙っておけない。
女優の加護が降りてきたように、私は話し始めた。
「私、この小窓から街の景色を見るのが好きなんです。ここに店を構えてからまだ日にちもそんなに経っていない頃、貴方が通り過ぎるのを見ました。左足を庇うような歩き方だったから、よく覚えています」
「そうですか……。それが何か?」
「でも、デレデレとした顔を向けていた相手は、彼女ではなく酒場の……」
「やっぱり酒場の看板娘のあの娘と……?」
「私の証言だけでは頼りないなら、私の常連さんにも聞いてください。毎日来ては“聖女の力”を揶揄い、街の人の噂話を教えてくれる素敵な人たちです。ちなみに、貴方の事も言っていましたよ?」
「う……、そんな、俺はただ……。短期間限定の付き合いで……」
「「最っ低!」」
男性の左頬に赤く腫れ上がる程のビンタを女性が飛ばした後、わぁっと泣き出した。
ああ、情けない。来店時はあんなにイチャイチャしていたのに、彼女が泣き出した途端、わが身可愛さに逃げて行くなんて……。むしろ、そんな男と結婚しなくて良かったと言うべきか。
「大丈夫? でも、貴女が今日、相談所に来てくれて良かった。あんな男と結婚していたら、死ぬ程後悔していたと思うから」
「……ありがとうございます。“聖女様”って結婚相談や恋愛相談もしてくれるんですね。しかも、的確に。今度は良い男性を見付けて、また相談所に来ます。今度は結婚しても大丈夫だって祝福してもらえるように」
「はい、お待ちしています」
逞しい。涙で濡らしていた瞳は、もう未来を見据えている。幸せになって欲しいな……。平民でも貴族でも幸せな婚活→結婚はして欲しいから。もちろん今は無理でも、その礎を作った事で未来に多様な選択肢が出来て、選べるようになれば良い。
いつか……。
「ロメリア、会いに来ましたわ!!」
三度目の鈴の音は、そんな可愛らしい声と共にやってきた。
「セリアンヌ!!」
嬉しくて思わず抱き付く。
ああ、変わらない。その陽だまりのような声も、綺麗で可愛くて芯の強い瞳も……。
「わざわざ相談所まで来なくても、セリアンヌのお屋敷まで足を運んだのに……」
「そういう訳にはいきませんわ。わたくし、今日はロメリアにご相談とお願いをする為に来ましたの」
「相談とお願い? あ、良かったらこちらに座って」
向かい合って座ると、セリアンヌはおもむろに話し始めた。
「実はわたくしとカイル・シュレーゲル様は、ロメリアの助言もあり、かなり距離が縮まりましたわ。でも、最近、カイル様を慕う女性がわたくしに意地悪をしてきて、困っていますのよ」
「その女、ぶっ潰しましょ!」
「ふふ、もちろんです。わたくし、意地悪な方には絶対に負けたくありませんわ! それで、ロメリアにその女性の退治の仕方を教えてもらおうと思い、こうして相談しに来ましたのよ」
「私に出来る事なら何でも言って。力を貸すわよ」
「ありがとう。それと、七日後の仮面舞踏会にも一緒に出席して欲しくて……。良いかしら?」
「仮面舞踏会?」
「ええ、そうよ。仮面舞踏会なら、ロメリアも人目を気にせずにリリアム様とダンスを踊れるでしょう?」
セリアンヌの細やかな気遣いが伝わり、嬉しくなった。自分の相談だけではなく、私の事まで考えて誘ってくれるセリアンヌは、私には勿体ない程の親友だ。
「ありがとう、喜んで出席するわ。でも、決して身バレはしたくないから……」
「それはわたくしにお任せあれですわ!」
セリアンヌはお馴染みの拳を突き出すポーズを取り、ドヤ顔をする。もう何度も見た光景だけど、やっぱり可愛いと思ってしまった。ただ、私の目は誤魔化せない。
セリアンヌがどんなに笑顔で取り繕っても、私には分かってしまうのだ。久し振りに会う貴女は少し痩せていて、儚く散る前の花のように脆い事を……。その笑顔の向こうに泣いている貴女が見えてしまうのは、決して気の所為なんかじゃないって事が分かってしまうから。
悔しい。ごめんなさい。
あの日から、私は社交界から遠ざかってしまったから、親友の悩みに気付くのが遅くなってしまった。中々会えなくて気付いてあげられなかった親友に対し、久闊を叙す気持ちで、心の中でそっと頭を下げた。




