もう一人の来店者
リリアム・クロッカス視点
王城にあるジルの執務室は、随分不便な場所にある。その中で、ジルと僕ら魔術師は今日も慌ただしく仕事をしている。仕事内容は、主に国防関係について。魔術師の仕事は、他国と魔物からこの国を守る事が使命だ。その他にもやる事はあるが、それは使命に付随する仕事でおまけみたいなもの。
「機嫌が悪そうだな、リリアム」
「まあね。どっかの誰かが毎日のように拘束するから、ロメリアに全然会えていない」
「その代わり、花を毎日送っているのだろう? 彼女の店に。フッ、律義な事だ」
「顔を見れないのは辛いですよ。ジルには一生分からない事かもしれませんが」
円卓の真向かいに座るジルに嫌味を返すと、ジルもまた嫌味とも取れる爽やかな笑顔で切り返した。さしずめ、蛇と蠍の子供っぽい喧嘩だと分かっているが、どうもジルに言われると一言余分に言ってしまう。
ま、ジルの事だから気にはしていないと思うが。
「ちょっと二人とも、口を動かすより手を動かしてくださいね」
徹夜したような顔付きでこちらを睨むのは、エド・フロッガー。僕と同じ侯爵家で次男という肩書だが、フロッガー家は秘密主義でそれ以外の事は良く知らない。
エドの髪色は濃く暗い緑色で波打つようなくせ毛で、毛先が真っ黒なのが特徴的。彼も学校時代に出会い、当時はまだ気軽に話せるような仲ではなかったが、卒業してから良く話すようになった。というのも、卒業後に才能が花開き魔術が使えるようになったからだ。
俺と同じ魔術師として、ジルにこき使われる日々を過ごしているが……。
エドは問題児でもある。仕事のストレスが溜まると“毒蛙”に変化してどこかへ逃亡する困った男……。
隣に座るエドに目を遣ると、書類の上にたくさんの蛙グッズが置いてある。エドは蛙マニアで、頭にも蛙の人形を乗せる程、独特な美的センスを持っている。そして、この蛙はメーターでもある。この蛙が円卓を埋め尽くす程増えたら、それはエドのストレス値が高く、危ないという事だ。
「エド、また目の下のクマが酷くなってるぞ」
「ジルの所為ですよ、僕が死んだらお墓は毒蛙で満たしてくださいね」
「安心しろ、そのくらいではお前は死なない」
「リリアムからもジルに言ってやってくださいよ~!」
「あ、仕事が終わったから、帰ります」
「裏切者~!」
エドの叫びが城中に響き渡ったが、気にせずに帰る支度を進めていく。
「悪いな、エド。今日こそはロメリアに会いたいんだ」
「ロメリア? 犬でも飼い始めたんですか?」
「違う。婚約者だ」
「あ~、はいはい。可哀相ですね。その令嬢、婚約破棄されるのでしょう? 社交界の悪夢である毒蠍の事だから」
「しないよ」
「え? マジ!? やっぱり噂は本当だったんだ~! うわ~、気になるなぁ。その令嬢」
エドは目を見開いた。先程までは死んだような目をしていたのに、単純とは恐ろしい。
余計な事を言ったとすぐに後悔した。エドに情報を与えて、好奇心を刺激してしまったのは確かだ。爛々と輝くその目はロメリアを探るつもりでいるのだろう。ジルが言っていたように蛙に化けて、ロメリアに接触するかもしれない。
こうなった時のエドは、ジルよりも厄介だ。
釘を刺しておこうか。
エドに顔を近付けて笑顔を作り、ポンッと肩を叩いた。
「エド、キミに限ってそんな事はないと思うが、ロメリアに手を出したら分かっているよね?」
子供に言うような口調を敢えて選ぶ。
「うぅ……。ジル~、リリアムが目で殺してくるよ~」
「ロメリアの事になると、リリアムは容赦しないからな。諦めろ」
「はぁ~い」
そんな気の抜けた返事だけで諦めてくれるなら、簡単なんだが……。エドは諦めの悪い男だ。用心するに越した事はない。
「今日はこれで失礼する」
「ああ、ロメリアによろしく」
爽やかに一礼すると、またエドの悲鳴が上がった。もちろん、そのまま踵を返して扉を出る。
馬車置き場まで大股で歩き、御者に頼んでロメリアの店まで駆ける。王都も結構広いが数十分もすると店に着いた。馬車を降りて、馬と御者に労わりの言葉をかけてから店の方へ歩く。店回りは人の話し声が全くせず、静かだった。
閉店を知らせる看板がもう掲げられているのか。まだ閉店には早いと思っていたが、鍵も閉まっているようだし。ん? あそこに小窓があるな……。
小窓を覗いてみると、机の上で突っ伏しているロメリアが見えた。
「寝ているのか……?」
御者は休んでいるようだし、人の気配もない。小窓からすり抜けられるか。
変化して毒蠍の姿になると、魔法を使って小窓をすり抜けた。そのままロメリアの傍へ行き、人間の姿に戻る。
「ロメリア……。風邪を引くよ」
「う……ん」
ロメリアの頬に触ると、寝顔が穏やかになった。女性の寝顔など本来こんな堂々と見てはいけないような気もするが、どうしても目を背けられなかった。
「可愛い」
ああ、このまま連れて帰ってしまいたいが……。うん? これは紙切れか?
ロメリアが突っ伏している机の端に、綺麗に折りたたまれた紙を披いた。
『今日の夜、民宿の502号室で待つ。レンガ職人のトンガより♡』
ロメリアに直接手渡したというよりは、さり気なく置いていったのか。後で気付くように? しかもハートマーク付き……。
確実に証拠隠滅する為に、攻撃魔法の炎で燃やした。
◆
「……ん、あれ……? アム!?」
「やぁ、お目覚め?」
「い、いつから? 扉の鍵は閉めたし、どうやって?」
「そんな事より、これから僕が馬車で毎日送り迎えをするから。それと、何とか都合付けて店を手伝えるようにする。最近、仕事が忙しい事を理由に来れなくてすまなかった」
「は、はい……?」
心配だ。ロメリアは昔から変な男を寄せ付けるから。仕事を優先した自分が恨めしい……。
「アム、何か心配事でも?」
「ああ、ロメリアの事に関して心配しかない。悪い虫がまた付いているようだし……」
「大丈夫よ。何かあったらエリオットから貰った毒蠍の人形で撃退するから。あれから人形の種類も増えたのよ! 毒蜘蛛に、毒蛇に。毒蛙……。商品化の話もこの前やっと話がまとまって、先日から売り出したのよ。貴族には高値で、平民には無料同然の値段でね」
ロメリアが棚から人形を取って机に並べた。大中小の人形が所狭しと机を埋め尽くした。まるで、ストレス値が高くなった時のエドの机のようだ。
毒蜘蛛はエリオットの加護だから良いとしても……。毒蛇はジル、毒蛙はエドだが、それに合わせて作ったのか? エリオットがわざわざ? いつの間に……。
「……アム?」
「あ、いや、何でもない」
「でも、一番のお気に入りはこの人形なのよ」
巾着袋から可愛らしい蠍の人形を取り出す。
「ロメリア……! そ、それは袋に入れたままにして欲しい」
「どうして? アムが作ってくれたんでしょう? 男とか女だとか、結婚観とか、未だに古い価値観が根付いているこの国で、アムがエリオットから裁縫を教えてもらって作ったこの人形は、私の宝物なのよ。しかも、尾尻に付いてるリボンが可愛い」
そう言ってロメリアは笑ってくれたが、嬉しいと言うか気恥ずかしいというか……。エリオットに教えてもらいながら作った甲斐があったな。こんな笑顔が見られるなら。
それにしても、棚に飾ってないと思ったら、毎日持ち歩いていたのか。
「その人形は毒蜘蛛に少し手伝ってもらった。器用に八本の足を動かして、針孔に糸を通していた。糸を切る時は毒蠍の鋏で……。傍から見たら、かなり奇妙な光景だろう」
「見たかったわ、その光景。エリオットは秘密主義でそういう事は教えてくれないのよ」
「そうか。今度一緒に作ってみても良いが……」
「ぜひ!」
人形の話をする度に、ロメリアがどんどん近付いてくる。彼女の両手に包まれそうになった俺の手は、左手だけを引っ込めて右手を差し出した。
左手の指先は針を突き刺した痕が数か所ある。一応手袋をしているが、万が一、傷だらけの指先を見られたらと思うと、いたたまれない気持ちになるのは時間の問題だ。ロメリアには知られたくない。
ま、男の見栄だな……。
「そろそろ帰ろう。暗くなると治安が悪くなるから」
「はい」
戸締りをして店を出る。鍵をして馬車に乗り込むと、ロメリアが今日の出来事について話し始めた。
――――ん? 何だ、今の気配は……。
馬車の後方を見ても、誰もいない。
「アム……?」
「いや、何でもない」
「そう? 今日はね、ブルーノっていう男の子に会って、それから……」
耳障りの良い声が馬車の中を満たしていく。ロメリアの表情がくるくる変わるのを愛おしく思いながら、その周りで微かに感じた殺気の気配に俺は酷く憤っていた。
読み終えて続きが気になると思った方は、ブックマークして読み続けてくれると嬉しいです。広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価も宜しくお願いします(お手数おかけします)。




