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聖女の何でも相談所

 王都の中心部から少し外れた所にある街屋敷から毎日馬車に乗り、街角にある小さな店に通う。


 店の名前は『聖女の何でも相談所』。看板は少し毒々しく蠍や蜘蛛の絵が付いている。店内には毎日違う花が届くので、それを飾って居心地の良い空間を演出した。


 私がこんな店まで立ち上げてしまったのには深~い理由があるのだ。


 一に結婚、二に結婚、三四に結婚、五に結婚! 


 ま、それが全ての理由であり動機よ。もうすぐ結婚出来ると思ったのに、婚活→結婚の間に“聖女活動”というものが間に入ってしまった。聖女の評判を上げて貴族や平民に認められないと、王家(主に王太子であるジル殿下)に結婚を許可してもらえない。聖女の評判は舞踏会事件の事もあり、かなり脚色されて市井に広まってしまったから、地に落ちたも同然なのだ。


「名誉挽回ねぇ、はぁ~~~」


 盛大に溜息を吐いた。


「おいおい、お嬢さん。そんな大きな溜息を吐くと、幸せが逃げていくぜ」

「いいのよ。半分くらいはもう幸せが逃げてる」

「俺が慰めてやってもいいぜ? 夜にそこの民宿に来な。たっぷり可愛がってやるから」

「ここはいかがわしい店じゃないのよ?」


 にっこり笑って芋で自作した“出禁”スタンプを男の額に押し、店から追い出した。


 本当、勘違いする平民が多くて困る。“聖女様”と呼ばれた事がない。いや、呼ばれたい訳じゃないけど。百年以上、聖女の出現がなかったこの国では、聖女がどういう存在か理解に乏しいのだろう。加えて、聖女が現れたと知らせを受けると同時に舞踏会事件の噂も広まったから、聖女=魔性の女=毒蠍使いというイメージになっている。


 評判を上げるのに、時間がかかるかもしれない。つまり、結婚が遠のく。


 それでも、アムとの関係がまだ良かったら頑張れたかもしれない。


 最近、アムとは会えていなかったりする。殿下に頼まれた仕事が忙しいらしく、まるで遠距離恋愛のような日々だ。


 今一番の心配事は、このチャンスを他の令嬢たちは見逃してくれないという事。アムが社交界に出たら、いつも通り令嬢たちに囲まれるだろう。アムに婚約者がいても彼女たちが諦めなかったように、聖女の私が婚約者になっても彼女たちはきっと諦めない。


 もしアムが他の令嬢に気持ちが移る事があったら……。



 絶対に嫌。アムの事を信じてない訳ではないけど、令嬢たちはどんな手を使ってもアムを手に入れたい筈。婚約破棄されても、不名誉慣れしているんじゃないかってくらい逞しい彼女たちの事だから。


 かと言って、舞踏会事件あのこともあるし、私には社交界に顔を出す勇気はない。聖女としての評判を上げてからじゃないと貴族に馬鹿にされるわね。ま、不敬罪が怖くて面と向かってはしないでしょうけど。




「アム……」


 会いたい、会いたい、毒蠍不足……!


 がっくり肩を落とした私の耳に、来店者の訪問を告げる鈴の音が響き渡る。扉の方を向くと、やつれた女性がいた。


「今日もご加護がありますように。ご相談ですか?」

「え、ええ。ここに相談しても何も変わらないと思いますが……。縋りつく場所がもうなくて……」


 そう話す女性の声は弱々しく、思い詰めたような目をしている。


「話すだけでも気が紛れる事がありますよ。どうぞ座ってください」

「は、はあ」


 女性が座って話し出すまでの間、砂時計の砂が全部落ち切ってしまった。それを見た女性が慌てるように話し始める。


「……わ、私には今年で五歳になる息子が一人いますが、余命は今年作られた葡萄酒が市場で売り出される頃だそうです」

「え……。もうすぐですよね……」

「ええ、そうです。治療薬はなく、治る見込みもない。絶望で胸が押し潰されそうで……。でも、母親として出来る事が何も思い付かないんです……」


 女性の目から涙が零れ落ちた。


 ああ、そんな状況なら、評判が地に落ちた聖女でも何でも縋りたくなるわよね。私にもっと聖女らしい万能な力があったら良かったのに。悔しいな。そんなチートみたいな力がこの世にある訳ない。


 人間は等しく、不平等にその命を散らしていくのだから。


「……どんな男の子ですか?」

「え? ええと、名前はブルーノと言います。とても我慢強くて、泣き言を一切言わないんです。でもこの間、誰もいない所でこっそり泣いているのを見ました」

「そうですか。もしご迷惑でなければ、その男の子に会う事は出来ますか? もちろん、聖女の力は期待しないでください。魔法や人知を超えた力を持ってしても、命の限りは等しくやってきますから」

「それは分かっています。でも、ありがとう……」



 ◆



 その後、母親であるその女性と共に、息子がいるブルーノの家を訪ねる事になった。


 ブルーノの家は王都の最も南側にある治安の悪い場所、極貧層区ディ・エレナにあると母親が言った。豊かで栄えている王都の闇の部分とも言われていて、そんな場所に今日初めて足を踏み入れた訳だけど……。


 まるで国が変わったような印象を受けたのは言うまでもなく、人生で嗅いだ事のない臭いが始終、私の鼻を満たした。腐敗臭に死臭が混じっている。視界の片隅には、布に包まれ横たわっている人のようなものが見える。それにたかる小さな虫が意味する事は、そういう事なのだろう、と想像してしまう自分が怖い。


 考えるだけで、悲しくなる場所だった。


 転生してから婚活で頭がいっぱいだった私には、初めて見る光景。自分がいかに恵まれてきたかを知るには、それはあまりに大きな問題で、私の手に余るものだった。


 暫く歩いて行くと、雨風もまともに防げそうにない家に着いた。貴族の馬小屋の方が立派かもしれない、と思ってしまう私も、酷く貴族色に染まってしまったのかもしれない。



「ママ、その人は誰?」

「相談所の人よ。ブルーノに会いたいって」

「寝たままでいい?」

「ええ、良いわよ」


 母親はそう言うと、布で仕切っただけの部屋から出て行った。


 う~ん。ブルーノの顔色は素人目で見ても良くないわね。おそらく、ご飯もあまり食べられない状況。私に出来る事と言えば……。


「ブルーノ、初めまして。私はロメリアよ」

「ロメリア……さん。初めまして」

「今日はブルーノとお話がしたくてここに来たのよ。何か好きなものはある?」

「今は何も……ゴホゴフォ……。ごめんなさい。最近、食欲がなくて……」

「じゃあ……、好きな動物は?」

「うさぎ! ママが作ってくれたコレ」


 使い古されたブランケットから手が勢いよく上がる。その手には薄汚れた兎の人形ぬいぐるみ、というにはややボリュームが足りない貧相な兎が握り締められていた。


「うさぎはね、縁起が良い動物なんだよ。パパは昔、うさぎの神様に会った事があるって言ってた」

「……お父さんは?」

「パパは去年、天の国に行ったんだ。僕も死んだら天の国に行って、パパと一緒に遊ぶんだよ」


 色々な感情が込み上げてくるけど、この場で涙は相応しくない。瞬きしたら落ちそうな涙を何とか繋ぎ止めた。


「ねえ、ブルーノ。その兎の人形ぬいぐるみを見せてくれる?」

「……少しだけね」

「ありがとう」


 兎の人形ぬいぐるみに命を吹き込んで、歌って踊れとただ願う。本物の兎のように動かなくてもいい。ブルーノがこの瞬間を楽しんでくれれば、それだけで本望だ。


 聖女の力が正常に作用したのか、兎の人形ぬいぐるみがむくむくっと起き上がる。


『ハ、ハジメマシテ』

「わぁ! うさぎが動いた! しかも、喋ってる! ママ、ママ! 見てー!」

「ブルーノ! どうしたの、ブルーノ? ……ああ!」


 クルクル歌って踊る兎の人形ぬいぐるみに、ブルーノは嬉しそうに手を叩いた。


 手のひらを叩く音は強くはないけど、ブルーノの笑顔はどんなものより価値があるわね。何だか私まで嬉しくて嬉しくて……。ああ、もう~! やっぱり涙が出てきちゃったじゃない。



「本当ねぇ、兎が歌って踊って……。きっと、天の国からパパが来てくれたのね」

「うん! パパとうさぎの神様だよ!」

「そうねぇ……。ああ、ブルーノの笑顔なんていつ振りかしら……」


 笑いながら泣きながら、母親は声を震わせた。


「ありがとうございます」

「ありがとう、ロメリアさん!」


 首を横にぶんぶんと振った。


 こんな力でも、誰かの為に出来る事があると教えてくれて、私の方こそありがとうと言いたい。ああ、もう鼻水まで……。


「ロメリアさん、何で泣いてるの?」

「な、泣いてないれす……」

「あは、何言ってるか分かんないよ。あ、ママも泣いてる……!」

「ふふ、これは嬉し涙よ」



 数十分という短い間だったけど、とても充実した時間だった。家を出る時、「慈善活動なので、お代は要りません。私の方が勇気をもらいました」と一礼すると、母親に「聖女様、本当にありがとうございます」とお礼を言われ、また泣きそうになった。


 ああ、嬉しい。その言葉が死ぬ程嬉しいなんて。人生で初めて“聖女様”って言われて、感謝されて。最初は仕方なく、結婚の為の名誉挽回だったのに……。人の為に何かをするって、こんなに心が晴れ晴れとする事だったのね。


 店に帰ってからも余韻はまだ続いていて、その日は早めに店を閉める事にした。極貧層区ディ・エレナが抱える問題が私の中で眠っていた何かに火を付けた事は、間違いないと言える。

読み終えて続きが気になると思った方は、ブックマークして読み続けてくれると嬉しいです。広告下の☆☆☆☆☆☞★~★★★★★にして評価も宜しくお願いします(お手数おかけします)。


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