幸せ
ああ、完全にリリアム様のペースだと思った。
すっかり引き込まれてしまった私に、リリアム様はどこか遠い目をして、懐かしむように話し始める。
「13歳の時に、僕の誕生日パーティーという名目で、別荘でパーティーが開かれた。もちろん、大人にとって名目なんてどうでもいい。集まって話せる場がある事に意味があるからだ。そんなつまらないパーティーだったけど、ロメリアに会えたから良かった」
「リリアム様の誕生日パーティーだとは知らずに、ごめんなさい。しかも、名前まで聞き間違えて……」
「いや、それは良い。むしろ、何も知らないからこそ良かった」
「それはどういう意味ですか?」
「僕の中身を見てもらえるから。僕も、ロメリアの事を知れて良かった」
……中身? 性格の事よね? 随分拘るけど、どういう意味?
心の中に浮かんだ疑問が身体に表れて、思わず首が傾いでいく。
「今までで計二回、ロメリアの前に毒蠍が現れたのを覚えてる?」
「はい、あのパーティーの時と酔っぱらった時に……。あの時は気付きませんでしたけど、あれは加護の魔法ですか?」
「そうだ、あれは加護の魔法。一族や王家、また僕と同じ魔術師を輩出した事のある家はこの事を知っているが、それ以外の人間はそれを知らない。僕がこの秘密を教えた外部の人間はロメリアが初めてだ」
「そんな大事な事……!」
「ああ、大事な事だからロメリアに聞いて欲しい。あれは加護の魔法だけど、毒蠍自体は僕が変化した姿なんだ」
――――へ!? う、嘘でしょ? 変化?? HENGE???
毒蠍の前でしてしまった失態を数十分かけて思い出す。
「い、いや、ちょ、あの、忘れて欲しい事があった気が……! 私、馬車の中で愚痴ったよね? 泣き上戸にもなったし、一緒のベッドで寝て、その後エリオットに毒蠍をあげちゃったけど!? え、ええー!!?」
脳内の処理が追い付かず、言語化するのに言葉がまとまらない。淑女の嗜みも言葉遣いも抜け落ちた。
リリアム様が少し困ったように笑うのが、余計に辛い。そもそも、あんな姿を見てどう思ったのよ……。それでも好きだという感情があるなら、それこそ寛容過ぎるのでは……。
色々考えると恥ずかしくて思わず俯いたけど、私に構わずリリアム様は話を続ける。
「まだ加護の魔法が上手く使えなかった頃、変化した毒蠍を見た人間は、毛嫌いして暴言を吐いたり、無視したり、石を投げ付けてきた。あまりに酷い扱いを受けたから、祖父が僕の正体を知る者の記憶を消したくらいだ。でも、ロメリアは違った。ロメリアに前髪を上げられて、初めてロメリアと目が合って、加護の魔法が不安定になって変化してしまったが、キミは毒蠍をそんな風には扱わなかった。その時から僕はキミが好きだ」
隣で話をしていた筈なのに、手を繋いだままいつの間にか近距離で向き合っている。最後の言葉を言い切った時には白い息と勢い余った身体が私の方に傾いて、少しだけ密着した。
リリアム様はさぞ過去に苦労したのだろうとか、しきりに中身を重視していた理由はそんな事があったからなのだと頭の中では冷静に取り繕っていたけど、私の理性もすぐに吹き飛んだ。
本当はリリアム様の言葉を噛み砕いて理解したいのに、ただでさえ近いこの距離と、好きだと言われた事への衝撃で、思考がどうしても散らかってしまう。心臓は一生分の力を発揮したように、ばくばくと激しい音を立て鳴らした。
素直な感想を言うなら、嬉しいの一言だ。
でも……。毒蠍を見ても平気だったのは、間違いなくエリオットのおかげ。もしエリオットがいなかったら、私もそちら側の人間だったかもしれない。毒蠍を見て怯えて、傷付ける側の人間。
そう思うと、胸が潰されそうになるくらい痛い。それなのに、リリアム様はこの偶然の産物のような出会いでも、受け入れてくれそうなくらい優しい瞳をしている。
その真っ直ぐなリリアム様の目を私も同じくらい真っ直ぐな目で見れないけど……。私の今の心情をリリアム様はさほど気にしていないような気がするのは、都合が良過ぎる自分勝手な解釈だろうか。それにしては、リリアム様の優しい瞳は広い海のような寛大さと、偶然でも必然でも運命でもそんなに大差はないと言い切る程の潔さが混ざってる気がする。
おそるおそるリリアム様と焦点を合わせると、嬉しそうに笑ってくれた。それなら、私も深くは考えない。偶然の産物である出会いに素直に感謝しよう。
区切りが付いた後の私の表情を見ると、リリアム様は頷いた。それからまた話し始めた。
「ロメリアに“今夜は月が綺麗ですね”と言われた時、酔っぱらって言ってると気付いていたが、嬉しくてまた魔力が不安定になった。異国の本で読んだ事がある。あれは“愛している”という意味らしいね?」
「し、知っていたの!?」
「ああ。ロメリアが僕の事を忘れていても、酔っぱらったキミが口走った言葉で、僕は簡単に揺さ振られて変化してしまった。キミが好きだから……」
ああ、私って思った以上にやらかしているのね。まさか、リリアム様がその意味を知っているなんて、誰が推測出来ようか。前世の世界とこの異世界の異国の本の繋がりに何かの陰謀を感じながらも、こんな私に2回も好きだと言ってくれたリリアム様は、人生で二度とは会えない程の巡り合わせで出会えた貴重な人だと思う。
だからこそ、聞きたい……。
繋がれていない方の手をぎゅっと握りしめる。自分では可愛げのない質問だと思いながら、私はリリアム様に質問をぶつけた。
「どうしてデビュタント舞踏会の時に、久し振りだと声をかけてくれなかったのですか? その後の舞踏会でも何度かお見かけしたのに、一度も声をかけてもらえなかった。いつも他の令嬢たちといて……。私も私で他の男性の人となりを見るので忙しかったけど、リリアム様だってそうよ。令嬢たちに囲まれていて、私の事を見向きもしなかったでしょう?」
まるで子供が拗ねているような言い方をしてしまった。自分自身がリリアム様を目で追っていた事に、自分の発言で気付かされるという悲しい事実付きで。
デビュタントの時と比べると、話をするだけに限るなら、もう緊張する程の関係ではない。それが仇となり、勢い余って言った言葉は死ぬ程可愛くなくて、懺悔したくなった。こういう匙加減が全然出来ていないから、今までの婚活が失敗したのかもしれない。
ふっと吐いた溜め息の重さが身に沁みる。
「声をかけようとチラチラ見ていたんだが……。令嬢たちの標的になって、ロメリアが社交界に足を踏み入れる事が出来なくなるのを避けたかった。もちろん、キミが色々な男性と話をして、結婚相手を探している事は知っていた。焦りがなかった訳じゃない。もし、ロメリアが他の男性と婚約しても破棄させるつもりだった。どんな手段を使っても」
「どんな……手段ですか?」
「……僕は意外と嫉妬深い。こういう時ばかりは、権力でも何でも利用しようかと考えている。それで、婚約の返事は聞かせてもらえるかな?」
いつの間にか私の両手は、リリアム様の大きな手のひらの中にあった。可愛くない質問をぶつけた時、片方の手は私の心の一部のように強がって握り締められていた筈なのに、気付けば丸ごと包まれている。逃げるつもりはないけど、リリアム様は私を逃がしてくれない気がした。私の不安や些細な疑問さえ囲い込んで離さない気が……。
それでも嬉しいと思うのだから、仕方ない。
「リリアム様、嬉しいです。私は今、幸せです。ライラックの木に向かって叫びたくなるくらい」
そのくらい、リリアム様の事が好きだ。
結婚する前に、これ以上ない恥ずかしい諸々をリリアム様に見られている。それを受け入れた上でこんな風に笑いかけてくれる人を誰が断るだろう。
「婚約の件、喜んでお受けします。もちろん、返品不可です。婚約破棄したら一生恨みますから」
「ありがとう」
ライラックの木の陰でリリアム様とキスをする。キスなんかしたらまた毒蠍に変化するんじゃないかと思ったけど、それは大丈夫だった。
この時の私は幸せの真っ只中で、この後訪れる悪夢なんて全く予想だにしていなかった。ただただ前世から続けていた婚活の延長にやっと一区切りがついた事に、すっかり安心していたのだ。
どんな物語でも、悲劇は幸せの絶頂期にやって来ると教えてくれているというのに。
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