プロローグ/ロメリア・グレイスについて
十六話で冒頭部回収です。それまで気長に読んでいただければと思います。暇潰しにでも。
「さあ、リリアム様。私たちと同じように、この女にも結婚破棄を告げて下さい」
金切声でカナリア様は言うと、周りにいた令嬢たちが強かな笑みを浮かべる。彼女たちもまたカナリア様同様、リリアム様に婚約破棄された同じ穴の狢。
「このロメリア・グレイスの身分は紛い物。高度な魔法が使える者は、生まれながらにして高貴な者と結婚しなくてはいけないという法律をお忘れですか?」
「ああ、それは知っている。能力を子供に引き継ぎやすいからね」
「なら話は早いですわ。お二人が例え惹かれ合う仲だとしても、決して結ばれません。ふふ、私たちは何も仲を引き裂こうとしている訳ではありませんわ。傷が浅い内に、忠告を申し上げようと思ったまでです」
「……そうか。確かに今のままでは結婚は出来ない。王の許可も下りないだろう。それより、高貴な貴族は盗み聞ぎなんてはしたない真似をしないのでは?」
「た、たまたま近くを通りかかって聞いたのですわ」
カナリア様はレースがあしらわれた手扇子で、顔をパタパタと扇いだ。
――――ねぇ、何それ。私知らない。そんな法律が本当に? それじゃあ、私のしてきた事って全部無駄だった? 何も持たない私は、どう足掻いてもリリアム様と結ばれないじゃない。もしかして、私の出自を知っていたら、リリアム様は婚約の申し出をしなかった? じゃあ、私は? その法律の存在を知っていたら、リリアム様の事を諦めていた?
ああ、嫌だ。そんな事聞きたくないし、考えたくない。
でも、一番嫌な事は、こんなやり方で知りたくなかった事だ。令嬢たちにとやかく言われたくなかった。他人の不幸が大好きな貴族が今か今かと私の不幸を待つ中、こんなやり方でこんな大事な事を知りたくなんかなかった……。
ああ、そっか。私がお父さまの反対を押し切って舞踏会に来てしまったから、その報いを受けただけ、か。
「はは……」
隣にいるリリアム様をそっと見る。
でも、やっぱりリリアム様が良かった。婚約破棄を告げるのは、リリアム様だけで充分よ。充分過ぎて、泣きそうなくらいなんだから。
だから。
下を向くな、笑え、ロメリア! 身分で結婚出来ないこの世界の常識に屈するな。身分なんてなくても私には……。
「な、何よこの女。笑ってる?」
「関係のない貴女たちに、色々言われたくはありません。でも、リリアム様の意見には従おうと思います。その前に……」
「ロメリア?」
思い返せばふと目に浮かぶ過去の事。どうしてこんな時に思い出したのだろう。
◇◆◇
私の名前はロメリア・グレイス。
赤毛にくせ毛。自分には少しばかり分不相応な黄金色の目を持つ子爵家の長女で、6歳差の可愛い弟が一人いる。
両親は陽気で穏やかで、話好き。
私の目から見ても両親は、陞爵の栄光や名誉を与えられる程の器はなく、資産管理能力にも長けていないけど、持ち前の人の好さで人望だけは厚い自慢の両親だ。
社交界デビューをしたら、そんな両親を安心させるために足繁く社交界に顔を出し、結婚相手を探す努力をしようと考えている。一番良いのは、地位も権力も資産もある貴族に見初められる事だけど、現実はそう上手くはいかない。やっぱりどの世界も結婚までの道のりが長いのは一緒のようだし、結婚後の生活が波瀾万丈なのも変わらないと思うから。
そんな結論を早くも出してしまうのは、私が前世の記憶を持っているせいだと思う。
私には、ロメリア・グレイスに生まれ変わる前の記憶がある。
前世の私は日本人で、婚活中だった。仕事が休みの日には結婚相談所に通いつめ、その傍らでマッチングアプリを駆使して出会いを求めた。街コンなんかも参加して、とにかく婚活に全力投球する日々を送っていた。
たまに既婚者の女友達から結婚生活の愚痴を聞かされたり、金銭感覚の違いや浮気された話に夜な夜な付き合ったりして、結婚後も大変なんだと感傷に浸ったり。ゴールの見えない腐海の森で迷子になり続ける事が結婚だと、自己陶酔してみたりもした。
まぁ、そんな現実と悟りの間でもがき続けた努力も虚しく、一人暮らし中に風邪を悪化させて肺炎になり、死んでしまった訳だけど。
運命とは皮肉なもので。
何の因果か、転生しても性別は変わらず、このまま成長してある年齢を過ぎると、結婚相手を探さなくてはいけない。
しかも、この世界にはマッチングアプリなんて便利なものは存在しない。武器と言えば、行動力と積極性、人脈と運、そして自分の生まれ付いた身分。
家同士の結婚と言われる事も多いこの異世界で、私は未だ結婚に夢を見てる。でも、相手の資産状況とか身分とかそんな探り探られ合いの婚活はまっぴらごめんだし、結婚相手を勝手に決められるのも嫌だ。
どうせ結婚するなら、前世で成し遂げられなかった幸せな婚活→結婚がしたい。こんな魔法と階級社会のマリンティア王国で、そんな生き方を――――。