第2章:生まれた時から決まっていた運命なんてない(5)
「リーデル」
千春がその名を繰り返すと、タマはポメラニアンにできうる限り深々とうなずいた。
「リーデルは、カレン様の『友愛者』……まあ、婚約者のようなものだ、そう目されていた」
「それを蹴って、俺様と結婚してくれたんだよ、カレンは! いやー、俺様の愛が勝ったんだな!」
「洋輔の愛が勝ったのかはともかく、カレン様が洋輔のもとへ行ってしまったせいで、リーデルは怒り狂い、ニンゲンに天罰をくらわせる決意をしたのだ」
好きな相手を他人に取られたら、悔しいのは、千春にもわかる。もし克己が誰かほかの女子とつきあい始めたら、穏やかな心持ちではいられない。いや、女子だけではない。自分の知らない柔道部の仲間と和気あいあいと話す彼を見て、胸のあたりがじくじく痛んだのは、一度や二度ではない。
「リーデルは、手下のフリーマンに命じ、まずカレン様がニンゲンとして身を置かれた日本を滅ぼすことにした。日本が滅びれば、カレン様も自分のもとに戻ってくると思ったのじゃろうて」
行き過ぎた嫉妬は時に狂気に変わる。千春がそれを感じ取っていると、タマはため息をつき、先を続ける。
「リーデルの過度な行いに、カレン様は責任を感じたのじゃろう。その命をかけて、リーデルを封印する決意をされた」
タマの瞳がうるうると涙目になり、「じゃが」と、千春の足元にすり寄ってくる。
「洋輔と、生まれたばかりの千春、お前を残してゆくことも心残りだったのじゃろう。我に、澤森家に仕えるように言い置いてゆかれた」
主人であるマイスターの命令、いや、願いは、従者であるリッターには逆らえないものだったに違いない。タマは澤森家のペットとして、残された家族を見守り続けたのだ。
「カレン様のリッターである、ターヴィエンルスト・マテルアリフェルヅはそこで『いないもの』になった。ただのタマとして、お前たちとともに余生を過ごすつもりであった」
「あっ、本名から取ってたんだ、『タマ』って」
「うむ。正確には『タ・マ』であるぞ」
千春が思わず素直な感想を述べると、タマはまたも深々とうなずく。そして、神妙に告げた。
「しかし、カレン様が亡くなって十年以上。リーデルの封印はゆるみ、遂に復活してしまったのじゃ」