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星空の願い事

作者: ネギ

「……はぁ」


 7月7日。梅雨のシーズンも終盤。普段ならジメジメした空気と夏の熱気のダブルコンボにウンザリする時期。


 けれど幸い、今日は日中が快晴だったお陰で、日が暮れても籠るような暑さも湿っぽさもない。おまけに心地よい夜風に当たっているから、とても快適である。


 そのはずなのに、ついため息が溢れてしまう。


「……もうすぐ先輩も引退かぁ……部員、どうしようかな」


 受験シーズンに突入し、多くの部活で主役が3年生から2年生に移り変わる時期。例にも漏れず一個上の天文部の先輩も、もうすぐ引退の時期だ。……尤も、このままでは私も先輩の後を追って、すぐに引退なのだけど。


 現在、天文部は私と先輩の2人だけ。学園の規則で、規定人数に満たない場合、廃部となってしまう。本来なら、勧誘をするべきところなんだろうけど……


「流石に無理、だよね」


 正直、こんな部に入る物好きはそういないだろう。部員数2人という数字が、全てを物語っている。


「あ~~~~~~」


 そんなことを思いながら、何気なく椅子を左右にゆらゆらと半回転させる。人には聞かせられないような、珍妙な唸り声をあげながら。


「ん~~~ッ、あれ?」


 流れる視界の中で一つのモノに気付き、ぴたりと左右の往復運動を止める。視線の先には、ピンクの長方形の紙。


「あー、そういえば……よし、折角だし今書いちゃお」


 思考中断。アンニュイな気分を振り払うために、ペンを握り短冊と向かい合う。


「んー、えっと……」


 何を書こうかな? 一年に一回の、お願い事。私は何を叶えて欲しいのだろう。


 自問自答しながら、思考を巡らせる


「……あれ?」


 ——ふと、引っかかる。そもそも私は、どうしてこんなに気分が落ち込んでたんだっけ? 


「………………」




  *




 一年前、部活動の勧誘が活発に行われる時期、無事高校に入学した私は、どの部活に入るつもりもなく、ただ気ままに校内を散策していた。


 そのとき、熱心に天体望遠鏡と向き合う先輩と、運命の出会いを果たした。


『あの……ここって、部室……ですか?』


 勧誘に興味がないのか、こちらに目もくれず1人で白の望遠鏡のメンテナンスをしている先輩に惹かれるものがあり、私は天文部の部室に足を踏み入れた。


『ああ』


 私にかける先輩の第一声は、作業をしながら返す、ぶっきらぼうなものだった。


『見学、しても大丈夫ですか?』


 今まで天体観測に全く興味を抱かなかった私の口から、自然と漏れ出た言葉。


『好きにしろ』


 作業中の先輩の邪魔にならないように、私は近くの椅子に座りながらその光景を眺めていた。




『……なあ、おい』


『は、はい。なんでしょう?』


 どれぐらい時間が経過していたのだろうか。夢中になって眺めていた観察対象の先輩から、突然声をかけられる。


『見てみるか?』


『はい!』


 今日初めて見せた、先輩の優しさ。私は生まれて初めて、鮮明な星を見た。




『これ、入部届けです』


『……は?』


 次の日、勢いに任せて。私は天文部に入部した。その時の先輩のぽかんと口を開け、唖然としている表情を見て、この人はこんな顔もするんだな、と思った。





『先輩先輩!』


 それからも、私は色々な先輩の姿を見てきた。望遠鏡をいじる先輩の姿を眺めながら、時に天体観測をしたり、思いついたことをすぐ行動に移す私が先輩を振り回したり。


『……っ、おいバカやめろ!』


 ぶっきらぼうな先輩は、時に驚き、時に呆れ、時に優しい表情を見せてくれた。初めて会ったあの日から、私は次第に先輩に惹かれていって——




  *




「あぁ、そっか」


 ようやく、合点がいった。


 やっと、理解した。

 

 何故、先輩が引退する事に、こんなにも複雑な気持ちを抱いていたのか。どうして、天文部の存続に気乗りしなかったのか。


「私、先輩が好きなんだ」


 私は、天文部が好きだと思ってたけど。本当は、天文部で先輩と一緒にいるあの空間が、好きだったんだ。


 初めて出会ったあの日から、自然と目で追うようになった先輩に、いつしか恋心を抱いていたんだ。


「願い事は、これしかないよね」


 先ほどまで手が止まっていたのが嘘のように、スラスラと文章が浮かんでくる。そこまで長くない一文に、私のありったけの想いを込める。願い事を、叶えてもらえるように。


 今更気づいた恋心。けれどまだ遅くはないはずだ。思い立ったらすぐ行動。勢いに任せ、電話をかける。


「…………」


 電話が繋がるまでの時間が、もどかしく感じる。早く、声を聞きたい。はやる気持ちを抑え、耳を押し当てる。


『おう、どうした』


 いつもと変わらない先輩の声。けれど今は、聞き慣れたその声すら嬉しい。


「先輩先輩、今外出れますか? 手ぶらでいいんで、いつもの場所で待ってます!」


『なんだよ突然。大丈夫だけど訳をはな——』


 ピロン。


 電話を切り、急いで準備をして外に飛び出る。早く先輩に会いたい。その気持ちに突き動かされるように、私は全速力で目的地へ向かった。


  *


「おーい、先輩先輩ー!こっちですー!」


「お前って時間を気にせず急に呼び出すよな……」


 学校付近の裏山。丁度木々がなく、開けた場所。以前私が偶然見つけた絶好の観察スポットは、人通りが皆無で静かなこともあり、いつの間にか私と先輩だけの秘密の集合場所になっていた。


「ほらほら、先輩。座って座って」


「ッたく。分かってるから押すなバカ」


 先輩を急かし、予め広げておいたレジャーシートの上に2人で座る。


「……それで、何の用だ?」


「勿論、一緒に星を見るために決まってるじゃないですか。もうすぐ先輩も引退ですし、折角の機会ですので七夕の日に、一緒に天の川を見たいなーと」


 単刀直入に用件を聞いてくる先輩に、好意を悟られないようにぼかした返答をする。


 けれどその言葉に、嘘はない。事実、先輩との別れの日は刻一刻と近づいていて、おそらくこれが最後の一大イベント。先輩との高校生活最後の思い出作りというわけだ。


「ああ、そう。ところでお前、新しく入ってくれそうな人は見つかったか?」


「あー……っと。まぁ、今はそんな事よりも、星見ましょ、星。ほら、夏の大三角が綺麗ですよ!」


「俺が教えたもんな。……ったく、どこ探したら夏の大三角も知らない天文部員がいるんだよ」


 強引に話題転換。ため息をこぼし、ぼやきながら、天を仰ぐ先輩。それにつられ、私も顔を上げる。


『…………』


 言葉を失った。音のない世界に2人だけ。雲一つない満天の星空を、同じ光景を共有するように、ずっと眺める。


「……ねぇ、先輩?」


 ——破られる、時が止まり永久にも感じられた静寂。星々が私の背中を押すように、自然と口から紡がれる言葉。


「今日、晴れて良かったですね」


「そうだな」


「あー……っと、それとさっきの答え」


「ああ」


「先輩と過ごした時間は、本当にかけがえのない思い出でした。先輩のいない部活なんて、考えられないぐらいに。なので申し訳ないですけど、人探しは諦めます。大切な人の欠けた部活は……きっと寂しくて、耐えられないでしょうから」


「……次期部長が自ら選んだんだ。俺は何も言わねえよ。それに、俺も去年は廃部を覚悟してたからな。何故か見逃されてたけど、流石にそろそろ年貢の納め時だと思ってた」


「……先輩」


 初めて語られる真実。けれど、あの時の先輩の態度を思えば納得だった。きっと天文部の存続を諦めていたんだろう。理由は違えど境遇は似ている、私と同じように。


「そんな時だった、転機が訪れたのは。お陰で終わったと思っていた天文部は、まさかの存続。どこぞのお騒がせな誰かさんが入部届けを出した時は、本気で現実かどうか疑ったよ」


「はて、一体誰のことやら?」


 つい、いたずらっ子のような笑みを先輩に向ける。


「さあな。とにかく、一度終わるはずだった天文部は延長戦に入った。けれど所詮はオマケ。最初はそう思ってた。けれど、実際は……まあ、そのなんだ」


「今までで1番楽しかったよ、お前といた時が」


 ドキリ、と。優しい言葉に、心臓の鼓動が一瞬跳ね上がる。


「……そうですか。寂しくなっちゃいますね」


 なるべくこの胸の高鳴りを悟られないように、私はいつもの冗談めかした口調で、返事をする。


「…………」


 返事はない。再び沈黙の時間が流れる。けれど不思議と、気まずさはない。この美しい絵画のような光景を、大好きな先輩と2人で共有しているだけで、幸せだから。


 交わす言葉は少なくても、互いに分かり合えるこの関係が、今は心地よかった。


「……なあ、今日って七夕だよな」


 今度は、先輩が沈黙を破る。


「はい、そうですね。それがどうかしました?」


「願い事。何か書いたか?」


「頭良くなりますように、って書きました」


 勿論、真っ赤な嘘だ。本当は別の事を書いたから。


「あー、お前割とバカだもんな……願うだけじゃなくて勉強しないと無理だろ」


「いやいや、先輩が頭良すぎなだけなんで。私は平均をキープしている平凡な女ですから」


 意外にも、先輩は学年トップだ。志望校も、誰しも聞いたことのあるような超有名な大学。はっきり言ってしまうと、私とは住む世界が違う。


「ま、お前は本気でやれば出来るはずだ。ちゃんと勉強すれば叶うよ。俺が保証してやる」


「おー、言ってくれますね。勉強に強引に付き合わせていた先輩からの、まさかの評価」


「やっぱお前自覚あったのか。……ま、今日は特別サービスだ、大目に見てやる」


「やった」


「……で、お前結局なんて書いたんだ?」


 内容までは気付かれていないようだけど、流石に嘘だとはバレている様子。


「ふふ、乙女の秘密ですよ。先輩こそ、何か書いたんだったら教えて下さいよ」


「お前が言わないなら俺も拒否」


「あらら、残念です。けど、いつか教えて下さいね?」


「……はぁ、お前もだぞ」


「分かりました。約束ですよ、先輩。……っと、そうそう。当てに来るのは大歓迎ですので、いつでもどうぞ」


「へいへい」


 私の話を軽くあしらい、そこで会話が途切れる。そして再び、辺りは薄暗闇と無音の世界に変わる。


 気付けば、まるで織姫と彦星のように、離れ離れの2人の距離が。徐々に、徐々に縮まっていた。天の川のように互いを隔てる果てしない距離ではない、ひんやりとした僅かな空間が間を遮るだけの、触れ合う寸前の至近距離。


「……そういえば、先輩」


「ああ、なんだよ」


「私としたことが、ヒントを出し忘れてました。願い事の」


「ヒント?」


 そう言って怪訝そうな表情で、こちらに顔を向ける先輩に。




「…………」




 ——そっと。一瞬触れるだけの、口付け(キス)をした。




『先輩と一緒にいられますように』




 そんな私の願いは、果たして届いたのだろうか。織姫が一瞬強く光ったように見えた。そして彦星も同じように。2つの星は、他のどの星よりも一際強い輝きで、私と先輩を遙か彼方の夜空から、照らしていた。



  *



 ——あれから二年の歳月が流れた。先輩は卒業し、その一年後には、私も思い出の学園から巣立った。そして大学生になり、初めて迎えた七夕。


「今年も晴れて良かったですね、()()


 そっと、語りかける。その隣にいるのは、私の最愛の人。


「そうだな。というか大学生にもなって、未だに呼び方変わらないんだな」


「だって先輩は先輩ですから。それに、先輩と後輩の関係は昔も今も変わらないでしょう?」


「それもそうだな」


 先輩は、志望校にあっさり合格した。そして私はというと。先輩と同じ大学に通いたいという一心で、必死に1年間猛勉強した。


 思えば今までの人生で、あれほど教科書や参考書と向き合った事もなかった。何はともあれ、先輩の助けもあってなんとか合格を勝ち取った私は、新たに創設した天文サークル(とは名ばかりのただの同好会)の後輩として先輩と一緒に活動している。


 ……尤も、メンバーはあいも変わらず私と先輩の2人だけなのだけど。


「ねぇ先輩先輩、2年前の約束覚えてますか?」


「願い事だろ? 覚えてるよ」


 2人で幻想的な夜空を見上げ、2年前の記憶を振り返る。あの時私たちが見た場所で、交わした約束に思いを馳せる。


「結局なんて書いたんですか?」


「多分、お前と同じ。今の状況がそう」


「願い事、叶っちゃいましたか」


「……ああ、そうだな」


 そっと重ねただけの手と手を、繋ぎ直す。絡み合った指から、先輩の温もりが伝わってくる。


「……先輩」


 ポツリと。幸せを噛み締めながら、言葉を紡ぐ。織姫が糸を紡ぐように。


「ん?」


「これからも、ずーーーっと一緒ですよ」


 肩を寄せ合い、同じ星空を眺めながら。私は大好きな先輩と、新たな約束を交わす。


「先輩が嫌って言っても、ずっと付き纏います。だって、お願いしましたから」


「ばーか」


 初めてあった時と変わらない、ぶっきらぼうな返事。けれど、私は知っている。先輩の優しさを。一見冷たく見える態度は、照れ隠しだということを。


「今年も()()()お願いしたんだ。きっと叶えてくれるさ」


「……そうですね」


 夜空を舞う星々は、私たちを祝福するように輝く。その煌めく光の乱舞の中で、更に一際強く輝く、つがいの星は。以前とまた違う景色を、見せてくれた気がした。

初めての恋愛短編です。

七夕にちなんだ先輩後輩の話を書いてみました。

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