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姉は妹の結婚を全力で阻止します

作者: 藤野

 ルナリア・エル・アルステアには妹がいる。妹といっても双子だからせいぜい数時間の差しかないのだが、しかしそのたった数時間は思いの外重要だったらしい。


 ルナリアの妹、名をソラシナ・オル・アルステアという。彼女は身内の贔屓目を抜きにしても美しい容貌をしていた。白銀に輝く髪と、日に焼けることを知らない透き通るような白い肌、大きな紫の瞳はアメジストのように輝き、ぷっくりとした唇はまるで薔薇の花びらのよう。


 対して、ルナリアは色彩こそソラシナと同じではあるが、美少女というほどの容貌は持ち合わせていなかった。性格も二人は真逆で、ソラシナは溌剌としているが、ルナリアはどちらかというと物静かである。また妹は好奇心が強いようだが、姉はどちらかというと探究心の方が強い。


 双子なのに見た目も性格も似ていない自分たちだが、美少女として世に名を馳せる妹が、ルナリアにとっては悩みの種であった。

 ソラシナは見た目こそ超一級品なのだが、ルナリアからしてみれば少々ーーいや、かなり、頭の方が残念なのだ。

 勉強ができないという意味ではない。確かに勉強の出来もよろしくはないが、それはそれ、人には得手不得手と言うものがあるとルナリアも理解している。では何が問題なのかといえば、ソラシナはいわゆる"中二病"という不治の病を患っているのだ。

 なにせ、物心ついた頃には既に自分を転生者だと口癖のように言っていた。もちろん世の中には本当にそういう人もいるのかもしれないが、少なくとも妹のような言い方はしないだろうとルナリアは思っている。

 というのも、ソラシナ曰くこの世界はゲームの中の世界らしいのだ。ノベライズにコミカライズ、果ては映画化までされた超人気乙女ゲームだとか言っていた。


「私たちが二十歳になる年の夏に原作は始まるの」


 ルナリアはこの時点で妹の不治の病を察したのだが、問題はこれだけではなかった。

 ソラシナの脳内設定では、ルナリアは名門貴族の長女という家柄だけで皇太子殿下の妃候補に上がったが十人並みの容貌と起伏の浅い性格のせいで見向きもされないらしい。

 そしてソラシナこそが、次女ではあるものの同じく名門貴族に生まれた美少女だから皇太子殿下の目に留まり、求婚されて王宮に召し上げられるのだとか。

 たしかに、アルステア家は国内屈指の名門貴族だ。ありえないとは言い切れない。言い切れないのだが、現実問題ソラシナには無理だとルナリアは言いたかった。


 家柄だけをみれば、ルナリアにもソラシナにも、皇族妃候補として名を連ねる可能性はあるのだが、ここは魔法国家グランティアーレ。家柄ももちろんだが、同じくらい魔法の才能も重要視される国なのだ。


 ソラシナは講義や練習をサボってばかりいるせいで、もしかしたらあるのかもしれない魔法の才能をちっとも伸ばせていない。たまに魔法を使ったかと思えば制御しきれず惨事を招く。

 本人は原作が始まればヒロイン補正が云々転生特典が云々と言っていたが、それはいくらなんでも都合が良すぎるというのがルナリアの意見だった。


 それでも、子供のうちはまだ良かった。初等魔法学校に通っている間は、先生たちもソラシナを夢見がちな子と認識するだけで何も言ってこなかった。魔法の暴発についても、アルステア家という魔力量の多い家柄に生まれたからか大目に見てもらえていた。

 しかし、ソラシナの妄想癖は初等魔法学校どころか中等魔法学校を卒業してからも続いた。高等魔法学校に入ると、彼女は「いよいよ原作開始のカウントダウン」とか言って、とにかく自分磨きに全力を注いだ。自分磨きといっても磨くのは外見だけで、魔法の練習は相変わらずサボってばかり。

 初等・中等魔法学校と違って高等魔法学校は義務教育ではないため成績が悪ければ留年になるし、あまりにも問題行動が目立てば退学の可能性だってある。

 けれどそれをルナリアがいくら言っても、両親たちが何を言っても、ソラシナは聴く耳を持たなかった。それどころかますます中二病を拗らせて、「いくら身内だからって、未来の皇太子妃である私に失礼だわ!」などと喚く始末。

 結果、両親は匙を投げた。ルナリアが長女で良かったと心底安堵した表情で言われた。探究心が強かったルナリアは、日頃の努力が実を結び、一流の魔法師たちが教鞭を執る王立魔法学院への進学が決まっていたのだ。

 魔法学院を卒業すれば、将来は約束されたも同然。両親が喜んでくれるのはもちろん嬉しかったが、ルナリアは内心複雑だった。


「せいぜい無駄な足掻きでもなさるといいわ、お姉様。あなたみたいな地味で根暗な人に、キースが心惹かれるはずはないのだから」


 魔法学院への入学が決まった日に、ソラシナが言い放った言葉である。

 こういったことは珍しくなかったのでそれに対しては別段何を思うこともなかったのだが、流石に皇太子殿下の名を呼び捨てるというのは如何なものか。ルナリアが注意しても、ソラシナはやはり聞き入れない。両親は既に諦めてしまっているから、口を貝のように閉ざしていた。

 しかしいざ魔法学院に入学してみれば、ルナリアはすっかり夢中になって講義や研究に没頭した。さすが一流の魔法師たちが集まるだけあって、講師はもちろん生徒のレベルも軒並み高く、ルナリアは常に向上心と競争心が煽られた。少しでも時間ができれば併設されている図書館に引きこもり、過去の魔法研究論文や実験資料を読み耽った。


 満たそうにも満たせぬ知識欲。切磋琢磨しあう同級生たち。


 自分の探究心を刺激してやまない学院生活に、ルナリアは幸せを感じていた。

 しかし、この時には夢にも思っていなかったことが起きた。

 ルナリアが魔法学院に入学して二年目の夏。研究もひと段落ついて実家で家族団欒のひと時を過ごしていた時に、王宮から書状が届いたのだ。使者からひったくるように書状を奪い目を通したソラシナは歓声を上げた。


「ああ、ついに来たわ! 始まるのよ、原作が!」


 そう。なんと、ソラシナがずっと言っていた通り、本当に王宮から皇太子殿下の妃候補として指名されたのだ。

 皇族妃候補とは選ばれるだけでも大変栄誉なことである。皇太子妃ともなれば言うまでもない。しかしルナリアはともかく、ソラシナまで指名されるとは思っても見なかった。

 両親は戦慄した。もしも、万が一。いや、億が一にもソラシナが皇太子妃になるようなことがあれば……!


 想像した両親は、青褪めきった顔でルナリアに命じた。


「家のため、いや、国のため、何としてもソラシナが皇太子妃になることだけは阻止しなさい」


 親として、国に仕える者としての命令だった。


「はい、お父様、お母様。全身全霊をかけて、ルナリアは役目を果たします」


 たとえ頭が弱くとも妹は妹。その被害者を最小限にとどめる事は姉たる自身の役目とルナリアは自負していた。

 頼もしい長女の決意に両親は満足そうに頷いた。


「必要なものがあれば遠慮なく言いなさい。金に糸目はつけん」


 頼んだぞ。

 両親の信頼を一身に受けて、ルナリアはソラシナと共に王宮へと上がった。

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