逃がしたドラゴンは大きい
「ねぇ、貴方がスヴァットの女魔導士? 補助魔法しか使えないって聞いたけど、それって本当なの……?」
「――は?」
なんだこの女。
それは、最近王都にやってきたという女魔道士だった。
「何それ。誰から聞いたの?」
「ノトから、よ。同じ魔導士として色々教わりたいわって言ったら『あいつは攻撃魔法も回復魔法もてんで駄目。使えるのは補助魔法くらい』って」
あの毒舌野郎。何勝手に人のことベラベラ喋ってくれてんだ。自分だって弓がなければスライムも倒せない雑魚のくせに。補助魔法なしの私にすら腕相撲で負ける癖に何を偉そうに。
「あら、もしかして本当なの……? てっきり冗談かと思ってたのに」
「本当ならなんなの?」
「いやぁね、怒らないでよ。ただ純粋に凄いなぁと思っただけよ。だって補助魔法なんて、誰も極めようとしないだけでやろうとすれば誰でも出来るじゃない? それなのに、補助魔法だけで英雄のパーティーに入れるなんて……」
いや別に私が英雄のパーティーに入ったわけじゃないわ。私が元々いた最底辺のパーティーが英雄になったんだよ。第一英雄だとか言い出したのは周りであって、私たちの誰も自らを英雄だなんて名乗ったりはしてな……。いや、ロームなら言いふらしたかもしれないな。主にパブとか、夜のお店で女の子相手に、今まで髪色のせいで女にモテないとか言ってたからここぞとばかりに大声で言いふらしたかもしれない……。いや、それであいつを責める気にはならないけども……。
「それで? 純粋に凄いと思った人が補助魔法しか使えない魔導士に一体何の用ですかね」
「やだ、そんな怖い顔しないで? 可愛い顔が台無しよ」
うるせーな、こちとらこの髪のせいでまともな幼少期は送ってない上、何もしてなくても方々から喧嘩売られるから自然と口も目つきも悪くなったんだっつーの。お前私の生い立ちで上品なお嬢様が誕生すると思うか? 自信持っていうけど私あいつらに会わなかったら今頃もっと酷いからな。胸張って言えることじゃないけど。
「でも、だってほら、最強の剣士に、百発百中の弓使い、一撃必殺の格闘家……こんなに一流どころが揃ってるのに、最後のメンバーが補助魔導士だなんて、格好がつかないじゃない……?」
別に格好つけるために冒険者やってねーわ。なんだこいつ。私たちをアイドルグループだとでも勘違いしてんじゃないのか。誰が逃したドラゴンは大きぞとか歌い出すか馬鹿。歌わないわ。お前ノトの音痴加減知らないだろ? 以前酔っていきなり熱唱したらその店出禁になったくらいだからね? 前にそれ音波として武器にしたらって言ったら何言ってんだこいつって顔されたから多分覚えてないし音痴の自覚ないけど。
「……はぁ。つまり、何が言いたいわけ?」
「あら、補助魔法メインの魔道士のくせに察しが悪いのね? ふふ、本当にスヴァットのメンバーなのかしら?」
「あ?」
「はっきり言ってあげるけど、」
塗りたくった真っ赤な唇が私を見てにんまりと口角をあげる。その顔に、その目に、覚えがないはずがない。今まで散々見てきた目だ。あの日から久しく見てこなかった目だけど、その目だけは何度見ても慣れることはない。
そしてそんな目をする奴の言うことは分かり切っているのだ。
「別に貴方じゃなくてもいいてことよ。代わりなんていくらでもいるんだから」
ほら。
代わりと言っておきながらも彼女の魂胆は見え見えだ。つまりは私をパーティーから追い出して、自分がその後釜に入りたいのだろう。にっこり笑った彼女が、まさかそんな台詞を吐いていただなんて一体この場にいる私以外の誰が気づけただろうか。ギルドに併設している酒場の隅っこ、いつものようにお酒をちびちび飲んでいる私に、話しかけようなんて奴はまずいない。ちらちらとこちらを見るやつらは、気になりはせど、決して会話が聞こえるほどの距離まで近づくことはなかった。それもそのはず。例え英雄と呼ばれるようになろうが、元々は黒髪を理由に馬鹿にされてきたパーティーである。その中でも特に"狂犬"の異名で知られた私は、一度敵と見定めた奴には二度と尻尾を振らないと巷の噂だ。……勿論この噂を流したのは我がパーティーの一人である。誰とは言わないが、例の如く一匹オオカミを装った毒舌弓野郎だ。誰とは言わないが。本当人のプライバシーをなんだと思っているんだ。
しかしその噂のおかげか英雄と持ちあげられているスヴァットのメンバーの中でも、私だけは唯一誰かに言い寄られたりすることはない。まぁ英雄になって数日後に今まで馬鹿にして来た貴族の男から求婚されその鼻っ柱を物理的に折ってやったことも噂に拍車をかけた一つではあるのだろうが。まぁともかく、それっきりこんな風に誰かに絡まれたりすることなどなかったのだ。
人のよさそうな妖艶な笑みを浮かべながら、女は私の次の言葉を待った。ノトの言葉を聞いて、私が戦闘向きではないことを知ったのだろう。それは分かりやすい挑発。いざとなっても私一人なら勝てると見込んで。意地っ張りな私が他のメンバーにこの女の正体をばらして報復を求めたりなんてしないことまで、きっと計算づくで――。
「へえ。でも私はスヴァットだから。英雄になる前から、あんたが知る前から。スヴァットがギルド1弱いパーティーだった頃から、ずっとそうなの」
挑発? 悪いけどこちとらノアのせいで耐性レベルはマックスだ。そんな言葉じゃちっとも響きやしない。そんな分かりきってる言葉ではね。
私が弱いことなんて皆知ってる。だけどそんなの、スヴァット結成前の皆だってそうだったんだ。補助魔法がなければ英雄にはなれなかった。勿論その補助魔法を考えて実行したのは私だけど、補助魔法を使うのは私でなくても出来る。この女の言うとおり、私でなくても補助魔法は使えるし、補助魔法以外にももっと皆を助けられる魔法が使える魔導士はこの国中にごまんといるだろう。
だけど、それだけでは駄目なのだ……なんて。わざわざご親切にこの女にそれを言ってやる義理などない。
私でなくてはいけない理由は、私だけが知っていればいい。
「確かに私じゃなくても他に代わりの魔導士は沢山いるだろうけど、他のメンバーがそれを良しとすると思う? 世間から見放された四人が、そんな世間を見返そうとした私たちが、仲間をそんな世間みたいに捨てたりするとでも? 浅はかだね」
「っ虚勢張っちゃって。いやね、この世に絶対なんて言葉は……」
「そんなことはあり得ないよ。絶対にね」
この時の私は心の底からそう思っていた。何故なら私がそうだったから。例え英雄と呼ばれ地位も名声もお金も家も手に入れたとしても、メンバーが欠けるくらいならそんなものは投げ出しただろう。そんなものの為に一緒にいたんじゃない。そんなものに目が眩むくらいなら、初めから私たちはもっと器用に世間に溶け込んで生きられただろう。もうとっくに色んな技術が発達しているのに、未だに染めたこともないこの黒髪がその証拠だ。私たちは私たちを隠さない。私たちは私たちのまま、胸を張って生きていく。それが、スヴァットなのだ。
最後に言いきると私は、がちゃんと音を立てて立ち上がり、マスターに金貨の袋を投げた。後ろは振り向かずとも、悔しそうに唇を噛み震える女の姿は横目で見れたから満足だ。今夜はよく眠れる。これであの女が今後私の目の前に現れることはないだろう――。