底辺からの頂点
周りの喧騒とその野次馬どもに拍車をかける泣き声がうざったくって眉を顰めた。泣きじゃくる女は私を指差しながら一人の男に縋りついている。女に縋りつかれた男は女を慰めていて、そうでない二人のうち一人は一歩下がって私を睨みつけ、もう一人は私の肩を強く押し、長年パーティーを組んできた私にこんな言葉を吐き出す。
「こんな奴だとは思わなかったよ。もうお前とはこれっきりだ。二度と顔を見せないでくれ」
あぁ、どうしてこんなことになったんだったか。
私たちは王都でも10本指に入る冒険者パーティー"スヴァット"。全員がこの国で忌み嫌われる黒髪持ちで、不幸を呼ぶとか出来損ないとか言われ続けた故郷を飛び出し、世間を見返してやりたいという想いの元で募った同士だった。
レイバンは大柄で声は大きいけど攻撃力は低く、その代わり素早いという見た目からは想像出来ないタイプの剣士。私が攻撃力増幅魔法をかけることによって早くて強い最強の剣士になった。口調は荒いし食べ方は汚いし鼾は煩くて寝られないけど、不器用なだけで凄く根は優しい。山賊みたいな見た目してるけどあの大きな背中に守られたのは一度や二度ではない。
ノトは見た目は僧侶だけど魔法は一切使えない弓使い。素早い速さで弓を引き、動きも俊敏。狙えば百発百中……だが、弓がないと何も出来ないため、元々耐久の低い弓が破壊されたり奪われるだけで死に直結するというハイリスク持ち。しかしこれも私の補助魔法による弓の強化と、私のアイテムボックスで常に弓の予備を大量に持ち歩くことにより、彼の唯一といっていい弱点はなくなった。ノトは普段無口だけどいざ口を開くと毒舌で、切れ長の目から覗く視線は常に鋭いけど、言葉を使わなくても側にいられる心地よさがある。落ち込んだとき黙って側にいてくれるのは、彼なりの優しさなんだと知ったのは随分後になってからのことだった。
格闘家のロームは取得難易度ssの一撃必殺技を修めた天才だけど、その一撃を打つまでに時間がかかる上に力を溜めている間は不動でいなくてはいけないためその一撃を披露することが中々なく、結果そこそこの格闘家に留まっていた。しかしこれも私が防御魔法を使い二人と敵の目を逸らすことでロームはその一撃必殺をいつでも使えるようになった。強敵が現れた時はいつだって彼のこの一撃必殺に助けられてきたものだ。ちょっと自信家過ぎてナルシスト気味で困る時もあるけど、俺が天才でいられるのはお前たちのおかげだって恥ずかしげもなく言えちゃう素直さも、彼の魅力の一つなんだと思う。
そして私は、魔術師。攻撃魔法も回復魔法も最低限しか使えないけど、その代わり補助魔法なら王宮魔導士にだって負けない自信がある。補助魔法に大切なのは観察眼とそれを使ったタイミングだ。私は昔から人の目を避けて生きてきたからか、そう言ったことに長けていた。ただしこの黒髪のせいでどこのパーティーも自分を入れてくれず、かといって冒険者以外の就職先もなかった。皆と出会うことがなかったら、私は一生この才能を発揮することなく死んでいっただろう。
冒険者パーティー、スヴァット。
今では辺境の地でさえこの名前を知らない人はいないけど、初めはそれこそ王都で、悪い意味でしか知られていなかった。なんせ全員が忌み嫌われの黒髪持ち。辺境の村に一人居ても隣の村までその噂が広がるほどだ。王都で、それも4人も冒険者パーティーを組めば噂にならないはずもなかった。
おまけに私たちは全員がこれという決定打に欠けた。もし私たちが黒髪なんて気にされないくらい初めから強かったのなら、王都に伝説のパーティーが誕生することはなかっただろう。
そんな私たちだったから、当然他のパーティーに援護を頼むことも援護に入ることも出来なかった。下積み期間はその辺のパーティーよりずっと多かったと思う。下級の魔物刈りや採集クエスト、時にはアルバイトなんかで食いつなぐ時もあった。いつも指を刺されて笑われていた。だけど、そんな毎日はあの時を境に全て終わった。
「ドラゴン?!」
「すぐ近くの森だ! 今王国警備隊が出動したが、まるで歯が立たないそうだ!」
「王国警備隊が勝てないんじゃあ、誰も勝てねぇよ!」
「すぐに逃げないと……」
「どこに逃げるんだ! 王都の外は殆ど海に囲まれてる。あの森を抜けなければどこにも逃げ場なんてねぇ!」
王都近くの森に、ドラゴンの出現。王国警備隊ですら敵わない強敵。逃げ場もなく、出来ることもない。誰もが死を覚悟した。王都の騎士や傭兵、町の冒険者が討伐に赴くも結果は惨敗。このまま全てが終わると思われていた時だった
「おいおいこれは……」
「来たんじゃない?」
「来たな! 俺たちの見せ場が! 一生に一度の大舞台だ!」
「失敗したらそこで一生が終わりだもんな」
「おいノトそういうこと言うんじゃねぇよ! 終わりじゃねぇ、これは……」
「俺たちの、始まりだ」
ギルドを出る私たちを、何を血迷ったのかと馬鹿を見るような目で見る他の冒険者たち。私たちだって同じだ。ここにいたって仕方ない。ドラゴンが森で暴れてるのに攻撃したのはこちらなんだ、どうせここにいたっていつかは王都にも火の手が届くだろう。それなら、死ぬのを待つだけだというのなら、一歩進んで死んだ方が、ずっとマシだ。……いや、死ぬ気なんてサラサラないんだけどね?
「俺とノトで時間を稼ぐ……その隙にロームは力をためろ! 大丈夫だ……お前のその技で、倒れなかった奴は未だにいない」
「アタ、ドラゴンに弱体化魔法を、」
「もうかけた! あとは三人にかけられる全ての補助魔法をかけ続ける! 出し惜しみはなしね、このあと動けなくなるけど、その時は誰か背負って連れ帰るの宜しく!」
「おいおい俺にはドラゴンを持ち帰る使命があるんだぜ?! 姫様を連れ帰る役はノトに譲った!」
「何が悲しくて死線のあとにドラゴン姫を担ぐんだよ」
「おい待て今なんて言った?」
いつもと同じ。いつもと同じだ。何も変わらない。
Fランクの魔物を退治するときと、なんら変わらない。ただ個体が違えば攻め方を変える。地形が違えば動きを変える。状況が変われば戦略を変える。ただそれだけのことだ。私たちは弱い魔物相手だからって油断したことは一度もないし、強敵だからと身を引き締めたり、ましてや恐怖で体が動かなくなったことは一度もない。
全員が揃っている。それならやることはいつも同じだ。レイバンが一撃を入れるための隙をノトがつき、私はサポートし、強敵がいる時は、皆でロームをサポートする。
「準備、出来たぜ……! お前ら全員離れてろよ! アタ、念の為保護呪文はかけとけよ!」
閃光が弾けた。
辛うじて見えたのはロームの不敵な笑み、その横顔。目を開けているのが精一杯なほどの光に置いていかれた影と残像、そして遅れてやってくる音。次の瞬間には地に伏せたドラゴンと、その上で笑っているロームがいた。近くで倒れていた兵士や応戦しようと陰から見ていた冒険者たちが一斉に雄たけびをあげた。だけど私たちはいつものように、お互いの拳をぶつけ合って、にやりと笑った。
その日、私たちは英雄になった。
私たちを今まで散々馬鹿にしてきた奴らよりも遥か上、国にも十数しか存在しないS級の称号を貰い、王様からは感謝状、そして今までに見たことのない金貨の山と、大きな家をそれぞれが受け取った。あの日に私たちの全ては報われ、これからは何も憂うことなどないと思っていた。私たちの長かった苦悩の日々は終わったんだ。私は嬉しさからその日初めて泣いた。どんなに辛くても馬鹿にされても決して見せたことのない涙に、皆は笑いながら、同じように泣いて、酒を飲んだ。
皆がいなければ出来るはずもなかった偉業。この先もずっと皆と一緒に笑っていけると思った。今度こそ、心から、ずっと。
そんなことを思っていた、矢先のことだった。
「ねぇ、貴方がスヴァットの女魔導士? 補助魔法しか使えないって聞いたけど、それって本当なの……?」
「――は?」