知り合い以上……
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あの大雑把なお披露目があってから、少しして、私は“私の部屋”へと案内された。お飾りの妻ということもあって、やはりアレクシスさんとは同室ではないようだ。ただ、魔王の妻という立場からか、今まで見たこともないくらい豪華な部屋に案内された。映画にでてくるような、THE・お金持ち、といったロココ調の部屋だ。この魔王の城という薄暗い雰囲気さえなければ、私には眩しすぎる部屋だっただろう。
「ベッドもふかふかー……。」
周囲に誰もいないことを確認して、私は天蓋付の大きなベッドにダイブした。コルツェさんの服程ではないが、かなりのふかふか具合である。肌触りのいい寝具に身を摺り寄せながら枕をギュッと抱きしめる。正直、自分の中でまだ整理がついていない。あの時は、割と勢いもあってOKしたが、よくよく考えてみれば、魔王の妃なんて、とんでもないことではなかろうか。今更ながらこれからのことを考えると背筋に冷たいものが走った。
暫く枕に顔を埋めながらうんうん唸っていると、控えめなノックが聞こえてきた。慌てて飛び起き、扉の向こうにいるであろう誰かに向けて、どうぞと声をかける。ゆっくりと開いた扉の先には、艶のあるアビシニアンブルーの大きな耳と同じ色をした尻尾が生えた女の子が立っていた。
「エナ様、失礼いたします。本日より、エナ様に仕えさせていただきます、侍女のリリと申します。
わからないことが御座いましたら、私めにお申し付けくださいませ。」
「リリさん、ですね!よろしくお願いします。」
「え、エナ様!簡単に頭を下げてはいけませんよ。」
深々と礼をするリリさんに倣い、こちらも頭を下げ挨拶を返すと、慌てた様子で、リリさんに止められてしまった。少し膨らんだ尻尾が、彼女を驚かせてしまったのだと教えてくれる。頭をあげて、私よりも身長の低い彼女を見つめる。正確には、少しばかり横に寝た彼女の耳を、だが。
猫の耳が横に寝ている時、猫は警戒心を見せていると、猫好きの友人から聞いたことがある。やはり、私がよそ者だからだろうか。
「リリさん、あの……。」
「はい、エナ様。如何なさいましたか?」
「えっと、私の侍女は、嫌……かな?他の方に侍女を変わってもらっても、」
「――!申し訳御座いません、エナ様!
わ、私、何か、エナ様のお気に障ることをしてしまいましたでしょうかっ!」
私が、提案をした瞬間、リリさんは尻尾を丸め込み、土下座のような格好で、頭を下げる。この世の終わりのような悲壮な表情で声を震わせるリリさんに驚きながらも急いで、リリさんと同じ目線になるように、膝をつけ、リリさんに手を伸ばす。私が伸ばした手にリリさんは、先ほどよりも動揺しガタガタと震え始めた。
「リリ、さん……?どうしたの?」
「申し訳ありません、エナ様!もう逆らったりしません!だからっ……だから、お命だけは、お助け下さいませ……!」
「リリさん……。
――大丈夫ですよ、リリさん。私は、リリさんを傷つけたりなんてしませんし、ましてや命を奪ったりなんて、絶対にしません。
落ち着いて下さい、リリさん。深呼吸して、ね?」
過呼吸になりそうなほど気が動転しているリリさんに対して、子供に言い聞かせるようにゆっくりと話す。少しずつ落ち着いてきたところで、あやすように背中を優しく叩きながら抱きしめた。リリさんの肩が小さく跳ねたが先ほどのように取り乱すことはなく、涙で潤む不安げな目でこちらを見上げてきた。
「エナ様、取り乱してしまい、申し訳ありません……。」
「いえいえ、大丈夫ですよ、リリさん。
でも……どうしてか、教えてもらえますか?」
「はい。」
それから、リリさんはゆっくりと話してくれた。リリさんは見た目のとおり、猫の獣人だそうだ。獣人族は基本的には、自分の集落からでないのが殆どだそうだが、集落の外で狩りをしていると悪意ある”ニンゲン”たちによって獣人たちが攫われ、集落の外へと連れ出されてしまうことが頻繁に起きているらしい。攫われた獣人たちは、無理やりニンゲンに奴隷にされたり慰み者にされたり、それはもう酷い目にあっているそうだ。リリさんも、狩りの最中に攫われ、ニンゲンの奴隷として働いていたそうだが、運良くアレクシスさんに助け出され、ここで働いているらしい。
何てことだ。この世界のニンゲンとは相当排他的な種族のようだ。聞いていると、そもそも獣人に対しての偏見や差別もあるらしい。
そんなことがあったのに、私に仕えようとしてくれたのは、偏にアレクシスさんへの恩返しがしたいからだろう。私はその事実に胸が熱くなった。
「話してくれて、ありがとうございます。
リリさん、私は絶対に貴方を傷つけたりしませんし、貴方を奴隷のように扱ったりはしません。
信じるのは、まだ難しいとは思いますが、
――お友達を前提に私の傍にいてくれませんか?」
「お友達を前提に、ですか?ですが、私はエナ様の侍女で、」
「侍女とか、あんまり私も良くわからなくて。
貴族でもないので、もっと砕けて話してくれたいいな、なんて。
人間を信じるのは難しいかもしれないですが、ゆっくり、私と仲良くなってもらえたら、うれしいです。」
「砕けて、ですか。
……エナ様は面白い方ですね。
他のニンゲンの方とは全然違う、……。」
私の突発的な提案に、眉尻を下げながら、困ったように笑うリリさんには、もう先ほどの動揺していた様子は見られない。少しは、恐怖心は薄れただろうか。心に宿ったトラウマはそう簡単に消えることはないだろう。だが、少しでも、彼女の心の傷が癒えれば良いと、強く願う。
一縷の望みをかけて、私は少し離れ、右手を彼女に差し出した。
「エナ様。私はまだ、ニンゲンを信じることは、難しいです。
――でも、少しだけ、勇気を出してみようと思います。」
「……!リリさん!」
「改めて、宜しくお願い致します、エナ様。」
「よろしくお願いします、リリさん!」
リリさんは、私が差し出した手に控えめに触れてくれた。こうして、魔王の城にて、猫の獣人リリさんが――知り合い以上友達未満の――仲間になった。
可愛い猫ちゃんとお近づきになりました。
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