異世界の中の異界
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苦しい、苦しい!
さして大きくないはずの中庭の小川がまるで深い深い海の様で、私の体はどんどんと沈んでいく。パニックになって開いた口から大量の水が入ってくる。息ができず、地上へ戻ろうともがけばもがく程、底へと沈んでいくようなそんな気さえした。魔法でどうにかできないかも試してみたが、力が廻らない。冷静さを欠いた頭では、何をしても裏目に出るようだ。諦めたように目を閉じれば、水の流れに任せ、底へと沈んでいった。
「――いつまで呆けておるのじゃ、この戯け!」
「ッ、いったぁ……!」
ふわふわと柔らかな感触に包まれながら、微睡に沈んでいると、少し幼げな声の主に、文字通り叩き起こされた。バシーーン!という軽快な音を立てながら私の頭部を強打する。慌てて飛び起きた私は衝撃を与えられた部分に手を当てながらきょろきょろと辺りを見渡す。そこには透き通るような青く美しい髪を某美少女戦士のようにお団子を結い上げ、床につくぎりぎりで揺らす少女と、コルツェさんの姿があった。
「え、コルツェさん……?」
「ああ、エナ。久しぶりだねぇ。元気だったかい?」
「コルツェさ……私……!」
「大丈夫さね、エナ。落ち着いて。驚かせちまったねぇ。」
久しぶりの再会で、嬉しい気持ちが湧き上がってくるも、自分の今の状況が理解できず、はくはくと口を開閉しては縋るようにコルツェさんに視線を送る。そんな私を見てコルツェさんはいつもの私の大好きな優しい笑顔で私の傍へ来て、頭を撫でてくれた。子供のようにじわりと目元に浮かぶ涙がこぼれないように、そのままコルツェさんの胸元へ飛び込み柔らかなもふもふに顔を埋める。それに応えるように、コルツェさんもぎゅっと抱きしめてくれた。
「これ!余を置き去りにするでない!コルツェよ!早うその娘をこちらに寄越さぬか!」
「イーラ、エナが驚いているさね。もう少し、落ち着いてからでもいいだろう?」
「否じゃ!この娘が落とされてから待っておったのじゃ!もう十分と待ったじゃろう!」
「えっ……と?」
イーラと呼ばれた青い髪の少女は少し興奮しているかのように上気させた頬をぷくりと膨らませ、仁王立ちでこちらを見ている。駄々をこねるように言うその口ぶりは、見た目相応のわがままのようにも聞こえるが、話している内容が内容のため私は更に状況がつかめなくなってしまった。
痺れを切らしたように近づいて来た彼女に一瞬身体を後ろに引くも、そのままずいっと距離を詰め私の両頬を両手でつかみ顔を近づけてきたため避けることはかなわず、満足げに私を至近距離で見つめるイーラちゃんと目があった。吸い込まれるような深い深い青色。ぼうっと魅入るように見つめあう。
「娘よ。そなたと会いまみえる事が、どれほど……――どれほど待ち遠しかったものか。」
「え?」
「今はわからずとも好い。今はこれで十分じゃ。」
「――っ……!」
大人びた表情で乞うように紡がれた言葉に一瞬呼吸の仕方を忘れてしまった。心の奥底で懐かしいと思う気持ちと蓋をしなくてはと制御する何かがせめぎ合う。苦しいと感じているのも束の間、イーラちゃんのぽってりとした柔らかな唇が私の額に触れた。その瞬間暖かなものが私の心をくすぐり、先ほどまで感じていた苦しい気持ちはどこかへ行ってしまった。
「好いのじゃ、エナ。余は寛大だからな。いつまでも待っておるぞ。」
「さっきは待てないと言っていたくせに、よく言うさね。」
「コルツェ!何を言うのじゃ!それとこれとは話が別であろう!」
「ああ、そうさね。そういう事にしておいてあげるさ。」
頭を優しく一撫でした後、離れていったイーラちゃんは腰に手を当てて威張るようにそういうも、コルツェさんに的確な突っ込みを入れられまた可愛らしい膨れっ面に戻る。そんな二人が面白くてついつい笑ってしまった。
「さて、紹介がまだだったね。エナ、こいつはイーラ。水の精霊王さね。」
「そなたも、イーラと呼ぶが良い。特別じゃぞ?」
「精霊、王?」
ああ、またとんでもないことをさらっと言われている気がする。ふふんと鼻で笑いながら特別だなんて可愛く言うイーラちゃんには申し訳ないが、そんなことよりも何よりも、コルツェさんがさらった言い放った爆弾を回収することが優先である。
「精霊のことは、学園で習ったろう?その精霊の頂点に君臨し、束ねるのが精霊王さね。
つまり、その中でもイーラは水の精霊を束ねる精霊王なのさ。そしてここは、その水の精霊王の住まう神殿さ。
水があるところなら、イーラの意志でここへと連れてくることができる。
学園の中庭から引っ張られただろう?普段は、あんなことにはならないんだが……興奮して力加減がわからなくなったようでね。」
「苦しい思いをさせてすまんの、エナ。」
「い、いえ、大丈夫です!」
しょぼん、と某顔文字のように眉尻を下げてこちらに謝罪をするイーラちゃんに少し笑みが零れるも、急いで気にしていないことを告げる。安心したようにまた表情をほころばせるイーラちゃんが精霊王という大層な存在だなんて正直信じられないが、こんな大それた冗談をいう意味もないだろうし、無理矢理自分を納得させた。
「して、エナ。先ほどのあれらに、何故何もし返さなかったのじゃ。」
先ほどの明るい雰囲気から一転、不快感をあらわにしたイーラちゃんが、低い声で言った。先ほどのあれら、とは間違いなくアリスさんたちのことだろう。声色から察するに相当お冠のようだ。私でも感じるくらいの膨大の魔力をピリピリと肌が少し痛いくらいに放出させながら、私の返答を待っている。普段怒った顔など殆ど見たことが無いコルツェさんでさえも表情に怒気が混じっていた。
「そなたの持つ力ならば、あれらの軟弱な魔法なぞ、握りつぶせたであろうに。」
「そこまでしなくとも、避ける術はあったんじゃないのかい?エナ。」
「っと……その、」
二人の視線に居た堪れなくなって、視線を泳がせる。確かに、この世界の標準的な魔法を鑑みれば、私が使える魔法はチートの域だろう。彼女らみたいに、大幅に体力を削られるわけでもなく、また、詠唱も不要だ。彼女らが何かをしでかす前に、先手を打つことだって可能だろう。ただ、それを実践しなかったのは、と言うより、実践したいと思わないのはひとえに、
「――あんまり、目立ちたく、なくて。」
ぽそりと、独り言のように告げた私の情けない理由に、コルツェさんは困ったような顔で笑った。イーラちゃんは納得いかなそうな顔をしているが、これ以上追及するつもりはないようだ。
「そなたがそれで良いのであれば、余は構わぬ。じゃが、目に余るようであれば、容赦はせぬぞ、エナ。」
「は、はい、!」
「うむ!良い返事じゃの。」
「すまないね、エナ。
――……さて、そろそろ戻さないと、時空の歪みに誰か気付いちまうさね。」
部屋の端で、恐らく時空の歪みであろうそれが揺らいでいる。徐々に形が不安定になっていくその歪みに近づきながらコルツェさんが告げる。そう言えば、どのくらい時間がたったのだろうか。結構長くいたような気がするが、講義は終わってしまったのだろうか。
「案ずることはないぞ、エナ。ここは外とは時間の流れがちと違うからの。」
「エナがここに来た時間と然程変わらない時刻に戻れるさね。」
二人の言葉に少し安堵しながら、ぺこりと頭を下げ、時空の歪みに近づく。コルツェさん曰く、帰りは来た時のように溺れたりしないとのことだが、用心深く時空の歪みに触れた。ぐにゃりとゆがんだ空間の先に、学園の中庭が見える。どうやら、来た時の様にはならなそうだと、また安堵の溜息を一つ吐き出した。
「――さて、コルツェ。あの娘は、そなたが引っ張った娘であったな。」
「ああ、そうだよ。まさか、ここまで歪むなんてねぇ。」
「全く。次にエナに手を出したら、容赦はせぬぞ。」
「構わないよ。元より、天秤にかけるにも釣り合わないさね。」
「当然じゃ。我が愛しい人の子よ。そなたの命程大切なものなぞ、ありはせぬ。」
一つずつ、ゆっくりと、それでいて確実に歯車は回っていく。
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