この世界の魔法
お久しぶりです!
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「【水の精霊よ!我が声に応え、その力を示せ!】」
学園にある魔法訓練場では、多くの魔法科の生徒たちが、声を張り上げて魔法の鍛錬に勤しんでいる。短いものから長いものまで、様々な詠唱が各所から聞こえてくる。魔法を一度放つたびに、息が荒くなる学生が多く、傍らには、ポーションが入っていたと思われる瓶が幾つか転がっている。
私はと言えば、みんなに交じって魔法の練習――ではなく、キャサリン嬢が鍛錬している付き添いに来ていた。マリーナ嬢とサラ嬢は別の講義を取っているらしく、今日はキャサリン嬢と二人きりである。
普通科だったため、魔法訓練場に今まで近づくこともなかったのだが、他人が魔法の練習をしているのを見るのはとても新鮮だった。何より、魔法を使うのには詠唱が必要である、というこの世界の常識を知ることが出来たことが一番大きな事だろう。この世界では詠唱が長ければ長いほど強い魔法を放つことが出来、魔力を多く持つものほど、詠唱を省略できるそうだ。
じゃあ、私の魔力ってかなり高い方なのでは?と思ったのだが、私からは魔力の気配を全く感じないとキャサリン嬢が言っていたので、異世界トリップ特典故なのだと、納得させた。キャサリン嬢に魔法が使えるといったわけではないが、あまりにも私が興味津々に聞くから、気を使ってくれたのだろう。凄く言い辛そうに魔力の気配がないといわれてしまった。特に気にしてはいないが、あまりに気を使ったようなキャサリン嬢に逆にこちらが申し訳ない気分になってしまったのは内緒だ。
「エナ。退屈ではないかしら。」
「大丈夫ですよ、キャサリン様。魔法を使っている様子を見るのは面白いです。」
「そう。なら、いいけれど。」
額にうっすらと滲む汗をハンカチで拭いながら、問いかけてくるキャサリン嬢に、にこにこと笑みを浮かべながら返答する。さっきも言ったが、他人の魔法の練習風景は本当に新鮮なので、見ていて面白い。
休憩用のスペースで、ひと段落がついたのであろうキャサリン嬢に少し冷えた手作りドリンクを提供する。これは、私のお手製だ。こう見えて、小さな頃から食事を作ったりしていたので、料理は得意なのである。
冷えたドリンクを二人で飲みながら、当たり障りのない話を続ける。今日は、キャサリン嬢的には効率の良い鍛錬ができているらしく、いつもキリッとしている表情が僅かに綻んでいるようだ。正直、こういう顔をしているキャサリン嬢は贔屓目を抜いても非常に可愛いと思うのでもっと普段からこういう顔を見せてほしいとすら思う。そんなことを言ったら、またいつもの隙のない表情に戻るだろうから、言わないでおくけれど。
「そういえば、エナ。あれから何ともないかしら?
――その、彼女から、何かされた、とか。」
「え?ああ、大丈夫ですよ、キャサリン様。
特に何もありません。」
「そう。……何かあったら、すぐにいうのよ。
私も、何ができるか、分からないけれど。」
少し気まずそうに、それでいて、しっかりとこちらに目を合わせながら問うてくるキャサリン嬢に思わず笑みが零れる。やっぱりこの人はとても優しい人なんだなぁと思いながら、否定の言葉を紡ぐ。ほっとした表情と共に、かけてくれる優しい言葉に、とても心が温かくなった。にやにやと締まりのない表情でドリンクに口を付けると、キャサリン嬢が照れたように視線を逸らしたので、私はまた笑みを深めた。
「さて、私はそろそろ失礼しますね。
キャサリン様も、あまりご無理なさらないように。」
「ええ、心得ておくわ。」
「それでは、失礼しま、っ!」
席から立ち上がった途端、ホースの先をつぶして水道をひねったような、勢いのある大量の水が私を襲った。幸い、キャサリン嬢にはかかっていないようだが、険しい顔でこちらを凝視している。思ったよりも冷静な頭は、何が起きたのかをすぐさま考えるようにきょろきょろと視線を辺りに移した。
滴る水もそのままに、周囲を見回すと、焦ったようにこちらへと青年が走って近づいてくるのが見えた。
「おーい!悪い、大丈夫か?」
「……大丈夫では、ないですが。」
「ラディウス・ガルガンダ。魔法を人に向けて放つなど、何事ですか。」
キャサリン嬢が、至極冷静に走って来た相手に告げる。ラディウスと呼ばれた青年は、人がよさそうな顔で眉尻を下げながら軽く過って来た。その様子に少しカチンと来るも、まあ魔法で誰かに乾かしてもらえばいいやなんて楽観的なことを思っていたので、私自身は気にしていない。キャサリン嬢も私が濡れたことに小さく腹を立て、心配をしてくれているようだが、私の様子を見て落ち着いたのだろう、私にだけ見えるように苦笑を零した。
「いやあ、普段こんなことはねーんだけど、今日はたまたま調子悪くて。
えっと、」
「エナ・ヴォルフです。ガルガンダ様。」
「ああ、そうそう。王子に喧嘩吹っかけたっていう、気の強いお嬢さんだろ。」
「へ?」
どういう事だろうか。前のことが噂になってる?それはそれで面倒である。何を隠そうこの私、平々凡々な生活を求めているのである。そんなお約束な展開は、この場では望んでいない。キャサリン嬢が心配そうに聞いてきたのは、噂があったからなのだろうか。それならば、噂が少しでも早く風化するようより大人しく過ごすしかないだろう。
難しい顔で悩んでいると、私が濡れてしまったために難しい顔をしていると勘違いしたのか、ガルガンダ様が慌てて話を戻した。
「ってぇ、そんな話してる場合じゃないか。とりあえず、乾かさねーとだな。
おーい!誰か、風の魔石を持ってるやつはいないか?」
「俺、持ってます!使ってください!」
「おー!ありがとな!!
【魔石に宿りし風の力よ、我が声に応えよ】!」
「っ、わぁ……!」
魔石?そのまま魔法を打つわけではないのだろうか。疑問符を頭に浮かべながら、他人事のようにガルガンダ様たちを見つめる。魔石を握りしめ、ガルガンダ様が詠唱を唱えるとふわりと温かい風が私を包み込み、少し湿り気が残るものの、殆ど衣服は乾いていた。この世界の魔法レベルはいったいどこが平均なのだろうか。服を乾かしたりするだけの魔法は、一般レベルではないのだろうか。背中にすっと冷たく汗が流れるのを感じた。
その時、講義の始まりの鐘があたりに鳴り響き渡った。
「本当、悪かったな。」
「いえ、大丈夫です。
始まりの鐘も鳴ってしまったので、この辺で失礼します。
――キャサリン様、それでは失礼いたしますね。」
「ええ。風邪をひかない様に気を付けるのよ。」
「はい!」
淑女の礼を交わし、その場からゆっくりと立ち去る。講義には出るつもりなんてもう既になかった。それよりも、この世界の常識に関して、偏った知識が多すぎることに小さな恐怖を覚えてしまったため、その足は図書館へと向かう。少し、湿っている制服が気持ち悪い。
「……誰も、いないかな?」
図書館に向かう廊下は普段から人通りが少ないが、講義が始まってすぐと言うこともあり、今は全くと言って人がいなかった。何度もきょろきょろと辺りを見回した後、服を完全に乾かすために、静かに風の魔法を発動させた。ふわりと制服が風で揺れた後、服も髪も元通りに乾燥したことに満足する。
胸を撫で下ろし、図書館へと再度足を向けた瞬間、後ろから楽しそうな声が響いた。
「――……驚いた。普通科の生徒が、魔法を、それも無詠唱で使うなんて。」
中々難産でした……。
お読みいただき、有難うございました。