衝突
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「――あれ?キャサリン様じゃないですか!こんにちわ!」
無邪気な声が響く。純粋無垢を装った表情に、何が隠されているのだろう。そう勘ぐってしまうほどには、私はキャサリン嬢に肩入れしているようだ。
彼女の声を聴いて、一瞬顔が強張るも、さすがは公爵令嬢と言ったところか。彼女の表情に私怨などは一切見られない。それどころか、どこか無関心なまでに眉ひとつ動かさない。見とれてしまう程の綺麗な所作で、立ち上がり、小さく膝を曲げ淑女の挨拶をして見せた。
「御機嫌よう、アリスさん。以前もお話しさせて頂きましたけれど、殿下や、生徒会の皆様の品位にも関わります。マナー、礼節はしっかりと弁えて下さいませ。」
本来の立場的には、もちろんキャサリン嬢の方が上だ。しかし、アリスさんは今王宮に招かれている、言わば食客である。その為、キャサリン嬢は、下手下手に話をしているのだ。しかし、キャサリン嬢の風貌のせいかアリスさんには威圧的に感じてしまったのだろう。目に見えてビクッと肩を揺らしたアリスさんの目には過剰なまでに不安な表情が浮かんでいた。
「あの、」
「――おい、何をしている。」
「殿下……。」
「何をしているのかと、聞いているのだが。」
今にも泣きだしてしまいそうなアリスさんの表情にまずいなと思いながら、声をかけようとしたものの少し遅かったようだ。アリスさんの後ろから、怒気の含まれた地を這うような声が聞こえてきた。その声の主は、迷うことなくキャサリン嬢を侮蔑混じりの瞳で睨んでいる。
殿下の姿が見えてすぐにキャサリン嬢は立ち上がり、美しい礼をして見せたが、殿下はそれすらも煩わしそうな表情で、小さく、それでもこちらに聞こえるようにため息をついた。
「殿下、……、」
「セオ様っ、違うんです!私がドジだから、キャサリン様を怒らせてしまったんです!」
「ああ、アリス、お前は何も気にすることはない。
怖い思いをさせたな。
――それで、何かいう事はないのか。」
キャサリン嬢の言葉を遮り、さも悲劇のヒロインかの如くアリスさんが殿下の腕に縋るように触れながら誤った事実を伝える。その行動に殿下は蕩ける様な笑みを浮かべ、アリスさんの頭を優しい手つきで撫でながら庇うように彼女の前に立つ。アリスさんに向けた表情とは打って変わって、視線だけで人が殺せるのではないかと言うほどの眼光でまたキャサリン嬢へと視線を向けた。
「私の言い方で、誤解を招いてしまったのであれば、申し訳ありません。
ですが、殿下。以前からお伝えさせて頂いておりますが、アリス様のお言葉づかい、マナーについては殿下や、生徒会の皆様と共に居ることにおいて相応しくありません。
他の生徒の不信感を買ってしまいます。ですので、早急に指導すべきかと思い、お話しさせて頂きました。」
「相応しくない、だと?
――どの立場で、ものを言っている。
アリスは、家や、爵位などに縛られている現状を打開し、平等な国を作ろうとしてくれているのだ。
それを、つまらない嫉妬で蔑ろにしようとするなど……。」
「せ、セオ様!私なら、大丈夫ですっ、!その、慣れてますから……。」
キャサリン嬢は凛とした態度を崩すことなく、まっすぐと殿下を見つめて言い切った。公爵令嬢と言う立場上まったくもって間違ったことなどは言っていないだろう。それなのに、この馬鹿はなんだ。殿下に対して失礼なのは承知だが、あまりにも考えが幼稚すぎる。そもそも、自分が言っていることに対して、矛盾があるのにすら気が付いていないのだろうか。そうだとしたら、もう救いようのない馬鹿である。
それに対して、どこまでも悲劇のヒロインぶるアリスさんもアリスさんだ。これはもう確実に確信犯だろう。自身の置かれている立場を利用し、キャサリン嬢を陥れようとしているようにしか見えない。
そんな、アリスさんを壊れ物を扱うかのように優しく接するこの馬鹿殿下はもう周りも何も見えていないのだろう。遠目でこちらの様子を伺ってくる生徒会の色物メンバーもそうなのだろうか。そうだとしたら、この学園は終わりだな、と小さく気づかれないように溜息を吐きだした。
「アリス、私が何があってもお前を守ると誓う。
だから、そんな顔をするな。」
「セオ様……。ありがとう、ございますっ!」
「……おい、いつまでそうしているつもりだ。
そこにいると、アリスが怖がるだろう。」
今、何て言いやがったのか、この馬鹿殿下様は。つまり、アリスさんが怖がるから、ここから立ち去れと言いたいのか。ここに来たのは、私たちの方が先である。更に言うと、わざわざこちらにアクションを掛けてきたのはアリスさんの方だ。それをあたかも私たちの存在が、アリスさんに害を与えていると、馬鹿殿下は本気で思っているのだろうか。
フラストレーションがどんどんと溜まっていく。こんな馬鹿の為に、キャサリン嬢はずっとずっとつらい思いをしてきたのかとか、そもそも、こんなやつがこの国の次期王様なのかとか、私が怒ることではないのだと、理解は出来ているのだが如何せん自分を納得させることが出来ない。
この馬鹿殿下には、キャサリン嬢のこの悲しそうな切ない表情が見えていないのだろうか。公爵令嬢として、恥ずかしくないように、貴方を立てるように振る舞っているこの健気なキャサリン嬢の気持ちが露程にも伝わっていないのだろうか。
どんどんと眉間に皺が寄ってくる私に、マリーナ嬢とサラ嬢も気付いたのか、心配げに視線を送って来るが二人も思っていることは一緒なのだろう。二人とも険しい顔をしている。しかし、キャサリン嬢は、表情にも出さず、静かに膝を軽く折り、退席しようとしているため、三人で頷きながら、キャサリン嬢に続こうと同じく礼をした。
「女の嫉妬とは、醜いものだな。
お前のような心の汚いものを誰が愛すると思うのだ。」
「セオ様!キャサリン様だって、きっと優しいところもあるはずです!」
「ああ、アリス、お前は本当に優しいな。」
「そんな、セオ様ったら……。」
もう、我慢できない。否、我慢する必要などないだろう。キャサリン嬢には悪いが、止めるつもりはない。
カツカツとヒールを鳴らして、前に歩み出る。キャサリン嬢が首を傾げてこちらを見てきたが、笑みを浮かべ、目線を一度合わせてから、庇うようにキャサリン嬢の前に立つ。二人の世界に浸っているアリスさんと馬鹿殿下は私が近づいてきたことも気づいていないようだ。
「――お言葉ですが、セオドリク殿下。」
「……ん?なんだお前は。」
「私のことなどはどうでもいいのです。
心の汚いと言った貴方の言葉、本気でおっしゃっているのですか。」
「ああ、勿論だ。愛想も無ければ、爵位を盾に平気で他の者を虐げるその女の心が汚れていないなんてことがある訳がないだろう。」
「そうですか。分かりました。」
殿下に先ほどの言葉について、もう一度確認を取る。――まあ、冗談だとこの時点で言われてももう止まれないのだが。――結局彼の性根は腐っているのだという事実が再認識できたところで、大きく深呼吸した。そんな私を怪訝そうな顔で見るアリスさんと、殿下にこれでもかと言うほどにっこりと嫌みなほどの笑みを浮かべて見せた。
「第一王子の貴方がそこまで腐っているこの国には未来はないということが、よく分かりました。」
「な、に?」
「ご自身で気付いておられないのですか?
貴方はご自身でご自身の視野の狭さを声高々に周囲に言いふらしていること、
それから、如何に貴方が統治に向いていないという事を知らしめていることを。」
「貴様、何のつもりだ!
この私に、そんな口を聞いて、ただで済むと思っているのか!?」
「おや、殿下。先ほど家や爵位などに縛られている現状を打開し、平等な国を作ろうとご自身でいったことをお忘れですか?」
嫌味たっぷりにゆっくりと話す。アリスさんの行動を容認しているということは、殿下もその施策に賛同しているのと同義だ。それすらもこの男は理解していなかったのか。私が告げた言葉に悔しそうに言葉を噤む殿下にまた溜息をつく。
「お話になりませんね。セオドリク殿下。
キャサリン様に対して何かまだ言いたいことがあるのであれば、貴方のこれまでの言動を見直してみてからにしてください。
……まあ、貴方なら何も気づけないでしょうけれど。」
「き、さま……!」
「それとも、先程の言葉を撤回し、この場で謝罪なさいますか?
キャサリン様に対しての非礼について。」
「っ、ふん……今回のことは見逃しておいてやる。
だが、次は無いと思うことだな。
――行こう、アリス。」
「は、はい!セオ様!」
少し騒ぎになってしまったのか、遠目からでも此方を伺う生徒達が多く見えた。流石にこの騒ぎは不味いと思ったのか殿下は渋々ながら食い下がり、アリスさんを連れて連れて生徒会メンバーの所へと戻っていく。
彼らの背中を見送った後、深々と溜息をついた私はじわじわと自己嫌悪に陥っていた。
(キャサリン嬢の気持ちもこれからの事も考えずにやらかしてしまった……!)
心の中で頭を抱えながら、どんな顔で振り向いたらいいのかと考える。今回は、何とか言い負かすことが出来たが、私が言っていたことも、冷静に考えれば滅茶苦茶だ。もっと頭のキレる人――それこそガスパーさんのような人が相手だったら返り討ちに合っていただろう。それに、相手は腐っても第1王子だ。私が彼に盾突いたことで、ヴォルフ伯爵に不利益が被ることだってあるかも知れない。
そんな自己嫌悪でぐるぐると頭を回していると、後ろからとても優しい声色でエナ、と私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「キャサリン様……。」
「なんて顔をしているの。
私を守ってくれたのでしょう?
だったら、もう少し堂々としていたらどうなの。」
「でも、私っ……!」
「良いのよ、エナ。
ありがとう。」
キャサリン嬢の言葉に思わず感極まって、抱き締める。何をするの!と驚いたような声が聞こえてくるも、抱きしめる腕の力は緩めない。私よりも少し低い位置にある頭を優しく撫でながらまた抱き締める腕を強めた。
その後、お茶会を再開するも私のマナーや振る舞いについてこってりと絞られてしまった。次の講義が始まるまでの間だったが、明日は筋肉痛になるのでは無いかと言うくらい、立ち姿勢から何から指導を受けたので、暫くガスパーさんの鬼指導は受けたくないな、と心の中で呟いた。
全然言い負かした感は無いのですが、それだけ殿下がアリスさんに盲目なのだと言うことで……!
少し大人びたキャサリン嬢をどうしても放っておけないエナさんなのでした。
次はアレクシスを出してイチャイチャ回(仮)にする予定です!
お読みいただきありがとうございました!