変態
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あれから、私たちは、そろって食卓についた。一緒に食事を取るのは初めてだったので、少し緊張しながらも、向こうから話題を振ってくれたおかげで、何とか何もなく過ごすことが出来た。その中で、思い出したように、コルツェさんのところへの帰還の話が出た。当初の予定より短い期間ではあるが、コルツェさんの元へ帰ってもいいという許可が下りたので、今はその支度中である。といっても、支度するほど何も持ってきてはいないので、リリさんに髪を整えてもらっているところだ。
リリさんと他愛ない会話をしながら、ちょうど支度が出来たと同時くらいに来訪を知らせるノックの音が部屋に響いた。どうぞとこちらが声をかけると、ガスパーさんとディクトルさんが入ってくる。
「おや、準備ができているようですね。
鈍間な貴方にしては上出来です。」
「ありがとうございますー。」
「今から、コルツェ様のところへ貴方を送ります。
監視役として、ディクトルも共に行きますが、忙しい中、時間を割いているのですから、妙な真似はしないでくださいね。」
もう既に聞きなれたガスパーさんの悪態を華麗にスル―してやる。向こうも気にした様子はなかったが、少しばかり眉間の皺が深くなった気もしなくもない。それよりも、コルツェさんのところへ戻る準備が整ったようで、それを聞いた私があからさまに表情が明るくなるのはしょうがないことだろう。監視としてディクトルさんが来るということだが、彼はアレクシスさんの側近のはずで。そこまで長くないとはいえ、アレクシスさんの傍を離れて大丈夫なのだろうか。
「――気にしなくても構わない。
監視ではなく、どちらかといえば護衛のようなものだ。」
「え?……あ、はい。ありがとうございます。」
「ああ。」
私が難しい顔をしていたのに気が付いたのか、ディクトルさんがフォローをしてくれた。聞きたかったのはそこではないし、寧ろそこは気にもしてなかったのだが、ディクトルさん的には私が気にしてしまったのだと思ったのだろう。その気遣いは素直に嬉しかったので、お礼を告げた。相変わらず表情は見えないが、私のことを思っていってくれたことだろうと少しだけほっこりとした気持ちになった。
「全く、勘違いも甚だしいですが……まあ、良いでしょう。
では、もう時間も勿体ありませんので、早く済ませますよ。
我々には貴方のために割ける時間など露程もないのですから。」
「こっちへ。」
ディクトルさんに手招かれ傍に寄るとすぐに足元が光り始めた。まさか、この部屋で移動することになるとは思わなかったが、早く帰れるのは私としても有難い。リリさんに手を振って、ガスパーさんに会釈した、と思ったらこの世界では見慣れた懐かしい景色と、優しい笑顔で迎えてくれるコルツェさんの姿が見えた。
「コルツェさん!!!」
「エナ、お帰り。大丈夫だったかい?」
「はい!問題ありません!」
「そうかい。ならよかったさね。
ディクトルも、ご苦労様。さあ、ゆっくりお茶でもしようか。」
移動が完了したと同時にコルツェさんに飛びついた。コルツェさんは私が飛び付くことを予測していたのか、驚くこともなく受け止めてくれて、ぎゅっっと抱きしめる腕に力を込めてくれた。それが嬉しくて、コルツェさんにすり寄ると、傍にいたメロリももこもこを私に擦り付けてくれた。
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「それで、エナ。魔王城は暮らしにくくないかい?」
「大丈夫です!少しかび臭いのが気になるので、掃除は毎日してますが。」
「おや、毎日かい?そりゃ凄いねぇ。」
「でも、最近はお城にいるガルムや他の子供たちと一緒に遊びながらお掃除してるので、楽しいくらいです!」
「ガルムの子供とも仲良くなれるとは、やはりエナはすごいねぇ。」
食卓について、私とコルツェさんはここ暫くの話に花を咲かせた。私のくだらない話にも相槌を打ちながらうんうんと聞いてくれるコルツェさんに、私は嬉しくなって、次々と矢継ぎ早にいろんな話をしてしまった。その間もディクトルさんはというと相変わらず後ろで直立している。コルツェさんにも楽にしていればどうかと声を掛けられていたが、それでも、その姿勢を崩そうとはしなかったため、そのままにしていた。案外長話になってしまったため申し訳ない。
話に一区切り付き、ふと外をみるとすでに外は真っ暗になっていた。早い時間に来ていたと思ったが、思いのほか話し込んでしまったらしい。コルツェさんに謝罪すると笑顔で頭を撫でてくれた。その心地よさに頬を緩めると、膝の上にいたメロリがおなかにすり寄ってくれたのでお返しとメロリの頭を数度優しく撫でてやった。
「さて、腹ごしらえして、今日は早めに休もうかね。
ディクトルも、部屋を用意してある。ここは安全だから、休む時はしっかり休むといいさね。」
「ありがとうございます。」
「はーい!ご飯の用意しますね!」
コルツェさんの合図とともにご飯の支度を始める。お茶とお茶菓子を飲みつつ食べつつ話をしていたので、あまりお腹は空いていなかったが、久々に食べるコルツェさんのスープの匂いを嗅ぐと、一気に食欲が沸いてきた。手早く準備を済ませ、食事をしている間も、コルツェさんとの話は止まらず、たくさんたくさん甘えてしまった。そして、相変わらずディクトルさんは一緒には座らず、私たちが食べ終わった後に食べていたようだ。そういえば、お城でご飯を食べた時も席にはついていなかった気がする。
食事の片づけも粗方終わって、机を拭いていると、外から風を切る音が聞こえてきた。なんだろうと思い、外を見ると上半身裸で、剣を振るディクトルさんが見えた。暗くてあまりよくは見えないが、鍛え上げられた肉体が惜しげもなく晒されている。アレクシスさんの隣にいるから、美的感覚がおかしくなってくるのだが、ディクトルさんもそこそこのイケメンである。短髪茶金の髪に鍛え上げられた肉体、寡黙で無表情なところが難点だが、普通にモテる部類だろう。ぽけっと口をあけて扉から覗いていると、剣の素振りをしていたディクトルさんが動きを止めこちらに視線を向けた。
「……どうした。見ても別段面白いものはないぞ。」
「あ、いえ、あの……邪魔してしまいましたか?」
「否、別にそんなことはない。もう終わろうと思っていた。」
「それなら、良かったです。素振り、ですか?」
「ああ。適度に動かさねば、鈍ってしまう。」
「なるほど。」
外に出て、ディクトルさんに近づく。自分の存在が邪魔をしてしまったのではないかと少し罪悪感に苛まれたが、聞いてみるとちょうど終わりだったようで、小さく安堵の息を漏らす。持っていた剣を鞘に戻したディクトルさんは、かけていた布で汗をぬぐった。今日は、どちらかというと冷える方だったと思うのだが、それだけ鍛錬に時間を割いていたということだろう。感心しながらまじまじとディクトルさんの筋肉を見つめてしまう。別にやましいことは一切考えて居なかったのだが、無意識のうちにそこに手を伸ばしていた。
「――!
っ、どうした。」
「す、すみませんっ!あの、ほら、すごい筋肉ですねー、なんて。」
「そうか。……すまないが、風呂をいただいてくる。」
「あ、行ってらっしゃい!」
「ああ。」
ぺたり、ディクトルさんの腹筋に触れた瞬間、ディクトルさんは一瞬無表情を崩し驚いたように瞠目したように見えた。それに私も驚いて手を離す。普通に考えて、男性の体に無意識に手を伸ばすなんて変態じゃないか。冷や汗を流しながら誤魔化すように下手な作り笑いを浮かべる。ディクトルさんは、先ほど驚いたのも見間違いじゃないかというくらい気にしていない様子で、私の苦し紛れの誤魔化しに頷いた後、額から流れる汗を拭いながら風呂場へと歩き出した。元気よく見送ったものの、内心は申し訳なさでいっぱいである。慰めるかのようにメロリが足元へ擦り寄ってきた。可愛いやつめ。今日はメロリを抱きしめて眠ることにしよう。
その後、自分がやらかしてしまったことに落ち込んでいた私は、風呂から上がった後のディクトルさんが私を見て赤面していたことになんて、ちっとも気が付かなかった。
ディクトルさんは実は女の子耐性がないのです。
筋肉万歳!
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