もふもふは正義
明けましておめでとうございます!今年もどうぞ、よろしくお願い致します。
「エナ様!そういう事は、私たちに任せて、」
「大丈夫ですよー!魔法の修行と思ってください!
それに、何もせずにお部屋にいたら、根っこが生えちゃいます!」
「エナ様!!」
慌てた様子のリリさんが少し声を張って私を止める。その静止を振り切って私は、城の床に水魔法をぶちまけ、雑巾のように縫った布で、床を走り抜ける。あのお披露目の日から1週間経って、私とリリさんの関係は、少しずつだが距離が縮まっていっている――と思っている――。ある程度、この国の常識だったり、マナーだったり、色んなことを聞いた。あんまりまだ理解できないことも多いけど、ゆっくり勉強して行こうと思う。
この城に普段はそんなに魔族も住んでいないらしい。あの適当なお披露目の時のみ、魔王からの召集がかかり、城に大勢の魔物が集結していたようだ。そのため、今は城全体が閑散としている。元々薄暗い城なのに、より陰気臭い雰囲気が漂っている。かび臭く感じるのは、勘違いではないだろう。
手始めに、自分に与えられている部屋を掃除し始めた。窓を拭いたり、床を掃いたり。基本的にはリリさんを筆頭に、他の侍女の方たちが常にきれいな状態を保ってくれているので問題はない。ただ、カーテンを引いたままだったり、換気の類をあまりしないようで陰気な部分が、解決していないのだ。その為、まずはカーテンを開け、窓を大っぴらに開放して部屋の雰囲気改善に努めた。外がそもそも薄暗いため、光はあまり差してこなかったが、思っていたよりも上々である。そこまでして、じゃあ別の場所も、と考えるのは、自然の摂理だろう。しょうがない。
リリさんに、魔物は、光に弱かったり、換気するとだめだとかありますか?と聞くと、「そんなことはありませんよ。」と優しく答えてくれたので、掃除することに問題はなさそうだと判断し、冒頭に至る。
「んー!やっぱり、掃除って気持ちいいなぁ!
あ、リリさん、お手伝い有難うございます!」
「いえ、というか、私共の仕事ですし、エナ様がされることでは……」
「いいんです!まあ、皆さんが、あんまり明るいのとか嫌いじゃなければ、ですけど。」
「ここに住んでいる者たちは、そこまで拘りを持っていたりはしないので、特に嫌だという者はいないと思いますよ。」
「そうですかね?それなら、よかったです。」
結局折れたリリさんや、他の魔族の侍女の方々にも手伝ってもらいながら掃除を進める。風通しのよくなった廊下の陰気な雰囲気は少し払拭されただろうか。流石に、他の部屋には勝手に入れないので、廊下や、共有部のみの掃除だが、如何せんかなり大きな城である。どこかでキリを付けなければ延々と掃除することになってしまうなと考えているときだった。
「ぴきゅう!」
「――え?」
不思議な鳴き声が聞こえた。同時に足元に温かい毛のような何かが触れる。恐る恐る下に視線をやると、可愛らしい子犬のような魔物が、こちらを見上げていた。
「わあ!可愛い!君は、ここに住んでいる魔物なの?」
「エナ様?
あら!ガルム族の子供ですね。」
「ガルム?」
「地獄の番人と呼ばれる種族ですよ。
大人になると、この城の大門を覆うくらいの大きさまで成長いたします。」
しゃがみこんで、ガルム族の子と呼ばれたもふもふを存分に堪能しながら、リリさんの話に耳を傾ける。とても物騒な話が聞こえてきたが、この愛らしいもふもふがすぐにそんな牙をむくとは到底思えないので、もふもふタイムを継続する。すると、このもふもふも撫で方を気に入ってくれたのか、擦り付けるように頭をぐりぐりと手に押し付けてきた。可愛過ぎる。掃除もそっちのけで、もふもふを抱き上げ、メロリにやっていたように、顔を埋めてさらにもふもふしてやった。
「きゅうぅ!」
「苦しかった?ごめんね。」
「ですが、警戒心の強いガルム族の子供がなぜこんなところに?」
リリさんの言葉に二人して、腕の中にいるもふもふに視線を向ける。確かに、どこから来たのだろう。サイズ的に、親が近くにいるとも思えないし、かといって、城の中で、子供を野放しにしているということはないだろう。首をかしげながらリリさんと目を合わせる。すると今度は成長しきっていない子供のような声が聞こえてきた。
「ガルム!
――あ・お、王妃様!ご、ご無礼をお許しください!」
視線をそちらに向けると小柄な狼が私の腕の中にいるもふもふの名を呼んだ。その狼は一瞬安堵の表情を浮かべるも、ふと私と目が合うと、焦ったように視線はそのままで伏せの姿勢をみせた。その狼の姿を見て、腕の中にいるもふもふは私の腕から離れ、狼の横へちょこんとお座りをした。
「こんにちわ。君がこの子の保護者なの?」
「は、はい。王城にいる間、魔物の子供たちのお世話係の御下命を賜っておりました。
ですが、目を離したすきに、ガルムの子が居なくなってしまい……。
自分に与えられた仕事も満足にできず、あまつさえ、王妃様にご迷惑をおかけしてしまうなど、ワーウルフの名折れです!
どうかこの無能な狼に、罰を」
「あーー、待って待って!」
「王妃様……!」
目に大粒の涙をためながら凄い勢いで自分の罪について語り始め、ついには自らに罰をなんて言い始めたものだから、焦って話を遮った私は悪くないと思う。例え、目の前にいる小さな狼がガタガタと震えながら耐え切れず大粒の涙を流し始めたとしても。もしかして、そんなにも彼らから見てニンゲンとは恐ろしいものなのだろうか。ちらりとリリさんに視線を送るとリリさんは眉尻を下げて困ったように笑った。
「僕は、ここで一生待てをし続ければいいということでしょうか!
それが罰というのであれば、僕は喜んでその罰を、」
「違う違う!待ってってば!」
「うっ……申し訳ありません!」
「怒ってないから、君に怒ったりしてないから、ね?
だから、泣かないで。」
自分の持てる最大限の優しい声で彼に声をかける。怖がらせないように少し距離を置いた状態でしゃがみ、ゆっくりと彼に近づいた。ビクビクと私が動く度に体を震わせるも、そっと彼の前に手を差し伸べるとじっと私を見つめる目に恐怖以外の色が映った。
「王妃、様?」
「怖がらせてごめんね。
私の名前はエナ。貴方を傷つけるつもりはないし、罰を与えるつもりもありません。」
差し伸べた手はそのままに、ふわりと笑みを浮かべ、自分の名前を告げた。くん、と差し伸べた手の匂いを嗅いだ後、遠慮がちに手に顎を摺り寄せてくる。その可愛さに、抱きしめたい衝動に駆られるが、ぐっと堪え、そっと顎を撫でると、恐怖と好奇心に濡れた目が心地良さげに細められた。暫く顎の下を撫でた後、ゆっくりと頭に手を置く。今度は、震えることなく、先ほどのもふもふと同じように、私の手に頭を摺り寄せてきた。
「いい子。
さ、子供たちが待ってるんでしょう?行っておいで。」
「は、はい!あ、あの、王妃様!」
「なあに?」
「また、撫でて下さいますか?」
「――!勿論!」
なんて可愛い狼だろうか。警戒心を解いてくれたのか、とても可愛いお願いをしてきた狼に、それはもう満面の笑みで答えた私の返答聞くや否や、尻尾をぶんぶんと振って喜びを表現してくれた小さな狼はもふもふを咥え、走り去っていった。
「エナ様は、不思議な方ですね。」
「そうですか?」
「ええ。子供とはいえ、魔物は魔物。ニンゲンならば、それも、異世界から来た方なら、怖がったり、気味悪がってもおかしくないのに。」
「だって、あの子たち、私に害をなそうとした訳じゃないじゃないですか。
まあ、ももふもふが可愛かったっていうのも、半分くらい……ありますけど。」
「やっぱり、不思議な方です。」
害をなさないと判断したのは嘘ではない。仮にも魔王の妃としてこの城に来ているのだから、目立って害を与えられることはないだろうと、思っている節もある。特にあんな子供が、手を出してくるなんて思わないだろう。加えてあの見た目である。彼らを動物と同じ扱いにしてしまうと、失礼だとは思うが、それでももふもふしたいという下心があったのも事実だ。そこに恐怖心などないし、増してや、気味悪がったりなんて、するはずがない。それを告げると、リリさんは口元に手を当て上品に笑った。
「さて!お掃除の続きをしましょう、リリさん!」
「はい、エナ様。」
元気いっぱいに告げた言葉に、今度は難色を示す様子もなく、リリさんは同意してくれた。それが少し嬉しくて、張り切って水魔法と風魔法を組み合わせながら、廊下の掃除を進める私を見つめ、ニヤリと笑う存在にに気付かなかった。
「――やっぱり、面白い子だねぇ、エナちゃん。」
魔王様まだ空気です。
それから、補足ですが、ガルムとワーウルフの子供を怖がらなかったのは、この世界での偏見を持ってないからというのも一つです。
世界の常識的には、見た目がもふもふしていようがなんだろうが、魔物は魔物、忌むべき存在、みたいな。
今回もお読みいただき、有難うございました!
次回は、もっと魔王様と絡ませようと思います!(願望)