逢える日
今年も、この日が巡ってきた。
港の名を冠した打ち上げ花火大会。
8年前から毎年、彼女との待ち合わせ場所は同じ。これだけの人の波に揉まれながらも、彼女は必ず僕を探し出す。僕も彼女を間違えたりしない。
ほら、彼女がきた。赤い巾着をぶら下げ、下駄の音も軽やかに駆けてくる。
今年は、紺地に赤と黄色の金魚が泳ぐ浴衣で、赤い帯を締めている。
カワイイ。
なのに、あの髪――
「今年はケバくねぇ?」
僕は、茶髪を通り越して黄色い彼女の髪を、指先にのせた。1年ぶりに会う彼女への第一声じゃないと思うけど、この髪にメイクは……なぁ。
彼女は、「だって、浴衣が気に入ったんだもん」と、顔をクシャリとさせて笑う。
あぁ、僕の大好きな彼女の笑顔だ。
僕は「そっか」と笑って、彼女の手を取った。
彼女は、僕の手の甲を、そのまま自分の頬に引き寄せる。
「あったかい……」
まだ熱気の残滓が残る中、今まさに夢がかなったように、彼女はうっとりと目を閉じた。
ドーン!
花火の開始合図ともいうべき大音量。その余韻が、大地を這う。
彼女は、弾かれるように顔を夜空に向けた。
光はまるで魔法の絵の具。濃藍色のキャンパスに一瞬の命を描き出し、そして潔く消えてゆく。
そんなはかない運命を、消えずに残る場所へ焼きつけるため、人は花火に酔いしれるのかもしれない。
僕が彼女に酔いしれたように。
短い逢瀬の時は、いつも、豪華絢爛な「ナイアガラの滝」で終りを告げる。
僕は光のハレーションを浴びながら、彼女にそっと口づけた。15歳だった頃のキスを贈りたくて、ぎこちなく唇を重ねる。
「あたし、もう行かなきゃ」
彼女の瞳から、切なさがこぼれた。
「行くなよ」という言葉が喉から出かかる。だけど、言ってはいけない。わかっている。
「また来年ね」
彼女は穏やかに微笑み、目を閉じた。
頭の中で5つカウントした頃、彼女が再び目を開いた。
顔付きが、みるみるうちに変わる。派手なメイクと黄色い髪が似合う顔へ。
そして、うさんくさそうな声で言う。
「あんた、誰?」
この言葉を投げられるのは、今日で9回目だ。もう慣れたもんだ。僕も9回目になる「ありがとう」を告げ、背を向ける。
立ち去りながら見上げた空には、天の川。
僕らはまるで、織姫と彦星だ。そうだろう――と、天国への帰途につく彼女の名を、そっと呼んでみた。
<了>