プロローグ 2
これでプロローグは終わりです。
次話から本編入ります。
突然だが現在私は充実している。
並外れたルックスに努力を怠らない性格から勉強面でも困ったことはない。
一番大切なものは私自身、これさえあれば好きな男は落とせるし親の権力財力で好き放題だ。
人間大体のことは努力次第だ。
金は努力で手に入る、その金があれば病院に行けるし予防策も多く取れる。
誰が言ったかは忘れたけどこんな言葉がある、「金で尊い物を買えないと言うものは金に困った事がない者だ」と。
この言葉を聞いた時私は「確かに。」と思った。
世の中お金が無くて大切な人の治療が受けられないなどという話はいくらでもある。
人はお金でほとんど乗り切れてしまうことを知っているからこそ否定したがる。
彼らはこう言いたいのだ、「お前は俺より稼いでるかもしれないが金以外で幸せになれるということを知っている分だけ俺はお前より幸せだ。」と。
金は努力の結晶の一種でしかない。
しかしどうだ努力して金を得たものが異性のために努力できない道理がない。
そんなわけで私は努力をしない人間が『大嫌い』だ。
前置きは長くなったが自己紹介をしたいと思う。
シャルル王国の魔術師No.0、300年もの間存在を秘匿され続けて来たアステル家の現当主。表向きは王家懇意の商人となっている。
「アリス様、王城へ向かう時間が差し迫っています。早く起きてください。」
布団から目元まで顔を出すと横にはメイド長がいた。
「お願いリーゼ、あと30分だけ……、ダメ?」
苦手なもの、朝。
「アリス様、次そのような態度を私に向けたら張り倒しますよ。」
「ごめんなさい、私が悪かったわ!」
以前リーゼは普段のドギツイ印象とは裏腹にかわいいものに目がないという噂を聞いたので甘い声で頼めばなんとかなるのではと思ったけど逆撫でしただけのようだった。
「朝食の支度はできているので早く着替えますよ。」
そう言うと手に持った洋服をリーゼに着させる。
リーゼは私と同じ17歳、お父様が10歳の頃メイドとして雇い昨年メイド長にまで上り詰めた。
物覚えが非常に良くその能力を認められたリーゼはアステル家の存在を知る数少ないうちの一人でもある。
「リーゼ今回の任務を無事終わらせることができたらあなたの望みを私に出来る範囲内でなんでも叶えてあげるわ。」
直感だが今回の任務はかなり過酷なもである気がする。任務の伝達は過去ほとんどが書を通じてだったが今回は王城に国王から直々に呼ばれている。
今までリーゼに世話になって来たのでそろそろ大きく感謝を示す何かがあってもいいだろう。
「そうですね……、ではアリス様のポケットマネーで十字架の純金ペンダントをお願いします。」
「あなたもアクセサリーとか付けるのね。……ところでだけど家のお金じゃなくて私のポケットマネーに限定したところを聞いてもいいかしら。」
「アリス様が限られたお金の中で贈り物をしてくれるからこそ価値があるんです。」
「あんた遠慮のかけらもないわね。」
親が金持ちだからといって私はお小遣い自体はそれほど多くない。
両親共に他界、秘匿されているとは言え名家の娘である私にはかなりのお金がある。
しかし17歳の娘には年齢に見合ったの金銭感覚があるべきだ思うのだ。
「気持ちは永遠ではないし過去はかき消されてしまうので形に残るものが丁度いいんです。何より物以外の欲しいものは全て手に入れたので。」
全力の笑顔でそう返されるともう何も言えない。普段は笑顔をあまり見せないリーゼのその笑顔があまりにも素敵で不覚にもドキッとしてしまった。
まあ他ならぬリーゼの頼みだ、これくらいは聞いてもバチは当たらないというものだろう。
「わかったわよ。わかったからももう行くわよ。」
赤くなった顔を隠すようにドアへと歩き開けるよう促す。
「もう時期国王がいらっしゃるのでこちらでお待ちください。」
父から私の代に移ってから王からの勅命は初めてなので少し緊張していた。
はっきり言って国王と私の身分はそれほど変わらない。過去幾度となくアステル家と王家はその血を交えてる。
そもそもアステル家とは王族である。王家の血をより濃く受け継ぐほど魔力は強くなる。これは魔力の性質によるところが大きい。魔力は血が近いもの同士と交わることでその強さを増していく。近親婚、血統を何より重んずる王家にとってこれ以外の例は少ない。そんな中で最も強く血を受け継いだもの同士を掛け合わせ続け生まれたのがアステル家だ。
どうしても王家である以上政治的な婚約がある。そのため最も優秀な王族はその存在を秘匿されアステル家に養子入りする。
魔法の発展は国の発展、国力の増強に繋がる何よりも優先される事案なのである。
「そう考えるとわたしって歩く厄災みたいなものね。」
まああいにく王国には私より強い存在が2人いる。一人は現国王でもう一人は狂人だと聞いている。この狂人に関しては誰も正体を知らない。彼、もしくは彼女の正体は王宮勤めの誰かという説があるが信憑性は低い。
まあ魔術だけで言うと私が王国最強であることは間違いない。これでもアステル家は魔術始まりの御三家と呼ばれるだけの歴史がありその中でも戦闘力に特化した家だ。魔術の素養とは最適化された血であり血統である。小指の先程度の火を出すことができるようになるには三代に渡っての血の最適化が必要とされ、たった一代で近親婚が実現しなかった名家が潰れていったことなど歴史を見ると無い話ではない。同時に生来の素養で巻き返せる差が三代程度だと言われている。
まあ一代でも強力な魔法はあることにはあるのだがそのようなものは血と違って受け継がれるものでは無いのだ。
「アリス・アステル様準備が整いましたのでどうぞお入りください。」
先ほどまで無言で横についていた侍女はそう告げてアリスを謁見の間へと案内する。
「さあ、こちらです。お入りください。」
華美な装飾品ががふんだんに使われた扉を開けられるがそこには国王を除いて他には誰もいなかった。
「何をしている、早くこちらへ来んか。」
「すみません。陛下お一人でこちらにいらっしゃるとは思わなかったので。」
本来国王が外賓と会う時は大勢の臣下を従えて迎えるものだ。表向きは商人となっているアリスの謁見は外賓として扱われる。
「まあ私がここにいる時点で察しはついているだろうが……、どうだ覚悟はできたか?」
「共鳴……、ですか。」
「あぁ。」
共鳴、これは正の世界、負の世界の二つが50年前後の周期で相互干渉を引き起こすことを言う。
宇宙の誕生、これはダークマターが引き起こしたビッグバンが原因とされている。ダークマターはビッグバンを引き起こすに足るエネルギーを持つ何らかの存在と定義されるがこれを無の力を正負のエネルギーに分離する触媒とする説である。
正のエネルギーを魔力エネルギーとした時負のエネルギーは物理エネルギーと言う。
この世界は全ての事象を魔術法則で表せるのと同様に負の世界は物理法則で全ての事象を説明できる。
ここからが本題なのだが地球の付近でおよそ50年周期で二つの世界を分離させるダークマターの膜に綻びが生じ穴が開く。
二つのエネルギーは互いに安定した状態、即ち互いを打ち消しあい莫大な『無』のエネルギーを生じる。
『無』は時間を『無』とし空間を『無』としあらゆる存在を喰らい尽くす。
これが共鳴だ。
「戦いが始まるのですね。」
「そうだ、君は選ばれた。魔術師の君にとっては不利な戦いになるだろうがどうか受けてはもらえないだろうか。」
そう言うと王はアリスに深く頭を下げる。
「一国の王がそう簡単に頭を下げるものでは無いですよ。それに……。」
私は、アステル家はこの戦いのために生まれて来たようなものなのだから。
「では知っているとは思うが一応説明を始める。まずはこの戦いの意味、それは『無』のエネルギーの独占だ。『無』を使い空間・時間的消去を自由に行いあらゆる事象を都合の良いよう世界を作り変える奇跡を手にできる。もしこの戦いに二人のうちどちらかが勝ち残れば国のためにこれを行使する。ここまではよいか?」
「はい、問題ありません。」
概ねこの戦いについては父親から聞いていたので疑問などは無い。
「続いて概要だが自らの魂を分かつ負の世界の自分をこの世界に召喚する。この際向こう側の自分にこちら側で肉体を再構築するだけの存在力が無ければ魂の交換が起き君はあちらの世界へ飛ばされる。戦いは6組12人と正の世界に対の魂を失ったハグレが1人の計13人で行われる。戦いのリミットは分からないが平均すると一ヶ月程度、最短で一週間も経たず『無』が消滅したこともある。またこの世界からの参加者6人は聖女が受け取った天啓、ハグレは自然発生する。以上だが続けて君の魂の召喚を始めても良いか?」
突然だがこれも神の思し召しだ。
リーゼにだけはしばしの別れを告げてから行きたかったが致し方無い。
「分かりました。お願いします。」
13節にも及ぶ長い詠唱の中自分の体と魂が離れていく感覚がした。
「やっぱりハズレか。」
アリスは意識をそこで手放した。