表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七不思議  作者: おむつ
2/2

プールの怪

「以上で、開かずの間の話はおしまいだ。次の話に行くけど、大丈夫か?」


 木戸くんが遠山くんの目を覗き込む。


「問題ない。続けてよ」


「わかった。ところでお前さ、もう部活はどこに入るか決まったか?」


 突然、七不思議とは関係のなさそうな話題への転換に、遠山くんは目をきょとんとさせた。


「いや、まだだけど……それが、どうかしたの?」


「実はさ、この学校……水泳部がないんだよ」


 そう言われれば……と、遠山くんは、案内のプリントの部活一覧に、水泳部がなかったことを思い出した。

 しかし、プールを夏しか解放しない学校なら、他の季節には活動が出来ない以上、なくても不思議ではない。


「それにはちゃんと理由があるんだよ。というのもな……」


 木戸くんは、訥々と語り出した。



******



 十年ほど前の夏休みだった。

 この頃のA中学校には、まだ水泳部が存在していた。

 N子さんは水泳部のエースで、大会が近いこともあってか、連日、学校のプールに通っては厳しい練習を続けていた。

 しかし、この日は学校の校庭を解放してちょっとしたフリーマーケットが催されていたせいで、プールは閉め切られていた。

 そのことを知らなかったN子さんは、いつものように学校へ行った。

 プールは正門を入って、すぐ西側へ抜けた所にある。

 近所の家族連れで賑わう校庭には目もくれず、N子さんはプールへと向かった。

 ところが、入り口のフェンスを開けようとした所で、今日が開放日ではないことに気づいた。

 この所タイムが伸び悩み、焦りを感じていたN子さんは、恨めしそうに校庭を睨んだ。

 今日一日休んだことでライバルに差をつけられたら……そう考えたN子さんは、フェンスをよじ登ってプールに侵入した。

 誰かに見つかって怒られたらその時にやめればいい。一時間でも、いや、一分でもいい。練習する時間が欲しい。

 そんな思いで、彼女は鍵のかかった更衣室の影でこっそり水着に着替えた。


 いよいよ練習をはじめようとした矢先だった。

 水泳部に入部した時に先輩から聞かされたプールの怪談が、ふとN子さんの頭をよぎった。


『この学校のプールは絶対にひとりで泳いではいけない。水場ってのは、そういうモノが集まりやすいって言うからね。特にこのプールの排水口は地獄に繋がってるから。そこから普段出てこなかったやつらが出てきて、泳いでる時に足を引っ張って、地獄に連れて行こうとするらしいよ』


 その時は話半分に聞いていた。自分には関係のない話だったからだ。

 なぜなら、普段は誰かしらが一緒に練習しているおかげで、ひとりになる状況がまずない。

 けれどこうして、いざ、ひとりでプールサイドに立ってみると、大好きなはずのプールがどこかしら不気味に見えた。


「ただの噂話よ。それに夜中ならともかく、今は昼間だし、おばけなんて出ないよね」


 そう自分に言い聞かせ、N子さんは勢いよくプールに飛び込んだ。

 とはいえ、最初のうちは信じていなかったN子さんも、意識的に排水口のあるコースを避けていた

 ところが、一時間ほど練習をした頃だろうか。

 夢中になっているうちに、気がつくと排水口から一番近いコースを泳いでいた。


 あ、しまった。


 N子さんが自分の泳いでるコースの位置に気付いた時だった。

 排水口の前あたりで、ぬるっとした何かがN子さんの足を触った。


 何かしら?


 最初は誰かが落としたタオルか何かだと思った。

 ところが、今度はソレがいきなりN子さんの足を鷲掴みにした。


 いやだ!


 水面から覗くと、水中で排水口から這い出てこようとするような何者かの手が、N子さんの足首を掴んでいるのが見えた。

 まるで血でも塗りたくったような真っ赤なソレの身体が、水の中でゆらゆらと蠢いていた。

 即座に先輩の話を思い出して、ソレから逃れようと必死にもがいた。

 掴まれていない方の足で、何度も何度も蹴たぐる。

 しかし、ついにはN子さんも両足を掴まれて立つことが出来なくなった。

 水泳が達者といえど両足を掴まれると話は別だ。


 溺れる!


 両手で水をかいて抵抗するものの、ソレは地獄から必死に這い出してくる亡者のように、彼女の身体を伝ってどんどん上に登ろうとする。

 生温かい手の感触が下半身を這いずり回るのを必死に振りほどこうとする。


「誰か助けて!」




 無我夢中でもがいたN子さんは、気付けばプールサイドに立っていた。

 どうやら助かったのだと、胸をなでおろした。

 ここまで逃げてくる途中のことは、何も覚えていなかった。

 もしかしたら、白昼夢でも見たのかもしれない。そう思って、N子さんは自分の足を見下ろした。

 そこにはくっきりと残っていた。

 何者かがもがいたような、小さな手と、爪の痕が。

 N子さんは振り返ることもせず、そこから逃げ出した。


 まさか、本当におばけが出るなんて……。

 N子さんは、先輩の話を信じなかった自分に後悔した。

 これからは、ひとりでプールに入ることはやめておこう、そう誓った。


 彼女がちょうど正門を抜けようとした時だった。

 おそらくフリーマーケットの客だろうか。慌てた様子の主婦らしき女性がN子さんに話しかけてきた。


「うちの息子を見ませんでしたか? 急にいなくなっちゃって……プールの方へ行く姿を見たと聞いたのですが」


「いえ、見てませんけど……」


「赤いTシャツを着ていて、これくらいの背丈なんですけども……」


 赤いTシャツ。

 その言葉を聞いて、N子さんの背筋にさぁっと冷たい悪寒が走った。

 そして、小さな手と、爪の痕……もしかして、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と。

 プールの中でN子さんの足を掴んだ者の正体が、溺れて助けを求めるこの女性の息子だったとしたら……。


「し、知りません!」


 N子さんは女性の質問を突っぱねて、またその場から駆け出した。


 男の子の遺体がプールから上がったのは、それから数十分後のことだった。

 遺体にはいくつかの外傷が残っていて、事故ではなく他殺と判断された。

 ひとつは、顔に残っていた殴打の痕。

 そしてもうひとつは、足首に残っていた“何者かが強く掴んだ痕”だった。

 犯人はまだ、捕まっていない。


 この事件以降、A中学校からは水泳部がなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ