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七不思議  作者: おむつ
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開かずの間

 遠山くんは、四月からA中学に入学した新一年生だった。

 入学から二週間を経て、新しい校舎には慣れ、クラスへも打ち解けはじめていた。

 中でも席が後ろで話す機会の多かった木戸くんとは、特に仲が良かった。

 その日の昼休みも遠山くんは、木戸くんと、母親の作ったお弁当を一緒に食べていた。


「これ、姉ちゃんから聞いた話なんだけど……」


 数分前まで楽しそうに笑っていた木戸くんが、突然、真剣な面持ちで切り出した。


「なんだよ、急に?」


 少々、退き気味だった遠山くんも、先が気になったのか、彼の話の続きを促した。


「お前、この学校に伝わる七不思議って、知ってるか?」


 七不思議という言葉自体は知っていた。

 前に通っていた小学校でも似たような話はあったからだ。

 しかし、“この学校”の七不思議は入学したばかりの彼が知るはずもなかった。

 この手の噂話をあまり信じていない遠山くんも、木戸くんがあまりにも真に迫った表情で話すものだから、内心、話半分で聞いていたものの、表向きは愛想よく相槌を打っていた。


「この話を聞くなら、自己責任で頼むぜ?」


 これもよくある怪談のパターンだと思った。

 この手の話を信じない遠山くんも、彼の切り出し方に少し抵抗を覚えた。


「この学校の七不思議を七つとも知ってしまうと、卒業が出来なくなる、と言われている。俺はお前に七不思議のひとつを話すごとに、次に進んでもいいか確認する。俺も鬼じゃない。もし途中で聞きたくなくなった時は中断してやるから、遠慮なく言ってくれ」


 遠山くんは内心笑いを堪えながら、うんうんと相槌を打った。

 そもそも、中学は高校や大学と違って留年なんてしない。卒業できなくなるとは、一体どういう状況なのか?

 呪いや何かで死んで、卒業出来なくなる、という解釈なのか。

 しかし、テレビなどでは遺影となって卒業式に参加するシーンを見たりもする。

 書類上がどうなっているのか定かではないが、死んで卒業式に参加するのは、少なくとも解釈的には、話と矛盾するような気がすると感じた。


「いいよ。続けて」


 遠山くんがそう言うと、木戸くんは何故かほっと安堵のため息を吐いた。


「よし、じゃあそれを踏まえた上で、次に行くぞ……お前、新校舎の裏にある旧校舎へ行ったことはあるか?」


「いや、ないけど……」


「あそこには、開かずの間、と呼ばれる教室があるんだ。三階の、一番南の奥だったかな。昔、そこで女生徒が自殺したらしくて、放課後、その前を通ると、女生徒の悲しそうなすすり泣く声が聞こえるんだ……」


 木戸くんは、訥々と語り出した。



******



 A中学校は当時、教師たちがローテーションで宿直に当たっていた。

 その夜は、新任の若い教師、B先生が担当だった。

 彼は、三ヶ月前に同僚の美術教師のC子先生と結婚し、幸せの絶頂にあった。

 まだ新校舎の建つ前ーー現旧校舎の宿直室で、夜食のカップヌードルを食べ終わったB先生は、校内の見回りの時間になったことを確認して、その部屋を後にした。

 一階、二階と順に見回りが終わり、何の異常もなく、彼は三階へと続く階段を登り始めた。

 真っ暗な校舎の中、懐中電灯の光だけを頼りに進んでいく。

 木造の階段が、ギシギシと悲鳴のような音を立ててきしんだ。

 ちょうど、一番南側の奥ーー開かずの間と呼ばれる教室の前に辿り着いた。

 彼も開かずの間の噂については生徒から話を聞いていた。

 教育熱心だった彼は、まさか自分の受け持つクラスで、あんな悲しい事件が起こるとは思ってもみなかった。

 一ヶ月前、彼のクラスの女生徒がこの開かずの教室で自殺した。

 遺書も何もなく、何故命を絶ったのか、皆目見当がつかなかった。警察も、当初は他殺を疑っていた。

 しかし、その証拠は何も出ず、結局、自殺ということで決着がついた。

 B先生は、女生徒が死んだ後、彼女の不幸をまるで自分のことのように悲しんだ。

 自分のクラスでいじめがあったのではないか。何度もそう考えた。

 しかし、それは同時に自分のクラスの生徒を疑うことと一緒だった。

 彼は何度も、泣いては、疑って、葛藤しては、苦しんだ。

 何故、一言、自分に相談してくれなかったのか。そんな彼女を呪ったことさえあった。

 もし……もし、この教室に彼女の霊が現れるというのなら、是が非でも、彼女の話を聞いてやりたかった。

 死んでしまった彼女に何かをしてやれることは、もう何もないけれど、それでも、彼女の苦悩を共有したい。苦しみを理解してやりたい。そう考えていた。

 B先生が開かずの間の扉の前に立った。

 今では固く閉ざされた扉が、まるで彼女の心を表しているような、そんな気さえしていた。

 B先生は彼女に語りかけるように、軽く目の前の扉をノックした。

 乾いた音が、無人の廊下にこだました。

 しばらく、その場で待ってみたものの、当然、誰もいない教室から返事がくることはなかった。

 重い踵を返して、その場から立ち去ろうとすると、何処からか生ぬるい風が、B先生の首筋を撫でた。

 閉め忘れた窓があったのかと、周りを照らしてみるものの、そんな様子はまるでなかった。

 すきま風か、と思い直して教室から背を向けると……。


 ひゅう……ひゅう……


 と、最初は風の音かと勘違いした。

 ところがよく耳をそばだててみると……


 ひゅう……ひゅう……ぐずっ……ぐずっ……


 と、風と思っていた音の後に、誰かの嗚咽のような声が聞こえた。

 次第に、その風の音も、何者かの呼吸音にしか聞こえなくなっていた。


 うっ……ぐずっ……ひゅう……ひゅう……


 その音ーー声ーーはどうやら、教室の中から聞こえているようだった。

 B先生は思わず、


「D子? もしかして、D子なのか?」


 女生徒の名を呼んでいた。

 返事はなかった。


 うっ……ぐずっ……ひゅう……ひゅう……


 嗚咽は、どうやらB先生の目の前の扉のすぐ向こうから聞こえていた。

 もう一度扉をノックする。

 乾いた音が二度。

 しかし、その数秒後に、


 こん……こん……


 と、今にも闇の中に掻き消えてしまいそうなか弱いノックの音が響いた。


「D子! D子なんだな!?」


 しかし、彼女の声で返事はない。

 何とか意思疎通は取れないものかと考えた末、B先生は扉の向こうの存在に向かってこう提案した。


「D子。俺は今からお前に質問をする。その質問に答えがイエスなら一度、ノーなら二度、扉をノックしてくれ」


 すると、


 こん……


 と、一度だけノックの音が返ってきた。

 B先生は、もはやこの世のものではない彼女と意思疎通を取れたことに喜びを覚えた。


「お前は、D子なのか?」


 こん……


 イエスの返事だった。

 B先生は続けて質問をする。


「お前は、本当に自殺だったのか?」


 こん……


 またイエスの返事だった。


「誰かに殺されたわけじゃないんだな!?」


 こん……


 相槌のようなノックの音が響いた。


「D子、お前は誰かにいじめられていたのか?」


 こん、こん……


 ノーを表す返事だった。

 じゃあ、一体どうして自殺なんて……B先生は必死に他の理由を考えた。

 勉強が辛かったのか、将来に不安があったのか、家族の間で何かがあったのか、友人関係がうまくいってなかったのか、あらゆる質問をしてみたものの、彼女のノックは全てノーを示していた。


「もしかして、失恋でもしたのか?」


 思春期の女子にはつきものだろう。むしろ、真っ先にそれを聞いてもおかしくなかったはずだ。

 こんな簡単なこともわからなかったのか、とB先生は自分を蔑んだ。

 すると、


 こん……


 イエスの返事だった。


「好きな男子がいたんだな? クラスの人間か?」


 こん……こん……


 ノーの返事だった。


「別のクラスの男子か?」


 こん……こん……


「違うのか……? じゃ、じゃあ、別の学校の男子か?」


 こん……こん……


「それも……違うのか? 同じクラスでもなければ、違うクラスでもないのに、別の学校でもない……」


 B先生は質問を続けていくうちにひとつの答えにたどり着きはじめていた。

 それは決して、今まで考えたこともなかった答え。

 そして、最悪の結末。

 あまりにも鈍感すぎた自分に吐き気を催した。


「お前の好きな男というのは、もしかして、俺のことか?」


 ………………。


 返事がなかった。

 B先生は無限とも思える沈黙の中、何度も祈った。

 もし、イエスだったら、D子を追い詰めたのは自分だ、頼む、ノーと答えてくれ……と。

 責任逃れとも言えただろう。しかし、彼にそんなつもりは毛頭なかった。

 ただその責任の重さに、耐えられる自信がないだけだった。


 ひゅう……


 と、彼の首筋を生ぬるいすきま風が撫でた。

 そして、


 とん……とん……


 と、彼の肩を何者かが叩いた。



 翌日、B先生は開かずの間の前で、遺体となって見つかった。

 D子と仲の良かった友達は後にこう語った。

 D子はB先生が結婚したことに相当なショックを受けていた。

 彼が結婚して以来、D子はずっとB先生を憎んでいたと。


 大好きだった“C子先生”を横取りしたB先生のことを……。

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