皇太子
「ヨシダよ、面を上げよ」
俺は今ルーシャ皇女を助け、彼女と帰途を共にし、彼女の王国であるハル=メア王国首都の国王謁見の間にひざまづいている。
正直、ガラドマだったかあいつを俺がいつのまにか倒してて、何もわからなかった俺はルーシャについていくしかなかった。あなたが好きよといわれた瞬間、脳が麻痺してたのもある。
王国への道中、俺は大体のことを把握した。この国の置かれている状況――魔族との長い戦争で疲弊し、どうしようもなかった泥沼状態のこの国を救ったのが空から降ってやってきた俺だということを理解した。
「ヨシダよ、そなたがどこの異国の人間かは存ぜぬが、わしは今すぐにでもお主を抱きしめてやりたい気持ちだ。わしが王位を継ぐはるか昔から、魔族領土であるザナルシアにもっとも近いこのハル=メアは魔族との戦争が続いてきた。その期間長く千年に及ぶもの。国土は疲弊し、民は疲れきり、よもやこの国の存続が危ぶまれる事態になっていた」
もちろん俺はいわゆる宮廷礼儀作法なんてものはしらない。知らないからそれをルーシャに言ったのだが、国王に謁見するにはこの国の礼儀作法を形だけでも知らなければならないと言われ、とりあえずのかたちで今ここにいるわけだが……。
――膝が痛い、つか腰が正直けっこうきつい、なんというか前かがみ気味の中腰というか、とにかく特に筋骨隆々でもない俺にはちょっと厳しい姿勢だ。
「だがしかし!ここにいるヨシダ、そなたの働きにより、魔王ガラドマは打ち滅ぼされた!わが国は長き戦いの歴史から解放されたのだ。そしてここにいるわしの娘ルーシャを救ってくれたことも心から感謝する。娘が10万の軍隊を従え、王宮を発ったのは半年前のこと。わしは娘はもはや助からないものだと信じておった。そなたが現れるまではな」
ありがたきお言葉にございます国王様。今こういうのが俺にとって正解なのだろう。
が、緊張でたぶん噛むのでそれは言えない。
国王アザリバーンは横の近衛兵が止めるのを手で制止し、俺のほうに歩み寄ってきた。
「この国の国王として、いや一人の父親として、そなたに最大の謝意を」
俺はずっと想像していた。もしかしたら、俺はいわゆる救世主なんじゃないのかと、いろいろやんちゃしてそして勇者やら英雄と呼ばれるあれだ。しかし俺は空から落ちてきただけなのだ。ほんとにそれ以外何もしちゃいない。
「あの、国王様、お、俺は魔王を倒したというか、ただいつのまにか剣を持っていて、空から落ちてきただけなんです」
正直に言うべきだと思った。国の英雄となり、ルーシャも俺のことを愛していると言っている。これを至福というのならそうなのかもしれないが、俺には正直実感なんて全然ないし、それにまわりに控えている大勢の騎士や家臣の人たちをみていると申し訳なくなってしまうのだ。
「なんのなんの、ヨシダよ、娘から話は聞いておる。見たこともない装束を纏い、天空より見事なる剣技を下したそうだな。さぞや、つらく厳しい修行を積んだことだろう。まことの勇者、剣士とは生まれながらに剣を操る才覚をもつと言う。物心ついたころには剣を意のまま操っていたとは実に見事、いやさすがというべきであるな」
お手上げだ。
もはや何を俺が言おうと俺はこの国を救ったことになっているのだ。しかもさらにやばいというかうれしいというか、ルーシャは俺と結婚したいと言っている。あのままではガラドマに敗れ死んでいた自分を助けてくれた命の恩人の俺に一生かけて添い遂げたいと言っている。
――おいしい。めちゃくちゃにおいしい立ち位置。クズな心が俺にもある。なにもしちゃいないのに普通では手に入らないことが手に入ることに気持ちが大きく揺らぐ。
―――――
「ヨシダ、ヨシダってなんか呼びづらいわ、もう私たち結婚して皇太子と皇女になるのよ。ハジメって呼びたいわ」
鎧を着ているときはよく分からなかったが、王宮に帰ってみるとルーシャはまだ少女の面影を残している、歳は16だというのだから驚いた。
――俺は16歳の子と結婚するのだ
長い朱色の髪はまとめてポニーテールがルーシャのお気に入りらしい。この国の王族が着る伝統的な服が嫌いらしく、どことなく庶民に毛が生えた感じの服をきている。ミニスカートから惜しげもなくそのおみ脚を出していらっしゃるのだ。
脚だけではない。上半身も完璧である。非の打ちどころがない容姿端麗っぷりなのだ。鎧を着込んでいたときの第一印象があるからなのか、少女の面影を残した普段着のルーシャは、なんというかものすごく愛おしい。
国王様曰く、ルーシャは「ハル=メアの真珠」であるらしい。夕食の席に招かれて酒が回っては「まだあやつが小さかった頃はのぉ~」と親バカを何度みせつけられたかわからない。この国がこんな状況であっても、あちこちの国の王子から求婚があとを絶えなかったらしい。
ルーシャはすごくしっかりしてて積極的な女の子だ。16で10万の軍隊を率いて魔王討伐に乗り出すんだからただ者ではないが、あの日、ガラドマを討伐した日、急に目の前に現れた俺なのにそれから一ヶ月もたってない今日この日にはもう、ルーシャの部屋で二人手をつないで座っているのだ。宮中にもルーシャを狙う貴族の若いのが何人もいるらしいが、この光景をみたらたぶん宮殿裏に呼び出されて斬られるきがする。
「そういえば」
ふいにルーシャが切り出した。
「ハジメってどこの国の出身なの?まだ詳しいことを聞いてなかったわ」
擦り寄ってくるルーシャの体からなんともいえない良い匂いがただよってくる。この国の香水の匂いなのだろうか。
――いや、やばい、ルーシャに見とれている場合ではない。正直今まではごたごたでごまかしてきたが、正直俺のことを詳しく聞かれるのはまずい。
なぜならば俺自身に記憶がないからである。
俺には落下中より以前の記憶がないのだ。何度も思い出そうとしたがまったく出てこない。俺がいままで何をしてきたのかも分からない。もちろん俺の生まれなんかまったくわかりゃしない。
「あのへんてこな服はとても鎧には見えなかったから、騎士ではないのだろうとおもったけど、あのあっさりした感じの服、ああいう格好で戦闘する民族の話を昔本で見たことがあった気がするわ。はるか北方の少数部族だったようなきがするけれど」
「あ、いや、俺はなんというかその、南の方の小さな島国なんだ、名前はたぶん言っても知らないかな、辺境の国だから、ハハハ……」
「ふふっ、でもはじめてみた時は正直、この国を救ってくれた勇者様にしてはちょっと物足りない格好だと思ったわ」
「いやー、あまり重いものをつけて戦うのは好きじゃないんだ」
我ながらこうもペラペラ嘘が出てくるのもすごい、というかこの設定で後々矛盾が出てこないようにけっこう頭を使っている。
「あの剣はお師匠様から譲り受けたもの?それとも形見とか?あまり見ない形の剣よね。それにあの剣技。ガラドマには近づくのさえ容易じゃないのに、それを鳥のように天空から突き刺すなんて人間技じゃないわ」
「あー、この剣は……」
俺は部屋の机の上に置いてある俺の剣に目をやった。実は空から落ちてる途中でなぞ光が現れて、声しか聞こえないおっさんに力が欲しいかとか言われて手を伸ばしたらもらったものなんだ、なんて言えない。あの光やら声は何だったのか、まったくわからないのに、そこを突っ込まれたらやばい。
「ふふっ、あなたの剣の腕の前では私も霞んでしまいそうね」
俺にもたれかかり、尊敬が混じった笑みで俺の目を見るルーシャはほんとにかわいい。俺に本当の剣を扱う実力があるのなら一生守りたい。
しかしおそらくというか絶対にルーシャの方が俺の百倍強い。俺は剣なんぞついこないだ初めて持った素人。対してルーシャはこの国の近衛隊の剣術指導もしているほどに武術に長けているのだ。細身のレイピアのような突剣を使うのだが、すさまじい腕前だと言う。
「明日の私とハジメの結婚式にはこの国の名家や各国の貴族、将軍もいらっしゃるわ、あなたのおかげで平和になったこのハル=メアをみなで祝福するのよ」
俺の突然の落下から約一ヶ月弱、俺はハル=メア皇女ルーシャの夫となり、この国の皇太子になる。