ツッコミ道
ここは私立雀ヶ丘学園。
この学園には、一風変わった生徒会長が存在する。
放課後の生徒会室で二人の生徒が作業していた。
一人は僕、水無瀬悟。そしてもう一人は、生徒会長の高橋絵美先輩である。美人と言うほどじゃないけど、明るくて可愛らしい人で、一緒に仕事をしていて悪い気分ではない。
ただ会長は……
「あの。カッターって、どこかにありませんでしたっけ?」
「悟の馬鹿ーっ!」
僕が届いた小包を開けようとカッターを探していたら、会長にハリセンで殴られた。
「それを言うなら、『カッター、なかったー?(カッター)』でしょっ!!」
――変な人です。
「いい、悟。生徒会長なんて言うものはね、しょせん人気商売なのよ。みなを笑わせてナンボなの。次期生徒会長として悟はもっとお笑いのセンスを磨かなくちゃ駄目」
お手製のハリセンをバシバシ叩きながら会長が言う。
「というわけで、この用紙をコピーしてちょうだい」
「……は、はい」
なにがというわけか分からないけど、僕は手渡された、あまりお笑いとは関係なさそうな資料を持ってコピー機に向かう。そしてスタートボタンを押して気づく。
「あの……A4用紙がないんですが……」
「不許可っ」
またハリセンで殴られた。
「『A4、無いよん、困ったよん』くらい言えなくて副会長が務まるとでも思ってるのっ」
なんか無茶苦茶強引な気がするけど。
ていうかこの人、これを言わせるためにわざとコピー機にA4用紙が無い状態を放置していたのだろうか。
「いい? ツッコミというのは日本独特の伝統文化なの。そもそも日本人は慎み深く、たとえボケたとしても笑っていいのか、独自で判断できない。そのために生み出されたのがツッコミなの。ツッコミが入ることで、ここは笑って良いところなんだと理解して、笑ってくれるのっ!」
「へぇ。そうなんですか」
「ちがーうっ」
またハリセンで叩かれた。
「だぁぁ。まともに答えてどーするの。この話自体がボケみたいなものなの。分かるっ? もしかしてアレ? 天然ボケなのっ?」
「え、えっと……」
突っ立っている僕に会長は苛立ち気に言う。
ボケたつもりないんだけど、ボケになっていたのなら、天然なのかもしれない。
「まぁ天然ボケもいいけれど、悟は無口なタチだから、ツッコミの方面に進むべきだと思うの。ていうか、私はどちらかというとボケが好きだから、つっこまれたいのよねぇ」
「はぁ。そうなんですか」
「だぁぁぁっ!」
会長は頭を抱えて怒鳴った。
「もっと熱くツッコミなさいよ。なぜ無口がツッコミとか。男でしょ。可愛い女の子が準備万全で、入れてもらうのを待っているんだから、男なら、思いっきりぶっ込みなさい。据え膳なんだから、食いなさいよ」
「って下ネタはやめてくださいっ」
僕は思わず顔を赤くして怒鳴った。
会長が固まった。
あ、さすがに言い過ぎたかな?
「今のタイミング、間、声の質、すべて完ぺき……」
「え」
「悟って、もしかしてむっつりスケベ? まじめな顔して仕事しつつ、私のスカートの中を想像しているんでしょう?」
「だからどうしてそうなるんですかっ」
思わずツッコミを入れてしまって、僕は慌てて口をふさいだ。けれど手遅れ。会長がにやにやと僕を見つめていた。
「なるほど。悟は下ネタには敏感に反応するのね。ツッコミの特訓には、これで攻めた方がいいのね。ふっふっふ」
「あの……ちょっと」
その日から、僕は毎日のようにパワハラ&セクハラを受け続けた。
いつの間にかツッコミスキルが上がったような気がしたけど、そんなことどうでもいい。でもそんな日々を続けるうちに、僕はとある事実に気づいてしまった。
「会長。ちょっといいですか」
「なに? 悟」
「会長の下ネタ攻撃のおかげでだいぶツッコミというものが分かってきた気がします」
「良かったじゃない」
「いえ、良くありません。なぜならーー」
僕は一拍おいて、会長に向けて言葉を放った。
「会長の発言は単なる下ネタであって、『ボケ』ではないからです!」
「なっーー」
会長が崩れ落ちた。それは端から見ても痛々しい姿だった。
「……山に籠もるわ。三日間、生徒会を頼んだわよ」
「か、会長……っ?」
僕は消沈した会長を止められなかった。
会長は部屋を出ていった。
今思えば、あれは会長の渾身のボケだったのかもしれない。僕がちゃんとツッコミを入れていれば、会長の山篭もりを止められたかもしれなかったのに。
その思いから、僕はツッコミに磨きをかけた。三日間ハリセンを作り続け、素振りを幾度となく繰り返した。
そして三日後ーー
「悟よ。今帰ったぞぃ」
「って、なんでやねんっっ!」
髪の毛を白髪に染めて、つけ髭をたくわえ、白いボロ道着を着込んだ会長の頭めがけて、僕は自作ハリセンで思いっきり叩いた。
大げさなリアクションでずっこけた会長は、立ち上がると付け髭を取って僕を見つめた。
「悟。成長したわね。もう立派なツッコミ人として免許皆伝よ」
「会長っ!」
僕たちは抱き合った。会長の身体からは、野草の匂いが漂っていた。
会長はゆっくりと僕から身を離すと、頼もしそうに僕を見て言った。
「これで来期の選挙戦もばっちしね。私も安心して引退できるわ」
「いいえ」
僕はしっかりと会長の目を見て言った。
「簡単に引退されては困ります。なぜなら、僕には、会長が必要だからですっ!」
三日間、会長がいない生徒会室で過ごして、僕は改めて会長の存在が僕の中でどれほど大きいのかを知ったのだ。もちろん、それはお笑いの相方とかそういう意味ではなく、loveと言う意味でだ。
「そう……悟の気持ちは分かったわ。けれどすぐには応えられないわ。明日まで時間を頂戴」
「ええ。もちろんです」
僕は神妙な顔をしてうなずいた。
そして翌日。
「ワタシカイチョウロボ。ヨロシクヨロシク」
「って、なんでやねんっ!」
「さすが悟。ナイスツッコミねっ!」
「そーじゃなくってっ。これは何ですかっ?」
翌日。会長が持ってきたのはドラム缶にホースのような手足と頭にラジオのようなスピーカーが付いたロボットもどきだった。
「悟の『会長が必要』という言葉に、はっとしたわ。確かに、しっかり者の副会長が、いい加減な生徒会長に振り回される、というのがお約束よね」
「いい加減な……って自覚あったんですね」
「つまり、ツッコミの悟には三年でも副会長を目指すべきで、相方にはボケの会長が必要なのよ!」
「いらんわっ。こんなもの!」
「きゃーっ。会長ロボプロトタイプ1号が」
「僕に必要なのは、『会長』じゃなくって、高橋絵美という人なんです!」
「……え?」
ああ、言ってしまった。思わず頬が熱くなる。
ストレートに言うのは、僕の主義じゃないのに。まだまだツッコミ力不足だ。
「……アホ田大学」
「はい?」
「私は来年そこに進学するの。有名な登竜門のお笑いサークルがあるから」
「それがなにか……」
「漫才志望だけれど、一年間はピン芸人の勉強をするつもり。……もしかすると、その次の年に、私の相方にふさわしい優秀な新人が入るかもしれないから」
「それって……」
会長はにこりと笑って、僕に言った。
「再来年、待ってるわよ」
「はいっ」
もしかすると会長は、僕が本当にお笑いコンビとして「必要」だと言ったのだと勘違いしているかもしれない。
けれど今はそれでも良かった。
あと一年。会長にふさわしい「ツッコミ」を手に入れ、いつか本当の夫婦漫才と言われるようになればいいのだから。
ここは私立雀ヶ丘学園。
この学園には一風変わった生徒会長が存在する。
「コノギアンハダメデスネ。ベツノデイクベキデス」
「って、結局お前が会長なのかーいっ!」
せっかくなので、文学フリマ短編小説賞応募作として投稿してみました。
期間中、他の応募作も積極的に読んでいきたいと思います。