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春風

作者: Oh's
掲載日:2015/11/30

安心して下さい。(実際には穿いてませんが)穿いてますよ。別の短編『桜』とご一緒に……!

『毎年私達を見に来る少女が酷く重い病気にかかっているらしい』


『今年、いやもうここへは来ないかもしれぬ』


『大丈夫じゃろか、大丈夫じゃろか』


 年が明けても、まだ冬のこと。

 春に向けて目覚め始めた桜達には、そんな不吉な噂が広がっている。


 僕は桜達の主として彼らを安心させたいのは事実なのだが、僕も彼らと同じで心が落ち着けない。いや、落ち着いてなどいられない状況に至ってしまったのだ。


 なんせ今年はあの子が来られないかもしれないからだ。


 その少女の名前は知らないのだけれど、十年程前から彼女は毎年のように桜が満開の頃、この場所に赴いている。


 誰よりも笑顔で、誰よりも楽しそうに、桜達の踊りを見ていてくれるのだ。少女の心からの「綺麗」という言葉には、僕も含めて何度心の支えになっただろうか。


 どんなものにも変えられない少女の暖かな笑顔は、桜達にとって明日の糧となり来年までの支えとなるのだ。むしろこの少女のために桜の花が咲いている、そう言った方が正しいのではないのかと、僕らは常々思う。


 だからこそ僕達は落ち着いてなどいられない。

 僕らは去年貰った「好き」という言葉のためにも、彼女に恩返しをしなければならないのだ。満開の桜で、とびきりの踊りを見せなければならないのだ。


「――よって、僕はこれより大罪を犯す。異論は認めない」


 僕の宣言に桜達はで頷き、肯定を示した。


『済まぬあるじよ、こればかりは貴方にしか出来ぬ事じゃ』


『主よ、安心なされ。それは大罪などでは決してない、それこそが正しい答えであろう』


『故に我らは頼む。主よ』



 ――あの少女を救ってくだされ。




 桜達の元を離れ、僕は空を駆け抜ける。

 少女の居場所はこの国の木々達に教えてもらった、だから迷う事はない。


 一足二足、空を駆けるごとに目的地が見えてくる。


 それは、大木が目印の真新しい病院だった。桜達の場所からだいぶ離れたその病院は、どこか寂しく、脆く儚くそびえ立っていた。


 僕は大木に着地すると声をかけた。


「急に済まない。僕はとある人を至急探さなければならないのだが、質問してもいいだろうか」


『………………』


「暖かな笑顔を見せる少女だ。あれは……そうだな……春風、いや日の出のような暖かさだ!」


『………………』


 大木は答えない。知らないのだろうか。


「ここにいると色々な木々達が教えてくれたのだ。頼む、些細な事でもいい! 教えてくれ!」


 大木は暫く沈黙を貫いていたが、『……もしや』と偉く低い声で僕に教えてくれた。


『あそこを見よ若人わこうどよ』


 大木は三階にあるある一室を指さした。


『あそこには、今にも消えそうな光が灯っている』


「今にも消えそう、だと?」


『ああ、私には目は見えなければ、耳もだいぶ悪い。この距離で若人の声がようやく聞こえる程度だ』


 大木は『だが』と言葉を繋げる。


『あそこには生きようと足掻く、小さな灯火ともしびがある。それだけは、目に見えなくても声が聞こえなくても感じ取れた暖かさじゃ』


「そうか……あそこに少女がいるのだな」


 僕はその一室に向かって飛躍しようと試みる。――しかし、その時大木が『まあ、急ぐな。若人よ』と僕を引き止める。


『お前はあの少女とあってどうする気なのだ』


 少女を探すうちに何度も木々達に聞かれた問。その問に僕は、自信を持って答えた。


「僕の“全てを賭けて”、少女を救う」


 そして僕は飛び立った。




 病院の三階、とある一室。


 その少女は眠っていた。

 どんなにやつれていようと見ただけでわかる、彼女はあの少女だ。


 彼女は寝息をたてるだけで、寝返りをうつ気配はない。恐らく体はもう完全に動かないのだろう。


 少女の命の灯火は今にも消えそうで、無くなりそうで、触れてしまえば崩れてしまいそうだった。


 僕はただただ無言で彼女の元まで歩み寄った。


 傍らにあるのは録音テープと、シワがつくまで読まれた数十にも及ぶ手紙の数々。それに真新しい手紙が二つ、『家族へ』と書かれた手紙と『冬君へ』と書かれた手紙だ。


 もし少女を知らない人が見れば、彼女は生きる事を諦めたと思うのだろう。




 だが、僕らは違う。


 彼女の未来を、明日を、来年の春を、心から信じている。


 だから、だから託そう。


 少女にありったけの未来を。




 僕は少女の頭に触れる。嫌でも伝わってくる少女の死のイメージと脳にある一つの大きな腫瘍。


 僕がやる事は決して正しい事なんかじゃない。


 ある道の行き止まりで、ある答えの間違いで、ある約束を破る事なのだ。


 だけど後悔はしない。


 僕は桜じゃないから、一度も恩が返せたことはなかった。だから、ようやく彼女に恩返しが出きるのだ。これ以上に嬉しい事はないだろう。




 正しくなくても、これが僕の答えだ。




 ならば示そう、僕の答えを。

 

 ならば示そう、少女の未来に。




 僕は目を瞑って願う。


 彼女に生きてほしいと。




 ――窓が閉まった一室に、暖かい風は吹く。


 何処から吹いたのかわからぬ風は、私の頬を撫でて静かに消えていった。


 『ありがとう』私の耳には、少年のそんな声が聞こえた気がする。


 幼い頃から聞いていたような、懐かしい声だった。




 そして私は――深い眠りから目覚める。




 



 

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