3. 二人きりの部屋
目の前にかわいい女の子が寝ている。こんな状態でもヤマケンは耐えられるのか。
午前1時
ワイワイ話をしていた4人も疲れてきたようで、少しずつ口数が少なくなってきた。
これはそろそろおやすみの時間だなどと睡魔と闘いながら僕も考えていたのだが、急に佳子から声をかけられた。
「ヤマケンくん、明日も予定はないんでしょ? だったら明日もみんなと一緒に行動しようね」
そっか、そういえば計画を立てたのは佳子だったんだ。ずいぶん一方的だが、今日も楽しかったし別に僕とてやりたいことがあるわけでもない。
「大丈夫、もうヤマケンくんはパーティだし、男の人がいると心強いから」
眠いのか酔っぱらっているのか、真奈の発言はすでに意味不明である。そもそもなんでパーティなんで単語を使うのだ?仲間でもグループでもいいんじゃないかと思う。
「で、明日はどうするの?」佳子に訊いた。
「明日は8時半にホテルを出て午前中浦内川のジャングルクルーズでマリユドゥの滝に行くの、午後はボートでシュノーケリング」
予備知識のない僕にはよくわからんがそういうものがあるのだろう。
「それって飛び入り参加できるの?」
「ジャングルはみんな予約してないから飛び込みで大丈夫。シュノーケリングは明日になって追加1名で連絡しとくね」
「別に無理だったら僕はここにいるからみんな楽しんできてよ」
「そんなことしないよ。断られたらみんなでキャンセルして遊ぼうよ」
「ところでさ、道具とか持ってないけど大丈夫かな?」
「大丈夫。必要な道具ならみんな向こうで貸してくれるよ」
とはいえ、シュノーケリングなんてやったことがない。大学の友人が伊豆なんかでやっている、でっかいタンクを背負って潜るやつか? でもあれはスキューバだよな。いかんせん金のかかりそうなマリンスポーツなどに縁がない僕はイメージがわかなかった。
「じゃ、明日の連絡終わり! おやすみ!!」
言うだけ言って隣の部屋に去って行った。
僕は由紀と二人、部屋に残された。僕が肉食系の少々厚かましい男だったらいただきますとなるのだろうが、あいにくそういう神経は持ちあわせていない。ただ由紀は先ほど酔いつぶれて一度眠っていたせいか、あまり眠そうではなかった。でも僕が眠い。考えてみたら朝5時に起きて東京から飛んできて石垣島にやってきてそこから船乗って西表島に行く途中でこの子たちに出会って行動を共にして今に至っている。移動距離も運動量も相当なものである。
寝る前の身支度を終える。
「眠い?」由紀が訊く。
「そりゃ眠いけど、由紀ちゃんが眠くなければもう少しぐらいは付き合えるよ」
実は眠気の限界に近いのだが無理は効く方だ。これから徹夜でマージャンすると思えば少し話の相手になるぐらい全然大丈夫だ。
「ありがとう。ヤマケンくんのそういうところいいなあ」
「『そういう優しいところが好き』じゃないんだ」
「あ、ひょっとして、計算なの?」
「いやいやそんな余裕はない。僕も由紀ちゃんにほんの少しだけ興味がある」
「ふーん、『ほんの少し』なんだぁ」
「由紀ちゃんは?」
「うーんとねぇ、ヤマケンくんよりは多いかも」
だいたい多い少ないってなんだろう。
「それは嬉しい。じゃあ僕も『ほんの』は取り消そう」
「じゃあ同じぐらいかな」
お互いに顔を見合せて笑う。何度も思うがこの笑顔が素敵だ。真奈たちが言うようにこの旅に出るまで、この笑顔が見られなかったというのが俄かには信じがたい。
「似た者同士なんだよね…」急に由紀がつぶやく。
「どうしたの?」
「私たちってさぁ、お互いに遠距離恋愛で二股かけられてそれでも待っていたわけでしょ?」
「確かにそうだ」
「てことは、お互いに待つことができる人なんだよね」
「待つ時間にもよるだろうね。ただ間違いないのは、相手の方が待つことができない人だったってこと」
「ヤマケンくんはその彼女のこと、今はどう思ってるの?」
「…」
そんなこと考えたことなかった。やり直せるのならやり直したい? でも一度裏切られてるわけだからうまくはいかないだろう。でもそのうえで僕が良かったから戻ってきたいって言われたら、断る自信もない。
「わからない。でも前の彼女が幸せなら、僕の役割は終わったと思ってるし、幸せでなければ選択ミスなわけだから自業自得かな?」僕は続ける。
「でも僕も彼女が待ってる間浪人していて結局彼氏らしいこと何一つしてあげられなかったわけだから、彼女が待ち切れなかったのは自分のせいでもあると思う」
「私はね」由紀は言った。「シュウが本命は私だけ、東京の彼女は遊びだからって言った時、それを信じてシュウにすがりつこうかどうしようか迷った。でも、一緒にいる時間とかこれからのことを考えたら、向こうの彼女より私との思いの方が強くなるってのは難しいって思ったの。だからシュウに自由になってもらいたくて私から別れた」
「あ!」はっとした僕が急に声を上げた。「全然似た者同士じゃないよ」
「えー、似てるじゃん」由紀は怪訝そう。
「だって根本的なことが1つ違う。僕は振られてるけど、由紀ちゃんは振ってる」
「振られたようなものだよ」
「でも別れを切り出している。僕は切り出されている」
「そこかぁ」
「でも由紀ちゃんは偉いよ」
「なんで?」
「そんなだったら心の闇が顔に出そうなのに、全然出てない」
「えー、出てるよ」
「少なくともぼくには見えてない」
「うーん、そうかなぁ。でもこの旅行前なんかすごかったんだから」
「それは寝てる間に聞いた」
「あいつらー、そんなことまでしゃべったの? 明日仕返ししてやる」
「心配してもらってるんだからいいんだよ」
「もちろん冗談よ。でもね、ヤマケンくんのおかげで少し前向きになることができたかも」
「僕も、みんなと出会ってからは前の彼女のことは考えないでいられる時間ができた」
「お互い出会ってよかったってことだね」
「そう思う」その気持ちにウソはない。
いい出会いと悪い出会いがあるんだったら、きっといい出会いなんだろうな。
「明日も早そうだし、そろそろ、寝ようか?」
「えー、何もしないの?」冗談だとわかるが、由紀が顔を膨らませる。
「何? フグの物まね?」
「ひっどーい! 勇気を出して誘ったんだよ」
もちろんここまでの会話の流れからそんな風になるはずはない。それはお互いにわかっていた。
「じゃあ例えば」僕は訊いてみた。
「もし僕が由紀ちゃんのこと欲しいって言ったらどうする?」
「たぶんいいよって言う。でも…」
「でも?」
「ヤマケンくんはそんなことしない人だとわかってる」
「そこまで計算ずくでOKするってこと?」
「うーん、それは違う。きっとヤマケンくんは私にとって信じてもいい人なんだ。だから会ったその日にとかそういうの関係なく、そういう関係になればそれも運命だったと思えるし、もっと知り合ってからっていうのでも納得できる」
確かに今、僕も由紀をどうにかしようとは思わない。真奈たちが望むように付き合うようになるのかもしれないし、そうならないかもしれない。でも正直ここまで話の合う女性だったら遠距離でもお付き合いしてもどうにかなるのかもしれない。砂漠の中でダイヤをいきなり掘り当てるってのはこういうことなのかな。今日会ったばかりなのに、これだけ何でも話すことができるって奇跡だろう。
「じゃあ聞くよ」僕は続けた。
「男と女が二人きりで部屋にいるときに男が何もしなかったら、やっぱり女として見られてない、さびしいって思う?」
「そうは思わないけど、私って魅力ないのかなとは思う。デブだし」
「デブではないと思うよ。僕は健康的ですごくいいと思う。がりがりに痩せた女の子はあまりそそられない」これは正直なところである。僕が大学の友人からおっぱいマイスターと言われていることなど、由紀は知る由もない。
「じゃあ僕のベッドで寝ようよ。何もしないけど」情けないけど自分的には精いっぱいの誘いである。
「何もしないだろうけど、何かあってもいいよ」
僕と由紀はツインルームであるにもかかわらず同じベッドで寝た。
左腕でそっと腕枕をすると、左側に寝ていた由紀はすぐに乗っかってきた。そのまま肩を抱きしめる。久しぶりの女の子の匂い。忘れかけていた人肌のぬくもり。
キスしたくなる気持ちをこらえて、由紀の頭を撫でているうち、僕はすぐに寝入ってしまっていたようだ。