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南ぬ島 恋ぬ島  作者: ズタボロオー
2 沖縄本島編
13/19

13. 1週間の別れ

やんごとなき理由で、ヤマケンと由紀は1週間離ればなれになります。これで絆は強くなるのでしょうか?

 由紀との半同棲生活も早いもので10日となった。


 基本的に昼間は僕はバイト、由紀は仕事なので一緒にいられるのは夜の時間帯だけなのだが、それでもお互いの波長が合っているせいか、毎日ラブラブに過ごしていた。たまに些細なことで言い合いになったりすることもあるが、そこから喧嘩になるようなこともない。このまま時間が止まってしまっているかのような生活である。


 そんなある日、珍しく長崎県は佐世保にある僕の実家から電話があった。何事かと聞いてみると父方の祖父が体調を壊しているとのこと。高齢なこともあるし、正直あまり状態が良くないので、旅費は出すから一度顔を出してはくれないかという要望である。実家には旅に出ていることなど伝えてなかったので、東京にいるものだと思っていたらしく、今は旅をしながら住み込みで働いているというと驚いていた。まさか彼女と一緒にいるためとは言ってないし、半同棲状態の彼女がいることにも触れなかった。そうでなくても僕の両親は僕の女性関係など興味がないので、バイトが忙しいんだったら難しいかというような薄い反応であった。


 由紀に相談してみると命に危険があるのならいち早く帰るべきだという考えであった。私もケンと一緒にいられないのは寂しいけれど、もしこのままおじいさまが亡くなってしまうと一生悔いが残ると思うので、仮に死に目には会えなくても生きているうちに一度だけ会って話をした方がいいのではないかと言う。

 僕は子供の時から祖父と同居はしていなかったし、祖父に対してそこまでの思い入れはないのであるが、それでも小さい頃は従兄と一緒にかわいがってもらっているし、顔ぐらい出した方がいいだろうという結論になった。


 家庭教師先には祖父の容態が悪いということで1週間休講にする旨連絡して、翌日朝一番の飛行機で帰ることにした。事前割引のチケットと違い、前日の購入はかなり割高だが払うのは実家である。仕事がある由紀は見送りには来られなかったが、逆に見送られると後ろ髪を引かれる思いになるのでちょうどよかった。那覇から福岡空港へ飛び、そこから高速バスで佐世保に行く。最寄りの長崎空港ではないのかと言われそうだが、那覇からだと航空機の便数が全然違う上、空港からのリムジンバスの所要時間も30~40分ぐらいしか変わらない。こうなると福岡空港を使う方が圧倒的に便利である。実家に戻る前に、空港から直接祖父の入院先に行った。祖父の状態は思ったより重篤で鼻と口にパイプをつながれ、会話もできる状態ではなかったが、それでも手を握って「健太が帰ってきたよ」と耳元で言うと、かすかな力で握り返すくらいの意識は残っているようだった。80年以上生きてきた祖父には僕の存在など小さいものかもしれないが、それでも僕が生まれたときには一番喜んでいたのは祖父だったという話も聞いているし、大して恩返しもできてない。生きているのか生かされているのか、人生というものは尊いものであるはずだが、生きながらえるためだけに延命をさせるのは本人にとって幸せかどうかと思ってしまう。もちろん親族の立場としては一日でも長く生きてほしいわけで、延命治療を否定しているわけではない。


 従兄弟たちは交替でほとんど毎日病院に出てきているという。長男の息子と言うだけでこのようなことに付き合わされるのは大変であるが、一番大変なのは祖母である。長年連れ添った夫と会話もできない、それどころか意思の疎通もできない状態だから、もう主人は死んだも一緒だよと自嘲気味に話していた。別れる理由もなかったのかもしれないが、60年も連れ添うことができて祖母は幸せだと思う。結局1時間余りで病室を後にした。意思の疎通もできない相手を前にして何時間も一緒にいるのはこっちが滅入ってしまいそうである。もっとも祖母は別のようで、残り少ない命の灯が消える日まで少しでも長い時間一緒にいたいようである。


 たまたま祖父の入院している病院に幼稚園から中学校まで幼馴染だった奈緒子(なおこ)が看護師として働いていたので、古い友達の消息を聞いたりしていたが、福岡の予備校に行って以来地元の友達とは縁が切れているので、僕の存在は闇の中だったようだ。別に僕は中学時代も高校時代も存在感のあるキャラではなかったので闇のままでいいのであるが、きっと次の飲み会か何かで僕のことをいろいろネタにするのだろう。これは想定された質問だったが、ナメ子はどうなったのかと聞かれた。ナメ子とは元カノのニックネームである。もちろん本名ではない。由来は知らないが僕と付き合うころに同性の友達からはナメ子と呼ばれていた。ちなみに本名は加奈子(かなこ)である。僕が2か月前に前別れたというとじゃあ今はフリーなのかと聞かれた。彼女はいてそれも半同棲していると言うと立ち直りの早い奴がなどと言われた。面倒なので半同棲が期間限定だとは言ってない。携帯の番号を交換してこの日は別れた。将来田舎に帰るつもりもないし、たぶんこっちから掛けることもないだろうが。


 実家ではかつて僕が高校時代までを過ごした部屋でしばらく泊まることになる。窓から海が見える、眺めのいい部屋だ。でもこの部屋には元カノとの思い出が山のように詰まっているから、逃げ出したくなる気持ちになる。思い出自体はイヤでないのだが、由紀のことを考えていたいときに元カノに邪魔されるような感じがイヤなのである。陽の暮れた海を所在無げに見ていると、由紀から電話が鳴った。

「おじいさま、どうだった?」

「ああ、生きてるというより生かされてる感じかな?声を掛けたら手を握ってくるんで生きてはいるんだろうけど、鼻と口もチューブでつながれて会話もできないし食事も点滴だけだから」

「そっちにいる間は私のことは忘れて看病に集中してね」

「ありがとう、でも忘れない。ところで今日は由紀の家に帰ったの?」

「ケンの家にいるよ。いつでも帰って来られるようにしとくから」

「でもモノがないから大変でしょ?」

「だんだん増えてきたじゃない?全然不便じゃないよ」

「寂しかったら友達呼んでもいいからね」

「ありがとう、でもあの子たち呼ぶと翌日の仕事に差し支えそう」

「ま、確かにすごいからね」

「また電話するね、愛してる」

「僕もだよ」

 やっぱり由紀と話すと元気が出る。


 次の日も午前中1時間ほど祖父の見舞いに行き、昼ごろから所在なく街をぶらぶらした。長い長い商店街や美味い佐世保バーガーの店、あるいは九十九島の景色など、ここを由紀と歩いたら楽しいだろうなどと考えていた。そういうことを考えていたら急に携帯が鳴った。奈緒子からだった。

「何してるの?」

「何っていうか、強いて言うなら観光かな?」

「なんで地元の町なのに観光する?」

「3年も離れていると別の街だよ、旅人の目で見てると面白いよ」

「今から勤務明けなんだけど、ヒマだったらドライブしない?」

「別にいいけどおじいちゃんに何かあったら帰るからね」

「そんなのわかってるよ。私の方が健太よりずっと長くおじいちゃんに付いてるんだから。見ていた感じでは今日は大丈夫だと思うよ」

「じゃあ迎えに行くね」

 奈緒子は待ち合わせの場所にクルマでやってきた。かわいい軽自動車かと思いきや、国産フルサイズのセダンである。看護師は給料が高いと言うが、勤め始めて二年そこそこでこんなクルマ買えるほど給料がいいとは思えない。

「これ、奈緒子のクルマ?」

「うん、そうだよ…って言ったら驚く? 実はこれ、お父さんのなんだけど、お父さんほとんど乗らないから私が代わりに乗ってるの、夏はエアコンの効きもいいし乗り心地もいいから、ガソリン代はちょっと高いけどこっちに乗るんだ」

「じゃ、奈緒子は別にクルマあるの?」

「うん」国産の小さなハイブリッド車に乗っていた。

「健太はクルマ乗ってる?」

「いや、東京だと地下鉄で十分便利だし、何より所有するのが高すぎる。駐車場とかもそうだし」

「こっちじゃ坂も多いし、クルマのない生活は考えられないよね」

 確かにそうだ。こっちだとクルマがなくては生活は大変である。

「ところでさぁ、健太って彼女と結婚するの?」

 いきなりな質問である。

「僕はまだ学生だし、先のことはわからないけど、たぶん今の感じが続くんだったら結婚することになると思う」

「ナメ子とはそう思わなかったの?」

「思ってたよ、続けばよかったのだろうけど続かせることもできなかったからね」

「新しい彼女とはどうやって知り合ったの?」

「旅先で、お互いほとんど一目惚れ」なんだか説明するのが面倒だから端折って言った。

「それで一緒に暮らしてるの?」結局根掘り葉掘り聞いて来られたので、加奈子と別れて傷心旅行に八重山に出かけて、そこで由紀に出会って、今はバイトしながら那覇にステイしていることを説明した。

「鈍感な健太が一目ぼれするんだから、やっぱりすごく合う人なんだろうね」

「ちょっと待て、鈍感とはなんだよ!」

「だってナメ子と付き合う前、私のラブラブ光線全然受けてくれなかったじゃない?」

「は?」奈緒子が僕にそんなもの出してたなんて全然知らなかった。

「だから鈍感なの!中学に入る前から健太のこと好きだったのに」

「だって奈緒子って江藤先輩と付き合ってたじゃない」

「あれは健太がナメ子と付き合うようになったからあきらめたんでそのあとの話。健太って本当に鈍いねって女子の中では有名だったんだよ」

「だって僕ってクラスで目立つ方でもないし、成績はそこそこかもしれないけど、運動神経も中の下だし、イケメンってわけでもないから、自分がモテるなんて思ってないよ」

「勘違いしちゃだめ、健太のこと好きだった物好きなんて私ぐらいなんだから、モテてるわけじゃないからね」

 それにしても奈緒子は昔からの友達なので失礼なことを平気で言う。しかも奈緒子は子供の頃からご近所の仲良しで、幼少のころには一緒にお風呂も入ったぐらいなのである。

「それで、奈緒子は江藤先輩とは?」

「健太、本当に私のことに興味なかったのね。まだ健太が佐世保の高校に通ってた頃に別れてたよ」

「別の高校に行った子の消息なんて全然知らないよ。それで今は彼氏なし?」

「就職してからはずっと。看護師って時間も休みも不規則だから付き合ってもデートもしにくいんだよ」

「でもクルマ買うほど稼げるんだよね」

「だって使うものもないし、そのくらい贅沢させてよって感じだよね」

「そんなものかもね」

「ねえ、明日私日勤だけど、よかったら私の仕事が上がったら雄太(ゆうた)謙介(けんすけ)も一緒に飲みに行かない?」

 雄太も謙介も中学時代の同級生だ。今は奈緒子と飲み仲間らしい。みんな家が近くて仲は良かったのだが、中学卒業してからは別々の高校に行ってしまったので、かれこれ6年以上会ってない。正直言うと過去の友人関係に興味はないのでどうでもよかったが、せっかく奈緒子がセッティングしてくれるのであれば、別に断る理由もない。祖父の容態が悪化しなければという条件付きでOKした。


 しかし、残念なことに翌日は祖父の容態が急に悪化してしまった。もう声をかけても手を握り返してこない。別れの時期が近いことを誰もが感じていた。

 祖父に強い思い入れはないつもりであったが、この人の遺伝子の1/4は自分にも生きている。そしてこの人がいなければ自分も生きてないと思う。


 そしてその夜、祖父は帰らぬ人となった。

 鼻と口のチューブを外してもらった祖父は心なしか安らかに見えた。

 祖母が「ちょっとだけ待っててくれたら私もすぐ行くからね」と泣きながら声をかけていた。

 祖父と祖母の長い歴史に思いを馳せ、いつ終わるかもしれない看病から解放されたはずなのにまだ一緒にいたいと思う祖母の心境、それに少し楽になったように見える祖父の眠るような表情を見ていると、なぜだか涙が出てきた。


 通夜と葬式を終え、葬儀の翌日に僕は沖縄に帰ることになった。那覇を去ってちょうど一週間だった。これから法事の度に佐世保に帰ることになるのだろう。

 ちょうどその日は奈緒子が非番と言うことで長崎空港まで送ってくれた。飲み会できなかったからと雄太と謙介も連れてきてくれた。しばしの再会を喜んだ。

 奈緒子は「彼女とうまくいかなくなったら私のこと思い出してね」と言った。冗談か本気かは分からないが、奈緒子には申し訳ないが波長が合わなければ無理だと思う。もし波長が合えば中学校の時から奈緒子と付き合っているはずだ。


 長崎空港からのジェット機は福岡からのそれとは比較にならないほど小さいものだった。

 僕にとっては沖縄は「行く場所」ではなく「帰る場所」になっていた。

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