11. 周波数
何となくラブラブな感じで書いてきましたが、少しマンネリな感じが出てきたんで、そろそろ次の手を考えたいと思います。しばらくはヤマケンと由紀のプチ夫婦生活です。
何となく眠れない。横の由紀も眠っていないようだ。他の二人はよく眠っている。
由紀が申し訳なさそうに声を殺して言う。
「本当にごめんなさい、私の友達だからついついケンにも甘えてしまって」
「いいんだ。3人で旅行してなかったら僕とも出会ってないし、そもそもこの部屋だって佳子ちゃんと巡り合えなければ借りてない」
「でも真奈も佳子も2日連続でしょ?」
「昨日も由紀が泊まると思い込んでたみたいだよ」
「なんだかケンの人生に上がり込んで邪魔してるみたいになってるから」
「僕は別に迷惑とか思ってないよ。確かにこの先どうするのかってのはあるけど今は沖縄の生活を楽しんでいるし、こうやって由紀と一緒にいられることがすべてだから」
「ありがとう、でも少しだけ自分が嫌になる」
「どうして?」
「だって私は仕事もあるし、ケンに何もしてあげられてない。なんだか真奈や佳子の方がいろんなことしてくれてるし」
「ヒマだからでしょ?二人とも彼氏がいたらそっちに夢中だと思うよ。もうそろそろ佳子ちゃんの彼氏も帰ってくるんじゃない?」
「佳子の彼氏は結構遅くまで帰ってこないみたいだよ」
「でもさ、中学校の時から付き合ってるってことは沖縄の人じゃないの?」
「そうだよ」
「今もこっちの大学なんでしょ?」
「うん、でも今だけちょっと遠距離なんだ。彼氏が夏休みに短期留学でアメリカのネブラスカ州に行ってるから」
「中西部か、また微妙なところだね」
「夏休みいっぱい使うんで、しばらく帰って来ないって」
「じゃ、佳子ちゃん淋しいのかな?」
「佳子、普段から付き合ってるのかどうかわからない感じだから、全然いつも通りだよ」
「それって恋愛してるの?」
「本人たちがそう思っているからそうなんじゃない?」
「話変わるけど、昨日の夜、真奈が脱いでたのに、ケン良く我慢できたね」
「そんな気がなかったからね」
「真奈と佳子が泊まるって言ってたからイヤな予感はしてたんだ。なにしろ真奈が家飲みの女子会で酔っぱらうと必ず脱いじゃうから。ケン、ひょっとしたら男の人扱いされてないのかも」
「僕もそう思った。真奈だけでなく佳子もおっぱい丸出しだったし、証拠写真残しておこうかと思ったぐらいだよ」
「なんで残さなかったの?」
「彼女でもない人の裸の写真なんて撮って第三者に見られても面倒くさいだろ?」
「それもそうだけど、記念に残してもよかったじゃない」
「ま、次にチャンスがあったら考えとくよ」
「それはきっといっぱいあるよ。この二人、ここをセカンドハウスとして使う感じだから。特に真奈なんてお嬢様だから、家から出たくて仕方ないみたい」
「それは困る。由紀と二人で過ごしたいときだってあるじゃない?」
「そういうときは私から言うよ」
「それで引っ込んでくれるの?」
「大丈夫。佳子のところに泊まるから。これまでも家を出た時は佳子のマンションに泊まってたんだよ」
「じゃあここは二つ目のセカンドハウスってことか」
「まあそんな感じだね。佳子はそのあたりの気がつく子だから、『今日は私のうちに泊まろう』と言ってくれるよ」
「ひとつ聞いていい?」
「いいけど、何を?」
「真奈の実家ってホテルとか経営してるじゃない?」
「うん」
「だったらわざわざ由紀の社員割引なんか使わなくても、真奈のお父さんが経営するホテルの方が安く泊まれるんじゃない?」
「ああ、そういうことね。実は真奈のところだったらタダで泊まれるよ。でもね、真奈は会社の人ばかりで落ち着いて旅行をした気分にならないんだって。そりゃ部屋もタダで食事もタダかもしれないけどわざわざ顔を知ってる支配人が出てきてお嬢様お待ちしておりましたと挨拶されるのも窮屈だろうけどね。だから普通の旅行がしたいんだって」
なるほど、いくつもリゾートホテルがあってもそこに泊まらないのはそういうことか。そんなお嬢様なのにホテルの食事代無料サービスに飛びついたり、庶民的なところがあったりして面白い。
「お嬢様にはお嬢様なりの悩みがあるんだね」
昨日のご乱心ぶりもお嬢様暮らしの反動なのかなと思う。
「でもケンは、なんで真奈じゃなくて私だったんだろう?」
「どういうこと?」
「たとえば飲み会とかでも3人が一緒にいると第一印象で真奈に行く男の人が多いんだけど、ケンはあまりそういう感じに見えなかった」
「よくわからないけど、周波数かな?」
「周波数?」
「人ってみんなそれぞれ波長が違うじゃない?その波長が合えば過ごしやすいし、合わなかったら過ごしにくい。さっき由紀がこの人と付き合う予感がしたって話をしてたけど、それと同じようなもので、この人とはチューニングが合うかもしれないって思ったよ。真奈ちゃんは美少女だし、佳子ちゃんはしっかり者だけど、やっぱり自分は周波数が合うのが第一。そして今はそれは間違ってないと思う」
「私も、最初の予感は間違ってなかったって思ってるよ」
「今は二人で楽しくやっていこう。東京に帰ることになってもそれが原因で別れることはないから」
「うん、私も今はそう思うし、ケンのそういうところ、大好き」
「考えてみたら、由紀たちに巡り合わなかったら僕は今でも八重山を旅してたのかもしれないね」
「他にもっといい人、見つけてたかもしれないよ」
「誰も見つけられずに悶々としてたかもしれないよ」
他愛ない会話だけど、今はそれが幸せだ。
由紀の手を握ったまま、1ヵ月半後、東京に帰ってからこの幸せをどうやって維持していこうか、僕の頭の中はそのことを考えていた。
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翌朝、男子1人女子3人はほとんど同時に目覚めた。無茶して飲んでないので二日酔いもないようで、昼前になってから由紀は遅番の仕事に、真奈と佳子は自分の家に(やっと)帰って行った。夕方から佳子は塾のバイトだそうである。
考えてみたら本当の意味で一人になるのは沖縄に来てから今日が初めてである。しかもバイトもない。本当に白紙の一日である。
部屋を片付けてしまうと特にやることもないので、自転車に乗って由紀の職場に行ってみることにした。本人は来ないでと言っていたが、わからないようにこっそり行くぐらいは大丈夫だろう。
とはいえ思ったより道が複雑で、途中でわからなくなってしまい、バスで15分ぐらいのところを30分もかかってしまった。ママチャリとはいえ遅過ぎである。
聞いた話では由紀は婦人服売り場にいるらしい。婦人服売り場に男が一人で入ると目立つことこの上ないので、ハードルが高い。遠くからチラリとそれらしい人影を見ることはできたが、接客中のこともあり、由紀だとは判定できず、結局地下の食品売り場で夕飯に使えそうな総菜など買って帰るだけであった。我ながら情けない。
しばらくして由紀も仕事から帰ってきて、いきなり「今日私の職場に来たでしょう!」と詰め寄られた。「行ったけど遠くから見ただけだよ」というも、「来ないでって言ったじゃない!」と言われる。そこまで言われるのもどうかと思ったので、「ちょっと見に行っただけだし、だいたいなんで接客中なのにわかったんだよ?」と聞くと、自分がチラリと見てすぐに帰ろうとしたところ、たまたま由紀と同じ売り場の同僚がそれを見ていてきっとあの人が新しい彼氏に違いないと引き止めようとしたとのこと。自分がすぐに去ってしまったので引き止めることはできなかったが、その人から容姿などを聞いて確信したとのこと。
「ごめんね。でも頑張っている由紀を見たかった」と言うと、「紳士服売り場だったら自然に話ができたのに、こっちこそごめんね」と逆に謝られた。本当にいい子だと思う。でもたまに見に行こう。
夕飯を食べると、早めに寝た。明日は僕もバイトだし、由紀も早番である。
でも、その次の日は由紀も僕も一日フリーである。どこに行こうか楽しみである。




