代々伝わる書物
セリア様が戻ってきたのは、それからしばらく経ってからだったらしい。らしいというのは、私が目を覚ましたころには、もうセリア様が戻ってきていたからだ。
セリア様とラウールの話し声が夢見心地な私の頭に届き、目を覚ました。私の視界には真っ先にベッドに伏せ、すやすやと眠るアリアの姿が飛び込んできたのだ。顔をあげると、ラウールとセリア様が私が起きたのに気付いたのか、こちらを見る。ノエルさんは部屋の入り口で腕組みをして立っていた。
「ごめんね。起こしてしまった?」
セリア様が申し訳なさそうな表情で私を見る。
私は首を横に振り、アリアを起こさないようにゆっくりと体を起こす。
「終わったんですか?」
「だいたいわね。ただ、一度アリアを休ませないといけないから、戻ってきたのよ」
彼女は寝返り一つ打たない。
余程疲れたのだろう。
「そろそろあなたも戻ったほうがいいわよ」
「そうですね」
何気なくカーテン越しに窓の外を見ると、日が完全に落ちてしまっている。
彼にも長い時間ここに居座らせてしまったようだ。
ラウールの視線が私に戻る。
「体はまだきつい?」
「起きたばかりで良く分からないけど、さっきよりは楽になったと思う」
「そうか。よかった。しばらくはゆっくりしたほうがいいよ」
彼はそう言うと私が頷くのを待っていたかのように、ノエルさんと一緒に部屋の外に出ていく。ノエルさんに町の外まで送ってもらうのだろうか。
「街のほうはどうですか?」
「結構破損されているけれど、大丈夫よ。少しずつ修復も始まっている。動植物も含めて何人か重症化していたけど、アリアの魔法で治癒できたわ。けが人は出ていたけれど、現時点では死人も出ていない。今は患者も見当たらないけど、国の方で調査もしてくれるらしいから、私達も帰りましょうか」
私はほっと胸をなでおろし、セリア様の言葉に頷いた。
「重症者ってどれくらいいたんですか?」
「50人程ね。動植物の数も合わせればもっと跳ねあがる」
「それって多いですよね」
「仕方ないわ。こんな状態だもの」
私達が花の国に行かずに、もっと早めにこちらに戻っていたら、早めに治療に取り掛かることができたのだろうか。
自分の行動への後悔はあるが、花の国とアリアの抱えている何かを見れたことだけはよかったと思っている。
「アリアはそれを全部治療を?」
セリア様は頷いた。
「すごいんですね。ローズくらいしかそうした治癒はできないと思っていました。それに魔力もかなり消費しただろうし」
セリア様はアリアの髪の毛に触れる。
「怪我以外の治癒ができるのは、本当に稀よ。私もできないもの。ただ、魔法で治癒しようとすると体に負担がかかってしまうのよね。彼女くらいの魔法の素養があってもね」
ローズが以前寝込んでいたことを思い出す。
それなりに体にリスクはある魔法なのだろう。
少しだけ私の植物に関係する力と似ている気がした。
「アリアはどこかで見てもらわなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫。疲れているだけよ」
その時、アリアの身体がぴくりと震える。彼女はゆっくりとまつげを震わせ体を起こした。
「体はどう?」
「少し良くなったよ」
彼女はあくびをして、首を左右に動かす。彼女の青い瞳に涙が浮かび上がる。
「一度帰りましょうか。また、明日も見に来るけど、一通り大丈夫だと思うわ」
そのとき、部屋がノックされ、ノエルさんが戻ってくる。
セリア様が帰ると告げると、彼は首を縦に振る。
「また、いつでも来るといいよ。今日は本当に助かったよ」
私はノエルさんの言葉に頸を横に振る。
「最悪の事態にならなくて良かったです」
「俺が町の外まで送ろうか?」
「私が使うよ。転移魔法はそんなに負担もかからないから大丈夫」
アリアは涙ぐんだ目でそう言葉を綴る。
「すぐに戻ってくるから、ジュースを用意しておいてね」
アリアの言葉にノエルさんは頷き、彼女は転移魔法を詠唱した。
私達が戻ったのはルーナの、私の部屋だ。ベッドに座っていたためか、ちょうど私がベッドに座り込む形となっている。偶然なのかもしれないが、すごいタイミングだ。
「このまま眠っておいたほうがいいわ。お風呂も明日以降にしなさい」
「そうですね」
転んだりしたため体が汚れているのは分かっているが、さすがに今からお風呂に入る気力はなかった。
私がベッドに横になると、セリア様は毛布をかけてくれた。
「しばらくゆっくり休みなさい。明日になっても起きられないようなら、ジョゼにも言っておくわ」
私がお礼を言うと、彼女は部屋を出ていく。私は短くため息を吐く。
植物を呼び出すのがこんなに負担がかかるとは思わなかった。
だが、後悔はしていない。
自分の力が役に立ってよかった。
今日は諦めるが、明日はお風呂には入りたいけれど。
アリアが私のベッドの上に座る。
「お疲れ様。今後のことは私とセリアで策を練ってみるわ」
「分かった。植物を呼び出すたびに、ずっとこんな感じなの?」
「身体が順応するか、花の国に入って、知の書を取り込めば、負担も随分と軽くなるはずよ」
「知の書?」
「植物を呼び出すのが容易になる、花の国に昔から伝わる書物よ。使い方などはあの国に帰った時に説明するわ。今、話をしても実物を見ないとぴんと来ないだろうしね」
「ありがとう。何かいろいろと複雑だね」
「迷惑かけてごめんね」
アリアが小さな手で私の額をなぞる。
「アリアが謝ることじゃないよ。今日、助けてくれてありがとう」
アリアの目にうっすらと涙が浮かぶ。彼女は涙を腕で拭う。
「感謝なんて必要ないよ。私は当然のことをしただけなの。今からエペロームに戻るよ」
「でも、疲れているんだよね。大丈夫?」
「ノエルの家で眠るから大丈夫。重症者がいたら、すぐに治療したほうがいいから。セリアにもその話はしているから、何かあったらセリアに頼んでね。本当は魔法で治してあげられたらいいんだけどね」
「いいよ。眠っていれば大丈夫だもん」
「分かった。またね」
アリアはそう言うと、姿を消す。
私は天井を視界に収め、ほっと息づいた。
今日はいろいろなことがあった。
ポワドンのときのようにもうダメだと思ったけど、何とか助かった。
アリアとラウールに面識があったことも知ったし、花の国の近くまでたどり着くことができた。
私には場所がよく分からないけれど、アリアやラウールには分かっているのだろうか。
こうして戻ってきてしまったが、再び花の国に行くことができるのだろうか。
ああやって涙を流すほど、何かを思っているアリアを国に連れて帰りたい。
今までは周りに流されて、なんとなく花の国に携わらなくてはいけないと思っていた。
でも、今は自分の意志でそう考えていた。
そのために、まずはあの要塞をどうにかしないといけない。
植物に認めてもらうなんて何をしたらいいのだろう。
そして、認めてもらい、要塞を崩せたとしても、王妃の直属の部下と言われる彼らもあのままにしておいていいのだろうか。
あの要塞を破れば、彼らに国に侵入される機会を作るのではないだろうか。
今は何をどうしたら完璧なのか分からないが、私なりに考えてみよう。
瞼が重くなってきたこともあり、今は体力の回復を優先させるためにそれに抗わずに眠りに落ちて行った。




