王都ブレソール
リリーは転移魔法を使えるが、それは一度言った事のある場所限定らしい。彼女はこれから向かう王都には足を踏み入れた事がないため、途中まで転移魔法で移動し、歩いていくことになった。
人間と妖精の国はほど近く、太陽が沈むまでにはなんとか到着するだろうということだ。
森の歩きながらリリーは簡単に現状を説明してくれた。
「アルバンとジャコはこの大陸でも有名な用心棒なの。依頼主のためなら、殺しでも何でもするわ。アルバンは殺しがある依頼ながら、その依頼料を割り引くと言われる程、殺しが好きなの。ジャコは人間世界では数少ない魔術師よ。あいつは相手の魔力を封印できる魔法を使えるの。だから、私はアルバンだけなら対処出来るけど、ジャコとは相性が悪い。妖精はみんな魔法が使えるから、ローズはジャコが見張っていると思う」
「人を殺しても罪に問われないの?」
「人間の世界の法律は良く分からないけど、正当な理由があればいいという話を聞いたことがある。それに見つからなければ罪にはならないでしょう。一番厄介なのは、人間が人間以外のものを殺しても罪に問われることがないという話よ。だから、人外の依頼であれば、彼らは喜んでこなすわ。下手したら私は殺されると思う」
私はリリーの言葉にぞっとする。人間に用はないとジャコがいっていたのはそういう意味もあったのかもしれない。だが、そういう場所にローズがいるとなれば、別の意味で鳥肌が立つ。
アルバンとジャコはああいったが、早く彼女を助け出さないといけない。
「彼らの家は分かっているの?」
「問題はそこなんだよね。アルバンとジャコはお金のために動く。だから、誰かが大金をはたいてそれを依頼したということなのよ。恐らく王女の病気を治すと国からの報奨金もあるとは思うわ。でも、その報奨金だけで彼らが動くような大金を出せるとは思えない。だから、彼らが単独で動いているのではなく、それ以上に、国王や王女に恩を売りたい人間が動いていると思うの」
そう考えると、随分と探す対象は絞られる。
「あとね、あいつらを雇う程の大金を出せる家は多くはない」
「どうしてそんなことまで知っているの?」
「妖精の国にアルバンとジャコが売り込みに来たのよ。自分達を雇わないかとね。もちろん断ったけど、その時の提示した金額が、城で雇われている魔術師並なの。そんなものを払えるなんて一部の人しかいないはず」
この国では城お抱えの魔術師になれるのは、魔力を持つ人間の中でより一層厳選されるらしい。その給料も高額だという。
「高値で提示した可能性はないの?」
「なくもないけど、私達の国は豊かには見えないでしょう。だから、そんな金額を提示しても仕方ないと思うの」
リリーの言葉に納得する。
その時、リリーの足が止まる。ここが人間と妖精の国の境界線だ。妖精はその多くがここから外に出た事はないらしい。
私が先に境界線の外に出ると、リリーもついてきた。
「意外にあっさり来られるんだね」
「国境なんてあってないものだろうからね。だからこそ、あいつらも頻繁に入って来れる」
線引きされているわけでもなく、いつの間にか飛び越える事も可能性としてありそうだ。
それから草木の多い道に入り、人間の城への歩を進める。
その間に人間の国についても少し聞いた。この大陸はエトワールと呼ばれており、どの種族も共通してそう呼んでいるそうだ。そして、妖精の国に一番近い町は王都のブレソールだ。人間の国の首都であり、そこにお城もある。王様や女王様も住んでいるらしい。
太陽が徐々に傾きかけているのに気付き、私達は歩を早めた。太陽が沈み切ってしまえば、城の中に入れなくなるそうだ。
「私の両親は人間に殺されて、早くに亡くなったの。今はローズの護衛役としてお城で暮らしているけど、それまではアデールさんが面倒を見てくれたんだ」
リリーはそう言葉を漏らす。
彼女が初対面の時に、嫌悪感を全面に押し出した理由に気付く。
「私の事は憎くないの?」
「だって、良い人間と悪い人間がいるのは知っているの。美桜は良い人間だと思う」
彼女は屈託なく笑う。
みんなそうやって気持ちにけりをつけているんだろう。
その時天に向かって伸びる大きな城が現れる。その城を取り囲むように町が広がっているらしいが、城壁に囲まれ、その中を伺うことはできない。町に入るのは、兵士のいる門をくぐる必要がある。
私も覚悟を決めよう。ローズはもっと怖い目に合っているのだ。
二日という期間は、彼女を救い出すには短すぎだが、彼らの要求を満たせない以上、助け出すための時間制限だと考えないといけない。
「行こうか」
私は歩き出したリリーの腕をつかむ。
「とりあえず私が中を見てくる。状況を把握してまたここに来るよ。大丈夫そうなら、リリーも中に入ろう。しばらく妖精の国に帰っていても大丈夫だよ。時間かかるかもしれないし、人間に見つかったら危ないもの」
「そっちのほうが安全だよね。警戒している可能性もあるか。でも、私も待っておく。できることがあれば、教えてほしいの」
「分かった、リリーはどこかに隠れていて。でも、万が一もどって来なかったら、一度妖精の国に戻ってね」
リリーが頷いたのを確認し、私は深呼吸をすると、目の前に広がる橋を渡り、町の中に入った。
門の中には兵士がいたが、一瞥するだけで通してくれた。
私は中に入るとその町並みを仰ぎ見る。
町の中は多くの人で溢れている。大陸の王都だけあり、その店も豊富だ。果物らしきものを売っているお店、雑貨を扱う店など、傍を通るたびに思わず視線が横にそれる。
家々は木造建築で出来ており、壁にも目立った着色はない。日本の昔の家を連想させた。
「アルバンとジャコと、アデールさんの薬」
自分のやるべきことを頭の中で整理する。
まずは二人の行き先を探そう。
だが、道行く人に用心棒の名前を聞いても警戒されるだけだろう。
この世界の人間は私の知る人間と同じだとは限らない。覚悟はしておいた方がいい。
街中に大きな家はあるが、それがどの程度の金持ちの家かは分からない。
そんな決め付けで家々を尋ねようものなら、私やローズの身の危険が迫る可能性もある。
「王女様の誕生祭はことしは中止かね」
私はその言葉に思わず反応する。話をしているのは少し年配の女性だ。茶色の髪を後方で一つに結った女性、彼女より一回り程年配の女性だ。彼女たちはワンピースのようなものを身に付けている。
「もう三ヶ月か。そうでしょうね」
王女の病気。それがすべての発端なのだ。
妖精の国に広がっているよりも、この国の人間のほうが王女の病気についても詳しいだろう。それに王女の病気が治れば、あいつらはローズを開放すると言っていた。
私はそこに現状を打破するヒントがあるのではないかと思い、勇気を出してきいてみることにした。
「王女様の病気ってどんなものなんですか?」
「あなたは旅の人?」
私は頷く。
「若いのに大変ね。何でも高熱を出し続けて、幻覚を見ているとか。物騒な病気を持ちこまないでほしいけど、王女様だから仕方ないのかね」
「それは言葉が過ぎるわ。誰かに聞かれたら大変よ。私達はこれで」
髪の毛を後方で結った女性が、そう言い残すと、町の中に消える。
その彼女の病状が何か引っかかる。だが、私にはその明確な理由が分からない。
手がかりをつかめそうでつかみそこない、肩を落とす。
だが、落ち込んでばかりはいられない。
その時、私の視界に数多くのツボが並んだお店が目に入る。何となく薬屋ではないかと思ったのだ。もう夕方だ。アデールさんの薬を見付ければ、リリーの心配の種も一つ減らせると考えたのだ。
私はその店に行くことにした。
人の良さそうな中年の男性が出てくる。
だが、文字が読めないので薬屋だと断定せずに、聞いてみる。
「薬を探しているんですが、薬屋はどこにありますか?」
「それならうちで探すといい。うちは三百年続いている店だからね。その効果には自信があるよ」
おじさんは得意げに語る。
まずは当たりだ。
「私の知り合いが熱を出して、うなされているんです。何かを言おうにも上の空で、手足が痙攣していて、見ているだけで不安で」
「それって、エリス王女の症状に似ているな」
「そうなんですか?」
「エリス王女が倒れて、真っ先に内に依頼が来たんだよ。でも、先祖代々伝わる秘伝の薬の作り方には、そんな治療法はないし、あれこれ調合しても効果がなかった。あれは呪いの部類だよ。ここだけの話だけど、妖精が呪いをかけたって話だよ。たまにこの国ではそういう症状に悩まされる人がいるんだ」
「そんなことは」
私は否定しようとして、我に返る。
少なくともさっきの女性は病気として理解していた。だが、彼は呪いと言っている。立場や人脈によって捉え方が違うのだ。
「エリス王女が呪いをかけられているって誰から聞いたんですか? 私、変な病気だと聞いていたんですが」
「一般の人の間ではそういうことになっているが、バイヤールさんが言っていたんだ。城ではそういう噂が立っていると、ね。本当に妖精は困ったものだよ」
「その人ってお城に出入りしているんですか?」
「幅広く商売をしている人だからいろいろなところにつてがあるんだよ。金持ちなのに飾ったところのない良い人なんだ。バイヤールさんの息子とエリス王女は将来婚約するという噂もあるくらいだから、国王に近い人間なんだよ」
リリーの分析結果に合致する。
私はアルバンとジャコのことを聞こうと思ったが、口を噤む。
評判が良いならば、そういう人間とつるんでいるとは知られないようにするだろう。
「その人の家ってどこにあるんですか?」
おじさんは彼らの家を教えてくれる。
「でも、最近、あの人の家には屈強なやつらが出入りしているという噂もあるから、出来るだけ近づかないほうがいい」
私はおじさんにお礼を言いバイヤール家に行くことにした。