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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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今、すべきこと

 背後で草木のざわめきが聞こえたが、私は目の前の光景に言葉を失っていた。


「マテオ」


 彼の名前を呼ぼうとした私の口をロロが抑えた。


「声を出すな。見つかった。少なくとも三人はいる」

「でも」

「分かっている。相当まずい状態なのは分かるが、恐らく彼だけが怪我を負っているとは考えにくい。一度、外に出て、誰か救援を呼ぼう」


 水のある場所で漂う異臭。私は今の状況に似た話をどこかで聞いたことがあった。ポワドンについて話をした人はそんなに多くない。その時、私の中にあの指輪を落とした人の言葉が過ぎる。川からは程近い場所で何かの匂いがした、と。あの人が言っていた匂いというのはオーガの体が腐る匂いだったんじゃないだろうか。


 あの後、指輪の件が片付き、それで終わったと思っていた。だが、男性の言っていた話は何も解決していない。オーガ達が急に男性を襲った理由。それはオーガの遺体を見られないためだとした理屈が通じる。


「ロロさん、美桜さん」


 さっきのオーガが私達を呼ぶ声がした。


 ロロは無言で私の手を引くと走り出した。彼はどこに行っているのだろ。私は今の場所もこれからすべきことも分からず、ロロについていく。途中で景色が見慣れたものになる。その先にはあの土で固められた場所があったのだ。あれを破壊できれば、外に逃げられる。


 そう思った時、ロロの足が止まる。彼は急に横に方向を変えた。

 その直後、私達の目の前にある木が大きな音立て倒れたのだ。その木の向こうに赤い肌のオーガが立っていた。彼の手には棍棒のようなものが握られている。背後からも地鳴りが聞こえ、振り返ると三人のオーガがこちらに向かってかけてくるのが見えた。その中には私たちをあの場所に案内してくれたオーガもいる。


「やはり最初から殺しておくべきだったな。死因などいくらでも理由をつけられるのだから。あの王子の知り合いということで躊躇はしたのが間違いだった」


 正面にいるオーガが不敵な笑みを浮かべた。

 ロロは私の手を引き、奥へと逃げる。私達の走った場所を複数の足音が追いかけてきた。


「右手に逃げろ。そこから穴までの道のりは分かるな?」


 私は頷いた。


 ロロは私の手に何かを押しつける。そこにはあのルイーズからもらったという黒い石と、球形のもの三つがある。


「これはお前が持っていろ。あの眠り薬だ。できるだけ引き寄せたほうが、効果は絶大だが無理はするな」

「ロロの分は?」

「三個持っているから、大丈夫だよ。あの出口から外に出て、右手に行けばフロリという小さな村に出るはずだ。そこで警察に行き、ルイーズの友人だと言い彼女をよんでもらえばいい。そして、ルイーズに事情を話して、できればラウールを連れてきてくれ」

「でも、ロロを置いて逃げるなんてできない。一緒に行こう」

「一緒に行動すると、恐らく二人とも死ぬ。お前がいるより俺一人の方が動きやすい。それに、もう目の前で誰も死んでほしくないんだ」

「それなら、ロロが行ったほうがいいよ。私、土地勘もないし道に迷うかも知れない」

「お前があいつらを引きつけるのは無理だと思う」


 彼の瞳は今まで見たことがないくらい真剣だった。

 何かを覚悟したような瞳に嫌な予感が胸中を過ぎる。


「頼んだ」


 ロロに背中を押され、私は右手に走り出す。大きな足音がこちらに向かうが、すぐに止まった。


 恐らくロロが足止めをしたのだ。ロロの状態がどうかは確認できない。足を止めれば、追いつかれるかもしれない。だからこそ、私は足がもつれそうになるほど、全速力で走り続けた。ここを逃げ出したら、ルイーズに連絡を取ればどうにかなる。だが、その間ロロはどうなるのだろう。アリアに魔法で送ってもらったとしても、それなりの時間は要する。


 その時、私の視界に金属の棒が刺さった別のオーガの遺体が映る。何がこの国で起こっているんだろう。それも、遺体の状況を見る限り、かなり前から。そして、どれくらい、私達の敵となるオーガが潜んでいるのだろう。


 私は足を止める。オーガが追ってくる姿は見えない。


 私がここにいて、どうにかなるわけでもないのは分かっている。リリーのように魔法を使えないし、ロロのように運動能力が高いわけじゃない。ラウールやテッサのように剣が扱えるわけじゃない。そもそも私が気付いたから、ロロを危険に巻き込んだのだ。本当なら、無事に抜け出せたはずなのに。だからと言ってマテオさんを放置しておくことはできないけれど。


「アリア、誰でもいいの。あなたが連絡を取れる人がいない?」


 アリアは私の前に現れる。


「何の話?」

「私、ロロのところに戻る。だから、誰でもいい。助けを呼んでほしいの」


 何かがぶつかる音がした。ロロの走っていった方向だ。彼が被害に会っているとは限らない。だが、あれだけの数のオーガに囲まれて、無事でいられるとは思わない。


「ごめんなさい」


 私は短い謝罪の言葉を述べると、あのオーガの屍に刺さる金属の棒を抜いた。

 少なくともこの棒でオーガを仕留めたということは、地の力はどうであれ、突き刺すのに必要な物理的な強度は満たしているということだ。


「戻る気なの? 美桜が行っても役に立たないよ」

「このままロロが死んだら、私は一生後悔する」

「死ぬかもしれないのに?」


 私は頷いた。


 戦いなんてしたことがない。それどころ喧嘩だけでも見ているだけでも怖い。オーガの集団の中に飛び込んでいき、自分だけは無事でいられるなんて考えない。でも、今いかないといけない気がしたのだ。それができないのなら、本当に私は生まれてきてはいけなかった子だとしか思えなくなる。それこそ、おばあちゃんが私に良く言って聞かせたみたいに。


 アリアが一瞬、微笑んだ気がした。その彼女の姿が目の前から消える。


 誰かを呼びに行ってくれたのだろうか。私にはそう信じることしかできなかった。

 再び、何かが地面にぶつかる音が響いた。地面が大きく揺れる。

 私は金属の棒を握りしめると、その音のした方向に向かって走り出した。


 先程より一人増えた五人のオーガが何かを取りかこむように立っている。その中心にいるのは間違いなくロロだろう。

 私はロロからもらった道具を彼ら目がけて投げることにした。

 ただ、問題は距離だ。自慢じゃないが遠投なんて自信がない。はやる気持ちはあるが、ロロを確実に助けるためには一歩でも彼らに近付いて投げる必要がある。私は立ち並ぶ木々に身をひそめ彼らとの距離を縮めていく。


 後少し。私はあと三歩程距離を縮めてから投げようと決める。

 ロロからもらった道具を握りしめたとき、一人のオーガが斧を振り下ろすのが見えた。


 私は木の影から飛び出すと、彼らとの距離を一気に縮め、それを投げつけた。一人のオーガに直撃し、そのオーガが右に倒れた。そして、幸いにも隣のオーガを巻き込み、そのオーガは手足をばたつかせる。他の三人のオーガが私を睨む。残りはあと二つ。一つ足りないが、まずは数を減らすことだけ考えよう。


 一人のオーガが地面を震わせ、巨体に似合わないスピードで駆け寄ってくる。私はそのオーガに投げつけた。白い粉が蒔き散った直後、そのオーガが倒れる。後方からやってきたオーガはそのオーガを踏みつけ、私の体に棍棒を叩きこもうとした。


 とっさに後ろに下がり、一か八かでそれを投げる。棍棒が私の半歩手前で振り下ろされ、地面にめり込んだ。だが、二秒後、オーガの体も地面に倒れる。何とか間に合ったようだ。


 あと一人。だが、前方に先程までいたはずのオーガがおらず、額から血を流したロロがうつぶせになっているのが見える。私がロロに駆け寄ろうとしたとき、背後で草を踏みしめる音が聞こえた。振り返った時にはもう棍棒が目と鼻の先にあった。


「よけろ」


 ロロの声が響き、私は無我夢中で右手に逃げた。



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