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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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彼らの標的

 部屋を出ると、私の斜め前の部屋の扉が開いていた。その部屋にさっと灯りが灯る。そこはテッサの部屋だ。彼女が何か酷い目にあっているのかもしれない。


 私は足音を殺し、その部屋を覗き込もうとした。だが、その私の目と鼻の先を銀色に輝く剣がかすめる。急なことに思わず悲鳴が飛び出しそうになるが、何とか声だけは堪えた。


 その剣が不規則な軌道を描き、地面に落ちた。その剣を握っていたのは華奢な指先だ。


「テッサさん」


 私は部屋の中を覗き込み、その剣を手にした女性の名前を呼ぶ。


「ごめんなさい。魔法をかけられたのかすごく眠くて。彼らの仲間だと思ったの」


 彼女の部屋の男が二人倒れていた。一人は地面に顔をつけ、うつぶせになっている。もう一人は壁に貼り付けられたようにくっついていた。二人の男は身動き一つしない。彼女は眠気を堪えながらも、男から身を護ったのだろう。


「姉さん」


 壁に這いつくばるように低い声の大きな体をした男が現れる。ブノワだ。


「無事だったのね。良かった」


 彼は目をこすりながら頷く。


 私がさっき感じていたのと同等の眠気を感じているはずなのに、この二人は男たちを退けてしまったんだろうか。私が二人の会話に驚いていると、彼女の部屋のガラス戸に人影が見えた。私がそれを口にする前にテッサの部屋のガラスが砕け散る。


「危ない」


 そう叫んだ私の言葉を打ち消すように、ブノワがテッサの部屋に入り込み、テッサとガラスの間に立ちふさがった。


「ブノワ」


 ガラスが無数の破片となり、室内に飛び込んでくる。そのガラスの隙間から、風の刃が窓の外で駆け抜けるのが見えた。男のうめき声と、草の踏みしめる音が響く。刹那、私の体がふっと軽くなる。睡眠の魔法が解けたのだろうか。視界の隅で男が一人逃げるのが見えたが、私の目は男の後ろ姿を追う余裕はすでになかった。テッサも床に落ちた剣を手にブノワに駆け寄った。


ブノワの身体には無数のガラスが突き刺さり、随所が赤く染まっている。彼は息を荒げている。


 テッサは彼に駆け寄ると、その体に触れた。


「どうしよう。ルイーズもいないし、夜だからラウールにも連絡が取れないし、おじさんも城の中にいる。ロロを呼ばないと」


 そういったテッサの声が震えていた。


 ロロなら私が呼びに行こうと思った時、アリアが私に耳打ちする。


「かなり傷が深い。早めの治療が必要よ。私が治すから彼女を遠ざけて」


 私は心の中で頷くと、テッサの腕をつかむ。嘘を吐くのは嫌だが、アリアのことを誰にも言わないようにしている手前、こう言うしかないだろうし、今はブノワの傷を治すのが先決だと思ったのだ。


「私が治します。念のためロロを呼んでください。でも、傷が治っても、どうして治したかだけはきかないでくれると助かります」


 テッサは驚いたようだが、事情が事情だけに何も言わずに頷いた。


「分かった。ブノワをよろしくお願いします」


 彼女は落とした剣を再び拾い上げると、家を出ていく。


 直後、ブノワがその場にあおむけに倒れた。


「ブノワさん」

「大丈夫。眠らせただけ」


 アリアが呪文を詠唱するとブノワの体が白い光に包まれた。彼の体に突き刺さっていたガラスが彼の体から離れ、床に落ちる。彼の傷がみるみるうちに塞がっていく。血の後さえも残っていない。ブノワの体を包んでいた白い光が消える。


 アリアが別の呪文を唱えると、地面に落ちていたガラスが一か所に集約される。


「あとはうまく取り繕って」


 アリアはそう言い残すと、姿を消した。


 直後、茶色の髪の男性がテッサの部屋に飛び込んできた。彼は私を見ると目を見張る。


「そうか。ロロと出かけるのは明日か」


 彼は私がいる理由にひとりでに納得し、仰向けで倒れているブノワに触れる。だが、ブノワの傷は既に塞がり、そこには眠っている彼がいるだけだ。彼は部屋で倒れている別の男を見やる。


「状況を説明してくれないか」

「眠っていたら男の人が急に入ってきたの」


 私は端的にアリアの魔法のことを省き、事実だけを説明する。


「事情は分かったが、ブノワの傷は誰が治したんだ?」


 その言葉に心臓が跳ねた。本当の事を言うべきかどうか迷っていると、足音が家の中で響いた。ロロとテッサが息を切らした状態で中に入ってくる。 テッサはブノワの傍で跪くと、ブノワに触れた。彼女は涙の貯まった目を細める。


「ブノワ、良かった。美桜さん、ありがとう」


 彼女の気持ちは分かるが、タイミングがとてつもなく悪い。彼女の言葉から私が一応治したことになっているのは明らかだ。


「お前が?」


 そう問いかけたラウールの腕をテッサがつかむ。


「それは聞かない約束なの。だから、聞かないで」


 ラウールは問いかけを飲み込んだ。

 すごく強引な気はするが、とりあえずその場を取り繕うことはできたはずだ。ラウールが訝し気に私を見ているのは気になるけれど。


 ロロはブノワに駆けより、ブノワの傷の状態を確認する。


「ラウールも来てくれて、ありがとう」

「既に終わった後だったけどな。まだ幸い起きていて助かったよ」

「ブノワの傷は大丈夫だよ。もう痛みも残っていないはずだ」


 ロロは表情を和ませ、そう伝えた。


 その時、ブノワが体を震わせ、目を開けた。彼はぼんやりとした目で室内を見渡す。その視線がテッサの前で止まる。


「姉さんが無事で良かった」


 彼はそう優しい笑みを浮かべていた。


「本当に無茶ばかりして。でも、ありがとう」


 テッサの目にも涙が浮かんでいる。


「ごめんなさい」


 私は二人に頭を下げた。そもそも私が狙われていることは分かったはずだ。テッサの家に来たため、彼女たちに迷惑をかけてしまった。


「違うよ。美桜さんのせいじゃないの。多分、私のせいなの」


 その時、テッサの部屋の隅にいる男がうめき声をあげる。


「話は後だ。テッサはそいつを見ておけ。後は何人いる?」

「私の部屋に一人」

「僕の部屋には二人いる」

「なら、ロロはこいつの部屋の男を連れてきてくれ。俺はブノワの部屋にいるやつらを回収する」

「僕も行く」


 ブノワはそう言うと、体を起こした。


「無理しないほうがいい」

「大丈夫。もう痛くない」


 私は窓の外から聞こえた悲鳴を思い出す。


「窓の外に一人いるはず。あと一人は逃げてしまった」

「分かった。まずは家の中にいる男たちを一か所に纏めよう」


 ラウールは窓の外を確認すると、そう告げた。


 私は彼らがいなくなってから、窓の外を確認する。窓の外には黒いローブを来た男があお向けになり倒れている。連れてこれたらと思っていたが、比較的細身ではあるが、それなりに背丈があるため一人で抱えるのは難しいだろう。


 その傍からテッサが外を覗く。


「私が連れてくる。彼らを見ていてもらえる? もし、彼らが起きて暴れたら大きな声を出して」

「でも、一人では難しいですよ」

「大丈夫よ」


 テッサはそう言い残すと、部屋から出ていった。


ラウールとロロ、ブノワがそれぞれ男を一人ずつ連れてきた。ラウールやブノワが男を持ちあげるのは分からなくもないが、ロロが自分よりも大きな男を軽々とかついできたのは意外だった。


「テッサは?」

「家の外の男を連れてくると」


 その時、窓辺からテッサが見える。彼女は倒れている男をいとも簡単に担ぎ上げる。細身で華奢な彼女には到底想像できない姿だ。


 その間彼ら四人をロロが縛り上げる。ラウールは彼らに睡眠魔法をかけていた。テッサが戻ってくると彼も縛り、眠らせている。


 そして、ラウールはロロに彼らを監視しておくように言い残すと、部屋を出ていく。辺りに男たちが残っていないか確認するようだ。


「でも、どうしてテッサさんのせいなんですか?」


「護衛だよ。テッサはエリスの護衛につかないかという話が出ているんだ。エリスもそうあってほしいと願っている。でも、テッサにエリスの護衛をさせたくない奴らもいて、そいつらが今回テッサを傷付けようとしたんだろう」


 ロロはため息交じりに呟いた。


「護衛?」

「こいつは見た目と違って、実際めちゃくちゃ強いから」


 そういえば街で襲われた時のテッサの見たときの男たちの怯えようは普通ではない気がした。信じられない気持ちはあるが、今日の出来事も彼女の強さを裏付けていた。


「護衛の権力争いってこと?」

「そういうことかな」


 ロロの言葉にテッサは頷いた。


「でも、アルバン達の仲間の可能性はないの?」

「お前の部屋に一人来て、ブノワの部屋に二人、テッサの部屋に内と外含めて四人男がいたなら、標的はテッサの可能性が高い」


 私は声を漏らす。確かにそうだ。私が標的なら一人はありえない。


 テッサは自らの肩を抱くと、そっと唇を噛んだ。


 その時、ラウールが戻ってくる。


「残りはもういないみたいだな。あと一人も捕まえたいが、まずはこいつらだけを警察に突き出すか。証言を取れば残りの奴を絞れる可能性もある」


 ラウールは厳しい表情を浮かべている。


 あの男はどこに逃げたのだろう。この近くにはもういないだろう。時間が経ちすぎている。それでも、一人でも多く捕まえておけば、テッサが危険な目に遭う確率もぐんと減るはずだ。私はあの男の後ろ姿を脳裏に思い描いていた。なぜか心臓が僅かに熱を持ち、呼吸が乱れる。


 その時、甘い草の香りが私の鼻先をつく。その中に若干血の匂いが混じる。誰かが怪我をしたのかと室内を見渡すが、誰も怪我をした様子はない。ブノワの血の匂いが残っていたのだろうか。


 私はしばらく考えて、それが何の匂いか気づいた。


「今日、ルイーズやロロと食べたクリームの匂いだ」


 ロロが訝しげに私を見る。


「そんな匂い」


 だが、彼はそこで言葉を切った。


「この町であの植物が植えてあるのは、三十八番地区と、四十二番地区。そこにそいつの残党がいるかもしれない。確証はないけど」


 立ち上がろうとしたロロをラウールが制した。


「もうすぐニコラが来るはずだから、それまでロロはここにいてくれ。俺が見に行く。俺が行ったほうが早い」


 ロロはラウールを見て頷いた。


「私も行く。犯人の後姿を見ているから、分かると思う」

「分かった。俺から離れるなよ」


 ラウールの言葉に頷き、彼と一緒にテッサの家を後にした。


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