オーガの少女
三日後、再び私はポワドンに行くことになった。私が部屋を出ると、ちょうどリリーと顔を合わせる。彼女もラウールに送迎の件を伝えるべく、私と一緒に待ち合わせ場所まで来るらしい。
待ち合わせ時刻の少し前にラウールが到着する。彼はリリーを見ると目を見張る。
「お前も行くのか?」
「私は行かないけど、ラウールに話があるから一緒に来たの。いつも美桜を迎えに来るのは大変だから、たまには私が美桜を洞窟か、ブレソールまで連れていくよ。ロロさんにブレソールの外に出てくるように言ってくれれば一緒に連れていけるしね」
「悪いな」
「気にしないで。その時は何らかの方法で前もって伝えてくれればいいよ。美桜をよろしくね」
私達はリリーに見送られ、ブレソールの前でロロと合流し、ポワドンに行くことになった。
私とロロは洞窟のところでラウールと別れ、洞窟に入る。
そして、洞窟を出るとマテオさんが出迎えてくれた。あの宮殿に立ち寄るのかと思いきや、今回からはその目的地に直行するらしい。私達は転移魔法陣に入ると、そのままあの草原にたどり着いた。
「また、昼に迎えに来ますね」
マテオさんはそう言い残すと、再び転移魔法陣に入り、立ち去っていく。ロロは自分の荷物を目立たない場所に置く。
「じゃ、始めるか」
早速作業を始めようとしたロロに私は話を切り出すことにした。この三日間、しっかり勉強をしたし、足手まといにならないように作業をこなせるようになったとは思う。
「提案があるんだけど、二人で手分けしてまとめようよ。そしたら倍の速度で進むよ」
「それは構わないけど、一人で分かる?」
「大丈夫。勉強したし、復習もした。それにわからないときにはロロに聞くよ」
だが、ロロはそれでは不安だったのか、私に実際に植物の名称を答えさせる。三十個程答えた時、ロロの表情が緩む。
「この辺りが分かるなら大丈夫か。わからなかったら呼んでくれ」
私はロロのお墨付きをもらったこともあり、ロロと離れて植物の確認をすることになったのだ。
ロロは適宜地図の確認をしていた。それでも進むにつれロロの確認の回数も減っていき、徐々にペースが上がり、順調に進んでいったのだ。
昼は前回と同じように宮殿で食事を準備してもらう。昼食を食べ、あの広場へ戻ろうとしたとき、マテオさんと私の腰くらいの背丈の子供が入ってきた。黒いアーモンドの瞳が上向きのまつげに縁どられている。髪の毛は後方で一つに縛り、肌はマテオさんと同じ赤い肌をしている。洋服は黒のワンピースのようなものを着用していた。その容姿と服装から女の子なのだろう。
少女は私とロロの前に来ると、頭を下げる。
「これが私の娘です」
「あの病気にかかったという?」
ロロの問いかけにマテオさんは頷く。
少女は指を加えたまま、私とロロを交互に見る。
八歳か九歳くらいに見えるが、マテオさんたちの体の大きさから考えると、もう少し下かもしれない。少女は突然私の腕をつかんだ。私は突然のことに思わず驚き、少女を凝視する。
「サンドラ」
「名前?」
少女は首を縦に振る。
「私は美桜で、彼がロロ」
ロロは私の言葉に反応して頷いた。
「今日はお昼から暇をもらったので、良ければ手伝いますよ」
私はどうこたえていいのか分からずにロロを見る。
ロロは頷くと、マテオさんを見る。
「手伝ってくれたほうが早く終わるし、助かるよ」
ロロは彼の提案をすんなり受け入れていた。ロロがそう決めたのなら、それで良いと思ったのだ。
サンドラもついてくると言ったため、四人であの草原に戻ることになった。
草原についたサンドラは私の腕を引く。
「お姉ちゃん、あっちに綺麗なお花があるの」
「サンドラ、邪魔はしないように」
マテオさんが注意すると、彼女はしゅんとなり、肩を落としていた。
ロロは私に目配せする。相手をしてやれということなんだろう。
「構いませんよ。何かあったら呼んでください」
私がサンドラにその花について聞くと、彼女は目を輝かせ私を草原の奥に連れていく。その先にはピンクの花が咲いていた。確かドレーという花で、この辺りに良く咲いている花らしい。
「ドレーだよ。一年中花が咲くの」
甘い香りが鼻腔をつき、思わず微笑んだ。
今度は私は別の場所に連れて行かれる。そこに咲いていたのは黄色の花だ。
「この花はマエリで三ヶ月に一回咲くの」
観賞用で、食用には適さず人間には毒になるとロロの本には書かれていた。
他にも彼女は花についていろいろ教えてくれた。マテオさんは見識があったようなので、彼に教えてもらったのだろうか。
「お花のこと、詳しいね」
「ドミニクに教えてもらったの」
「友達?」
マテオさんの名前が出てこなかったことを意外に感じながら問いかけた。
サンドラは目を輝かせて頷く。その後、彼女は私に自分の知っている花の名前を教えようとしてくれたのか、草原内をいろいろ連れて行ってくれた。
静かな草原なので、時折ロロとマテオさんの会話が風に流されて届く。ロロは先日私にしてくれたのと同じように、薬草の見分け方を説明しているようだ。マテオさんはもともと見識があったのか、ロロの言葉に頷いたり、逆にいろいろ彼に聞いたりしていた。そして、徐々に調査を再開し、作業のほうを黙々と進めているようだった。
私達は午後の作業を終わらせると、洞窟の入り口まで送ってもらう。
午前に比べると作業の進みは悪かったが、午前に二人で別れて作業をしたことや、午後、マテオさんとロロが一緒に進めてくてたため、当初の予定よりは大幅に進んでいた。
出口まで送ってもらった時、マテオさんは深々と頭を下げる。
「今日はサンドラが迷惑をかけてしまってすみませんでした」
サンドラはマテオさんの腕をつかみ、私とマテオさんを交互に見る。その後、マテオさんに促され、頭を下げていた。サンドラ自身は不思議そうな顔をしていたので意味がわかっていなかったのかもしれない。
「わたしも楽しかったので気にしないでください」
「お姉ちゃん、また遊ぼうね」
彼女は私の手をぎゅっと握るとあどけない笑みを浮かべていた。
「次は前もって話をしていた通り七日後になると思います」
「分かりました」
私は二人に挨拶をし、ポワドンを後にした。
出口付近まで進んだ時、私はロロに問いかけた。
「しばらく忙しいの?」
「少し遠出して薬草の収穫に出かけたり、それを薬に加工しないといけないのと、ラウールの都合もあるんだ。都合悪い?」
「大丈夫だよ。ラウールには話をしたけど、ポワドンに行くときはリリーが送っても良いと言っていたよ」
「助かるよ。なら四日後でも良かったけど、今更予定を変更するのも悪いか」
ロロもラウールに毎回送り迎えをさせるのを気にしていたのか、ほっとしたような笑みを浮かべる。
リリーに迷惑をかけてしまうことも気になるが、私もロロも魔法は使えないので気にはなる。
アリアは使えるが、そうなったら彼女の存在をリリーやラウールにも言わないといけないし、口止めされているのでそれは難しい気がした。
「それとは別に、三日後は予定ある?」
「ないと思う」
「その日の明け方、ちょっと珍しい場所に薬草の採取に行くんだ。ついてきたいならついてくるといいよ」
「薬草ってあの薬草園じゃなくて?」
「あれとは別だよ。ブレソールから北上したところにあって、国の所有地だからなかなか入れない場所。見晴らしもかなりいいよ。ただ、朝方に行くから、前日からブレソールにいてもらったほうがいいかもしれない」
「行ってみたいけど、宿はあるの?」
「宿はあるけど、まだ一人にするのは心配だから、俺の昔の家に泊まる? 俺も一緒にそっちに泊まるから」
昔の家というのはお父さんが生きていた時に住んでいた家なのだろう。それにまだ、あの人達がわたしを狙っている可能性があるということなのだろうか。
その時、洞窟を覗き込む金髪の女性と目が合う。彼女は私達に気づいたのか手を振っていた。
彼女は私達の到着を待ち、挨拶をする。
「ラウールが忙しいらしくて、私が迎えに来たよ。本当はポワドンに入って挨拶をしたかったんだけど、ラウールに止められたから我慢中」
ルイーズは名残惜しそうに中を見つめている。
「お前は本当、人見知りをしないな。今度のナベラ行きにこいつも連れて行こうと思うんだけど」
「なら、泊まるところが必要だよね。前日は私の家に泊まるといいよ」
私が戸惑っていると、ルイーズは優しく微笑んだ。
「私の家なら変な人達も入ってこないから大丈夫。ロロもそれでいい?」
「そっちのほうが安心かな。ルイーズの住む家に何かしてくるやつはまずいないし」
ナベラという場所に行くならルイーズの家に泊まる必要があるみたいだ。そうロロが言いきると彼女があの土地を買えた理由に改めて気付かされる。
「お願いします」
やはりあのブレソールで襲われかけたことが頭を過ぎり、ルイーズの言葉に甘えることになった。




