形見の品
城から出た私はロロをリリー達のところに案内する。茂みの陰に入った時、ロロの足が止まる。彼はリリーを食い入るように見つめていた。
「えっと、何か?」
リリーは困ったように微笑むと、彼から視線を逸らした。
「いや、少し離れてもらえると助かる」
リリーはロロから距離を置く。
ロロは男性を見て、一瞬首を傾げた。だが、ロロは男性の額に手を当て、眉根を寄せた。そして、男性の上着をめくる。
リリーが戸惑いを露わにして、顔を背ける。
「ちょっとロロ」
私もどうしていいのか分からず、ロロを止める。
「悪い。恐らく、何かに噛まれているんだと思う。俺の予想が当たっていたら、腹部か、足首の部分だと思う。足首を見てくれないか?」
私が男性のズボンの裾をめくると、そこには赤黒く晴れた部位が目に入る。
「それだ」
ロロはバッグから白い包みに入ったものを取り出し、それを男性の足首にかけた。白い粉で男性の足首が白く変化する。
男性がうめき声と叫び声を混ぜたような声を上げる。ロロは男性の口元を抑えていた。
「大丈夫なの?」
「大丈夫。噛まれて毒が回ったんだよ。まずは毒を抜かないとどうしょうもない」
その男性の傷口から黒いものが溢れ出て、白い粉を黒く染めていく。これがロロの言う毒だろうか。
男性の呼吸の間隔が徐々に長くなり、どことなく落ち着きを取り戻したようだ。
「後はこの薬を三日程、念のため傷口にすりこむ必要があるが、じきに気付くだろから、本人に説明するよ」
「ありがとう。お金だけど」
「お金はいいよ。彼を見つけた妖精というのは、あの茂みに隠れている妖精のことか?」
彼の視線の先を目で追うと、オーバンおじさんが茂みからこちらを伺っていたのだ。
「そう。ありがとう」
「でも、お前はともかく、ローズ王女は一応連れて帰ったほうがいいと思うよ。バイヤールじゃなくても、彼女を狙うやつらは多い」
「ローズ?」
私は辺りを見渡すが、ローズの姿はどこにもない。リリーも驚いたようにローズを探してた。
あっけにとられたのはロロで、彼は戸惑いを露わに、リリーを見つめる。
「リリーをローズと勘違いしているの?」
「リリー? てっきりローズ王女だと思っていた。申し訳ない」
ロロは頭を下げる。
「いえ。こちらこそ、急に押しかけてしまってごめんなさい。本当に助かりました」
「でも、なぜローズだと思ったの?」
「ローズ王女は金髪碧眼で、すごく綺麗な妖精だと聞いていたから、てっきり」
その言葉にリリーの顔がほんのりと赤く染まる。
ロロも自分で口にして、それは暗にリリーを綺麗だと言ったのと同義だと気付いたようだ。
妖精の国にも綺麗な妖精が多いと思う。その中でリリーとローズ、そして女王様は別格の美しさがある。
その時、男の人がうめき声を上げる。ロロの顔つきがさっと変わる。
彼はゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。
「ここは?」
「ブレソールの近くです。傷の状態から見るに、毒を持った虫に噛まれたようだが、地下か水気のあるところにでもいたのか?」
「地下?」
男の人は眉根を寄せ、ふうっと短く息を吐く。
「そうか。私は生きて帰ってきたのか」
彼の言葉とは相反し、その表情には苦渋で満ちていた。
「川に妻からもらった指輪を落としたんだ。それを拾いに行こうとしたら、川で何かに噛まれて、頭に衝撃を受けて記憶が途絶えた。ポワドンとの国境沿いにいたから、誤ってその中に入ったのかもしれない」
ロロは眉根を寄せる。
「頭の傷は?」
「記憶が途絶える寸前に治癒魔法でそれだけは治したよ」
「その指輪は諦めたほうがいい。ポワドンなんて、人が行くべき場所じゃない」
ポワドンはオーガという種族が住んでいるとリリーから聞いた。人数が少なく国土も広くはないが、各々が強い魔力と腕力を持っている。ルーナとは離れていることもあり、あまり関わりもない、とリリーは言っていたが、広い国土を持つこの国では隣接しているのだ。
ロロの言葉に、男性は苦い表情を浮かべる。
「私にとっては今の自分の命より大事なものだ。その指輪は亡き妻が残した唯一の品なんだ。折角助けてもらったのに、悪いが私は行かせてもらうよ」
男の人は立ち上がろうとしたが、その場でふらついた。その彼の体をロロが支える。
「三日はゆっくりしないと無理だ。歩くのもままならないし、死にかねない」
「それでもかまわないよ。妻を失った私にとってはあれが唯一の生きる希望だったんだ。一日でも早く取り戻したい」
彼の目は真剣で、心臓の動機が早くなる。
ロロは苦い表情を浮かべる。
「明日以降どうしようが、咎めません。だが、今のままだとポワドンまでたどり着くのも無理だよ。とりあえず今日はゆっくり休んでください。勝手に行くと言いつつ、俺たちにそこまで送らせるつもりなら話は別ですが」
男性も歩くのは無理だと判断したのか、ロロの言葉に力なく頷いていた。
「家が近くなら送るよ」
「セザールに住んでいるんだ」
「遠いな。俺の知り合いに送ってもらってもいいが、ポワドンに行く気なら、一度戻るより、この辺りでとどまったほうが良いかもしれない」
「ブレソールに宿でもとるよ」
「だが、あんたは身ぐるみをはがされているようだよ。ここにお金を貸してくれる知り合いに心当たりでも?」
男性はそこで自分が何も持っていないのに気付いたようだ。
「そもそもなぜ私はブレソールに?」
ロロがオーバンさんを手招きする。
オーバンさんが辺りを見渡ながらこっちにやってきた。
男性はオーバンさんを見て、驚きながらも頭を軽く下げた。
「彼を見つけたのは?」
「リシー川で倒れていた」
「その時の荷物は?」
オーバンさんは首を横に振る。
「見当たらなかった」
「ひとまず、地面の上だと疲れも十分に取れないだろうな。この近くに俺の持つ小屋があるので、そこで今後の話をしよう。泊まるつもりなら、水道も通っているし、ベッドもある。一泊くらいなら問題ないよ」
「だが、見知らぬ人に迷惑をかけるわけにはいかない」
「ここであんたを野放しにして死なれるほうが迷惑だ。俺の評判に関わる」
ロロは私達を見渡す。そのロロの視線がオーバンさんのところで止まる。
「ただ、少し歩くことになるが、手伝ってくれるか?」
オーバンさんはロロの言葉に頷いた。
オーバンさんとロロがその男性を支え、私達はロロの持つ建物に行くことになった。ブレソールから十分くらい離れた場所にあり、小屋と呼ぶには広い建物が構えている。その周囲には薬草と思しき草が並んでいる。以前行っていた町の外にある薬草園なのかもしれない。
彼は小屋の鍵を開けると、私達を招き入れた。
そこは小屋といった感じで、簡素なベッドなどがある。水道などもしっかり通っているようだ。
「とりあえずここで休んでおくといいよ。出ていくのは咎めないが、今日だけは休まないとポワドンにはたどり着けない。俺も今日はここに泊まる」
「本当に申し訳ない」
「まずは、彼にお礼を言ってください。あんたをリシー川から救い出したのだから」
ロロはオーバンさんの肩を叩く。
オーバンさんに男性は丁寧に詫びを入れてた。
さっきから暗い顔をしているリリーを連れ、小屋の外に出る。この辺りは辺りを森に囲まれ、とても自然が多く美しい。
「綺麗なところだね」
私の言葉にリリーが寂しそうに笑った。
「気を遣わせてごめんね」
リリーは地面に屈むと、薬草に触れた。
「私は誰かを好きになったことがないから、その気持ちは分からないけど、なんか悲しいね。唯一、その人を感じられるのが指輪だったんだよね」
彼女は両親を思い出しているのかもしれない。彼女のその表情は、ブレソールに行ったときに家族の話を聞かせてくれたときの表情に良く似ていた。
思い出があるからこそ、こうしていろいろ考えてしまうんだろう。
私には両親との思い出がないけれど、リリーが辛い気持ちでいることは想像できた。
「ポワドンって危険なところなの?」
「オーガには私は会ったことがないから良く知らないけど、殆ど外交のない国だから、外から見ていると正体のわからない怖さがあるんだと思う」
その時、背後で足音がした。振り返るとロロが立っていた。
「俺は少し出てくるよ。夜には戻って来るけど、誰かそれまでついていてくれると助かる。薬はオーバンさんに渡したよ」
「分かった。誰か残るようにするよ」
「助かる。じゃあ」
その時のロロの落ち着いた表情を見て、違和感を覚える。いつも彼が見せるあどけなさはかけらもなかった。何かを決意したような表情だ。
ロロは背を向け去っていこうとした。ふっと私の脳裏にある考えが過ぎり、ロロを呼びとめる。
「指輪を探しに行くの?」
私の問いかけに、ロロは驚きを露わに振り返っていた。




