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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第三章 オーガの国
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魔法の箱

 私は汗を拭うと、診療室のドアをあけた。ちょうど、診療室の整理をしていたジョゼさんと目が合う。


「無事に届けてきました」


「ありがとう」


 ジョゼさんは優しい笑顔を浮かべる。


 私は薬草の管理をリリーの力を借りながらまだ続けているが、他にも手伝いを始めたのだ。それは薬を届けることだ。基本的にお城まで薬を取りに来るのが当たり前となっているが、体調や忙しかったりと、妖精によってはそれが難しいことも少なくない。そうした妖精にはジョゼさんが今まで相手の家に行き、手渡しをしていたが、彼は町の中で転移魔法を使えない。


 そのため、症状が軽かったり、安定している妖精に限定して、私が薬を届けるようになった。三日に一度くらいなので、良い運動になるし、名前と顔が少しずつだが一致するようになっていた。


 空になった箱と、問診した結果をジョゼさんに渡す。彼はそれを机の上に置くと、机の上の封筒を私に渡した。


「そろそろ出かけるんですよね?」


 彼は今から特別な薬草を取りに行くと聞いた。そのために準備が欠かせないらしく、今日は私が薬を届ける役目を担ったのだ。


「これ、美桜ちゃんに渡そうと思って待っていたんだ」


 私は首を傾げ、それを受け取る。


 中身を見て、反応に困っていた。そこに入っていたのはお金だ。


「いいですよ。私はそのために手伝っていたわけじゃないし、それならリリーにあげてください」


「リリーちゃんはいらないと言っていたよ。君も何かほしいものができるかもしれないから、貰っておきなさい。経費は城から支給されているし、大丈夫だよ。手伝ってくれて本当に助かっているんだよ」


 そう優しい笑顔で言われると、照れると同時に断りにくくなってきた。


「ありがとうございます」


 アルバイトをしたことがなかったので、何かをしてお金がもらえるという経験がとても新鮮だったのだ。


 私は問診票の確認をしてもらい、診療室を出る。


 彼に再び会うのは二日後。その間は朝と夕方も薬草の確認をする必要がある。その間、病人が出たときは私も手伝うが、ローズやフェリクス様なども対処するようだ。


 私は彼から預かった封筒を見る。


 この国にいると生活するには全く困らない。貯蓄をするべきなのだろうか。それともお世話になった人や妖精たちに恩返しをするべきだろうか。


 お世話になった人はリリーやローズはもちろん、マルクさんやジョゼさんもいる。他にも女王様やアラン、フェリクス様にもお世話になっているけど、プレゼントを贈るのは気が咎めてしまう。ラウールやロロなども含まれるが、ロロはともかくラウールには何をあげたら良いかさっぱり分からない。テッサやルイーズやアンヌ達を含めると、誰に何を送って良いのか混乱してきてしまってた。


 私は一度、お金を置きに部屋に戻ることにした。


 部屋の前で、ちょうど部屋から出てきたリリーと顔を合わせる。


「今日、ジョゼさんから給料をもらったの」


「良かったね。買いたいものがあれば、買うといいよ」


 私がすっきりしない表情をしていたためか、リリーが私の肩を叩く。


「私の分は必要ないよ。ローズの護衛でお金はもらっているしね。私もほとんどお金を使わないんだもん」


 彼女はそう明るく伝える。


「お金は部屋に置いておいてもいいと思うけど、一つくらいは魔法の箱を持っておいてもいいかもね」


「魔法の箱?」


「クラージュでアンヌのおじいさんが神の涙を入れていた箱があったよね。大事なものは丈夫な箱に入れて、自分以外の人が開けられないようにするの。箱を開閉するのはその人の持つ魔力よ」


「でも、私は魔法なんて使えないよ」


「大丈夫だと思う。誰にでもわずかには魔力があるものなのよ。それを魔法として具現化できるか、否かには個人差があるけれど。ただ、美桜に魔力がない時には、誰か信頼できる者に頼むしかないと思う。魔法自体は私がかけるので気にしないでね」


 信頼できる者といえば、妖精の国でいえば、リリーかローズだろう。でも、そんなことを頼んで迷惑ではないんだろうか。いっそのこと、アリアに頼むと良いかもしれない。


「分かった。でも、箱は専用の箱を買うの?」


 リリーは首を横に振る。


「何でもいいよ。木でも金属でも、紙の箱でも。可能であれば石の箱でもね。どんなものがいい?」


 突然の話にどういうのかイメージがつかない。木の箱でも十分だと思うけど、金属のほうがいいんだろうか。石だと落とした時が怖そうだ。


「そんな急に言われても分からないと思うよ。しばらくはお城から出る用事もないし、ゆっくり考えるといいよ。そもそも盗難自体滅多に起きないからね」


 ローズがいつの間にか部屋から出てきていて、私達と目が合うと優しく微笑んだ。


「そうだよね。アラン様やフェリクス様のいるフロアで盗難をしようなんて物好きもいないだろうし。参考に私の箱を見てみる?」


 私はリリーの言葉に頷いた。


 彼女の部屋に入ると、引出から木彫りの箱を取り出した。だが、手のひらサイズを想像していたが、その箱は辞書が何冊か入りそうな程分厚いものだ。金庫のようなイメージに近い。


「これ、リリーが自分で作ったんだよ。私も一緒に作ったの」


「ということは二人とも手作りなの?」


「そうだよ。マルクさんに教えてもらって作ったの。美桜も自分で作りたいなら、頼んでみようか?」


「作るって、ルイーズのように魔法で作るの?」


 リリーは首を横に振る。


「工具を使って削って作っていくの」


 日曜大工みたいな感じで楽しそう。私は二つ返事でマルクさんに頼むことにした。


 私はお金を部屋に置くと、リリーと一緒にマルクさんを尋ねることにした。ちょうど、食堂に到着した時、マルクさんとばったり出くわす。


「今からお休みですか?」


「休憩で家に帰ろうと思ってね。何か用だった?」


「美桜が魔法の箱を作りたいという話になって、良かったら、手伝ってほしいな、と」


 マルクさんはリリーの申し出に優しい笑顔を浮かべる。


「構わないよ。まずは木材を探しに行かないといけないね。ただ、手続きも必要だから、いつとは約束できないけど、近いうちに木材を取りに行こうか。その時に声をかけるよ」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


「前もってどういう箱を作りたいかを決めておいてくれると、木材を選びやすくなるから考えておいてね。大きさとか模様とか、色を塗りたいなら何色にするかとか」


「考えておきます」


 私達はお礼を言うと、自分達の部屋に戻ることになった。



 私は紙に絵をかき、顔をしかめる。


 昨日からどんな箱が良いのか考えているが、さっぱり見当もつかず、書いては消しを何度も繰り返していた。


 アリアは机の上に座ると、あくびをしながら私の書いた絵を見つめていた。


「箱なんて適当でいいと思うけどね」


「でも、リリーの箱もすごかったし、クラージュで見た箱も綺麗だったもの」


「クラージュのはルイーズが作ったものなんだから、無理よ。リリーと同じのにしたら?」


「真似みたいだから、自分で考えようとしているのだけど、難しいね」


 その時、アリアがふっとベッドの中に身を隠す。


「じゃ、行ってくるね」


 薬草を見に行く時間だ。リリーが身支度を整えて外に出ると、音を聞きつけたのか、アリアはこうして身を隠す。それが良い合図にはなっている。


 私はペンを置くと、部屋の外に出る。そこには白いワンピースを来たリリーの姿があった。


「おはよう。行こうか」


 リリーはこの手伝いを始めてから、一日も休まず手伝ってくれている。


 やっぱりリリーに何かお返しをしたい。でも、彼女に聞けば、そんなものはいらないという返事が返ってきそうな気がした。


 さりげなく喜んでもらえるものってどんなものがあるんだろう。


 リリーはいつもシンプルなワンピースを着ていて、それでも十分綺麗なのだけれど、必要以上に着飾らない。あまりお洒落とかには興味がないのかもしれない。


 森を半分ほど進んだ時、リリーが声をあげる。


「今日、ローズが朝型診療室にいないといけないから、起こさないといけないんだった。先に行っておいてくれる?」


 私はリリーの言葉に頷くと、その場で彼女と別れた。


 私は薬草園に急ぐ。彼女が来るまでに一つでも多く確認しておこうと思ったのだ。


 もともと暗がりは好きではないが、この道を歩くのにも慣れてしまった。


 犯罪とは無縁の町だし、妖精の国に入れるのは一部の生物だけなので、怖い思いをするわけもないという安心感もあったのだと思う。


 私は薬草園に到着し、作業に取り掛かろうとした。その時、少し奥のほうで葉のこすれる音がした。


 何かの生き物だろうか。私の心臓が跳ねる。勇気を出して、その音がした方向に近寄っていく。


 私の胸程の高さのある薬草の影から、小柄なフードを被った何かが飛び出してきた。フードの隙間から覗く、赤い目にじろりと見つめられ、私は一瞬、動きが止まる。


 基本的にここへの立ち入りにはジョゼさんの許可が必要だ。とりあえず名前を聞こうと思い、話しかけようと決める。その人の唇が何かを呟いた直後、私の意識が途絶えていた。


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