様々な文化
「チェーンは巻かなくていいの?」
「こんなところには誰も来ないよ。昔はもっとテオ領が近かったからその名残だよ」
彼女は私の問いかけにそう笑顔で答える。
彼女は鍵で扉を開けると、家の中に入った。彼女の後に続いてはいると、私の部屋くらいありそうな広々とした玄関に出迎えられる。
「広い家だね」
私はあっけにとられてそう言葉を漏らした。
「昔はこの土地に私達家族だけが住んでいたから、土地が余っていたんだよ」
「今は住んでいないのってもったいないよね。まだ住めそうなのに」
リリーは家の中を見渡し、そうため息を吐いた。
「その気持ちは分からなくもないけど、こんな離れに一人で済むと、連絡をするのにも不便だしね。家具などは残っているけど、誰も住んでいないし、自由に探してくれて構わない」
アンヌはそう言い、玄関で足を止めるが、遅れてあがった私達も自ずと足を止める。
問題は起こさないという自負はあるが、それでも気軽にというのは難しい。
「でも、やっぱり気になるからみんなで探そう」
リリーの提案にアンヌも頷く。
リビングにアンヌの両親の部屋、そして、ほとんど使う機会のなかったアンヌの部屋などをくまなく探したが、それらしいものもヒントも見当たらなかった。
「空回りかな」
「でも、どこかに何かヒントがあるとは思うんだよね」
リリーは窓辺から身を乗り出し、辺りを眺める。心地よい風が家の中に入ってきた。
「この辺りは見渡しがいいね。夜はどんな感じなんだろう」
リリーの言葉につられ、窓の外に視線を向けると確かに彼女の言った通り、見通しがいい。
眼下には緑が青々と茂り、登ってきたときは気付かなかったが花畑なのか色とりどりの花が咲いている場所もある。私はその脇に木製の小屋を見つけた。
「あれ、何?」
「祖父が使っていた工房なんだ。昔はもっと奥にあったらしいが、地盤の状態が悪いとかで、家の近くに移動したんだ。この国には三つの工房があるんだよ」
「三つも」
工房というだけあってかなりの大きさというのがここからでも分かる。
「そこも一応、確認してみるか」
私達はアンヌの提案に頷いた。
家を出ると、アンヌは再びチェーンを巻き付けた。そして、目の前にある森を左手に抜ける。するとさっきの花畑と工房が目の前に現れた。
アンヌはチェーンを抜き取ると、扉を開けた。
「鍵はかかってないの?」
「基本的にはね。工房は祖父の意向で誰でも出入りができるようにはなっているし、たまに他の獣人も掃除してくれているみたいだよ」
中は真っ暗でひんやりとしている。アンヌは窓辺に行き、カーテンを開けた。
大きな釜があり、ハンマーなども置いてある。埃は被っているが、不思議とサビ一つない。
彼が亡くなってある程度の年月が経過したと思えない程きちんと掃除されている。
それだけ彼のしてきたことを周りが認め、感謝されているんだろう。死しても尚、周りに影響を与え続ける彼に、元気だったときに会ってみたかった。
「触っても構わないよ」
私はアンヌの言葉に甘え、そのハンマーに触れる。ずっしりとしていてかなり重い。結構な力仕事なんだろうな。
「祖父は町にも工房があるけど、たまにここに来て、作っていたみたいだよ。私も良くその様子を見ていたよ。ただ、こうした才能は全くなかったけどね。逆にエリックは祖父に才能を認められ、小さい頃から出入りしていたんだ」
ルーナでの彼の作業振りを見ていると納得できなくもない。
「昔から仲が良かったんだね」
「幼馴染だからね。彼の両親は早くに亡くなって、小さい間は一緒に暮らしていたんだ。祖父はかなりエリックに期待していたよ」
そうアンヌは懐かしそうに言葉を漏らした。
私達は一応、工具の入っている場所や机、床など思い当たるところを調べる。だが、工房からはそれらしきものが出てこなかった。
私達は見つけ出すのを諦め、クラージュの町に戻ることになった。
山を下りた時、遠方に木製で出来た小さな小屋があるのに気付いた。ただ、家と呼ぶには扉がなく、木材で敷居を作り、屋根を被せただけに見える。そして、その建物の真正面の地面には何かが半分埋もれた形で置いてある。
「あれは?」
私はその建物を指差し、アンヌに問いかけた。
「あれは神さまに物を捧げる場所だよ」
「神殿なの?」
彼女は首を横に振る。
「正確には神殿の跡地かな。この辺りはずっと前に洪水の被害に遭って、そうしたことが二度と起こらないように、ここに神様を祭って願をかけている。地面に食べ物を埋めているのは、この国の神様が大地の神様だからだよ。実際は鳥が食べてしまうことが多いみたいだけどね。神殿自体は別の場所に移動しているよ」
アンヌのいったことは分かるとは言い難いが状況は想像できた。いろいろな国があるからこそ、多様な文化があるのだと実感する。
私達はその足でクラージュにある工房に行く。町の中には二つの工房があり、一つは土砂崩れに巻き込まれほとんど使われることはないという。そのため、私達は立ち寄ったのは今でも使われている工房のほうだ。さっきの工房より格段に広く、百人くらいは余裕で入れそうな大きさだ。
中には二人の獣人の姿があり、彼らはアンヌを見ると頭を下げた。
「この国にあった像はどの工房で作られたか分かるの?」
「確か、私の家にあるのと、町の入口にあったのがあの家の近くの古い工房だね。川の下流にあった像と町はずれにある像はこの国で作った最初の工房。土砂崩れで立ち入りも行き届かなくなった工房だよ。残りはここで作ったものだと思う」
「最初の工房はここから遠いの?」
「歩いて三十分くらいかな。ただ、そこはもう誰も手入れをしていないし、荒地になっているんだよ」
「土砂崩れのあと、立て直しをしようとはしなかったの?」
「その案もあったんだけど、祖父がそのまま残しておいてほしいと言っていたんだ。時期が来たら壊してくれとね。私としては他の工房みたいに手入れをしたいんだけどね。私が生きている間はそのままにしておこうと思うけど、死ぬ前には整地しないといけないだろうね」
リリーは納得したのか頷く。
アンヌはリリーの問いかけに一通り答えてから微笑んだ。祖父を知るからこそ、思い出の品を残したいと思うのだろうか。
その時、私のお腹が鳴る。
思わずお腹を押さえるが、アンヌは目を細めていた。
「上までつき合わせて悪かったね。良かったら食事でも食べて行ってくれ」
私とリリーは顔を合わせ、頷いた。マルクさんに準備してもらった昼食は傷むものではないので後から食べれば良いと思ったのだ。
私達は食事をごちそうになった後、国内の案内をしてもらった。だが、それらしいものを見つけることはできなかった。
そして、夕方前にルーナのほうに帰ってくることになった。
「なかなか見つからないね」
リリーはマルクさんに作ってもらった昼食を食べながら、そう呟いた。昨日、私が食べたのと形状は似ているが触感が違う。さくさくしていてパイ生地を食べているような感じだ。
私達は城に到着してから、一旦部屋に戻ることになったのだ。その時に一緒に食べようという話になり、リリーの部屋に招かれたのだ。
彼女の部屋は物などの様々なものが置かれており、私の部屋よりも手狭な感じがした。
「アンヌ達が向こうに戻っている間に探したかったんだけど、仕方ないか」
アンヌ達は明日戻ってくることになっていた。そして、リリーが彼女たちを迎えに行くことになっているらしい。このために当初、リリーがクラージュに一緒に行くことになっていたのだろう。
「パッと見で分かるなら、そもそももっと早くに察しがついているだろうしね」
リリーは自分の描いた地図に視線を落とし、じっと見つめている。
だが、良い案が思い浮かばないのか、髪の毛をかきあげると苦笑いを浮かべていた。そして、丁寧にメモを折り畳む。
「まあ、テオの人もあれから緩衝地帯に足を踏み入れないみたいだし、しばらくは大丈夫かな」
マルクさんに用意してもらった昼食を食べ終わると、リリーは私に問いかけてきた。
「まだ元気ある?」
「大丈夫だよ」
「なら、この国の薬草園に行ってみようか。ジョゼさんには今朝許可をもらったの」
「行きたい」
そう言った私をリリーはお城の外に連れ出していた。




