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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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助ける理由

「今日、危なかったね」


 食事を終え、部屋に帰るとアリアはロロから貰った本を読んでいた。そして、私が帰ってきたのに気付いたのか、彼女は視線を私に動かしそう口にしたのだ。


 彼女はすぐに本に視線を戻すと、楽しそうに眺めている。彼女は薬草が好きなんだろうか。


 私は彼女のことを何も知らないけれど、聞いてもはぐらかされて教えてもらえない気がする。


「まあね。ロロが助けてくれなかったらどうなっていたんだろう」

「あの人達なら、美桜を人質にして、交渉の材料にすると言っていたよ」


 想像して、本当にロロ達に助けられて良かったと心から思う。


「アリアは魔法にかからなかったんだ」


 彼女は頷く。


「もともと美桜一人に対してかけた魔法だもん。眠らせたりといった補助系の魔法をかけるときには対象者をあらかじめ決めるの。複数人にかけるときは複数人にね。対象外になっている私には効かないの。あの人達は私が鞄の中にいたのを気付かなかったんだろうね。


「なるほどね」


 アリアは私をじっと見る。


「でも、意外と平気なんだね。もっと怖がっていると思ったのに」


「怖かったんだけど、テッサの姿を見ていると、驚きのほうが勝ってしまって。そのまま薬草園にいったし、怖がるタイミングを見失ってしまったというか」


 でも、それは思い返すとそんなに怖くなかったってことなんだろうか。あのときの事を思い出すと不安な気持ちにはなるけれど。

 私の言葉にアリアは吹き出す。

 何か笑われるようなことを言ったんだろうか。


「それくらいのほうがいいよ。これから起こる事に逐一反応していたら、きっと身が持たないよ。それに、安心して。もし美桜の命が危険にさらされて助かる手段がないときには、わたしが助けてあげるよ。あくまで最終手段としてね」


「どうして?」

「今、あなたを死なせるわけにはいかないんだもん」


 アリアはそう言ってほほ笑むと、ふわりと浮きあがり、そのまま姿を消してしまった。




 私はあくびをかみ殺し、リリーの入っていった食堂をちらりと見た。昨夜の意味深なアリアの言葉に眠れなかったのだ。


 そもそも何で私はこの世界にたどり着いたんだろう。二人きりのときに地下の調理場で彼女が言っていた言葉が頭を過ぎる。


 わたしがここに来た意味か……。


 アリアは私が眠る時には部屋にいなかったが、朝になると帰宅していた。


 だが、その理由を聞こうとしても彼女は自分が言う気のないことは完璧にスルーしてしまう。


 なので、理由を聞くつもりもなかったが、今朝、アリアはこれから私が妖精の国の外に出る時には、基本的についていくと宣言してきたのだ。


「疲れているなら眠っていてもいいよ」


 二つの紙袋を手にしたリリーが食堂を出てきた。マルクさんに二人分の昼食を頼んでいたそうで、わたしと待ち合わせるとまずは食堂に直行したのだ。


「大丈夫だよ。まだ体が寝ぼけているだけだと思う」


 リリーはその食事を私に断ると自分の鞄の中に入れる。


「無理しないでね。最近、忙しかったもんね」


 ローズがクラージュに行ったのはアンヌの状態を確認する意図もあったらしい。昨日の段階でもうアンヌは大丈夫だと判断したらしいこともあり、ローズは今日は城に残っている。ローズ自身は行きたがっていたが、昨日行ったため見送ることになっている。


 私達は城を出ると、国の入口に行き、リリーの転移魔法でクラージュに行くことになった。もちろん、アリアの入ったかばんも一緒に。


 転移魔法で、たどり着いたのはクラージュの居住区の入口を入ったところで、一昨日ラウール達と一緒に来た場所だ。その後方にはアンヌの祖父の造った像が置いてある。


 私は左手の奥に昨日は気付かなかった土地が盛り上がった場所があるのに気付いた。山と呼ぶほど高くはないので、丘と呼ぶのが良いのだろうか。


「あれは?」

「クラージュを建国する前にアンヌの家があった場所だよ。ここからは木々に邪魔されて見えないけどね」

 リリーがそう教えてくれた。


 私達はそこから歩いて、アンヌの家に行くことになった。だが、半分ほど歩いた時、向こうからポールがかけてくる。彼は足を止めると、にこりと笑う。


「こんにちは。お姉ちゃんたちの匂いがしたの」

「匂いってそんなに分かるの?」


 彼は満面の笑みで頷く。


「昔のものでも匂いが残っていれば追えるんだって。アンヌのおじいさんのものも物によっては匂いが残っているらしいよ」


 すごいな。私には想像がつかない世界だ。

 でも、私はあることに気付く。


「そういうこと。それでもアンヌのおじいさんが隠したものは見付けられないし、手がかりさえもつかめていない」


 リリーは私の気持ちを見透かしたように大げさに肩をすくめる。

 匂いが辿れない場所にあるのか、もう見つけられないのか。これは考えたくはないがそもそもそういうものがないのか。他にも答えがあるのかもしれないが、今の私に思いつくのはこれで精一杯だ。


 アンヌの家に到着すると、彼女は笑顔で出迎えてくれた。


 リリーはもともとアンヌには明日も来ると言っていたようで、彼女は私達がきたのに驚いた様子はなかった。アンヌは体調も回復したのか、顔色もすっかり良くなっている。薬のことを謝りたい気分だったが、リリーには逆に気を遣わせてしまうから触れないようにと念を押されている。


「アンヌの家にある像を見せてほしいの」


 リリーはアンヌの家に行くと、さっそく話を切り出す。


 アンヌも大方の事情を察しているようで、私達を家の奥に案内してくれた。そこにあったのは私の胴体くらいの大きさの石像だ。耳としっぽの生えた獣人の像で、がっしりとした体型から男性ではないかと感じた。祈っているのか手を胸元に当てているようだが、あの川沿いにあった像とは大きな違いはない。


「この像はいつ作られたんですか?」

 彼女はだいたいの年度を教えてくれた。クラージュ建国前のものもあれば、それ以後のものもあり、共通点は見つけられない。


「なら作った順番は一番古いのはあの川の下流の広場にあるもので、二番目は街の入口にあるもの」


 リリーは確認の意図があるのか作られた順番を具体的に口にする。ちなみにアンヌの家にある像は四番目に作られたものらしい。新しくも古くもなく中途半端な感じだ。四という数字に意味があるのだろうか。だが、やっぱりしっくりこない。


「あのときはラウール王子にああ言ってしまったけど、前々からそれを探してはいたんだ。でも、ずっと見つけることができなくてね。話が大げさになってからで申し訳ないけど、宝なんてなかったのかもしれないという気もしている。それに少々の宝が眠っていたとしても、ラウール王子の言った金額には到底届かない気がするよ」


 アンヌは寂しそうに微笑んだ。


「わたしはおじいさんを知っているけど、そういういい加減なことを言う人じゃないと思うよ。それにわたしはこの国をもっと見て見たいの。だから、気にしないで。今だっていろいろなところを見れて楽しいの」


 リリーの言葉にアンヌは微笑み、お礼を口にする。


「匂いの辿れるところや目視で確認できるところは探し終えたんだ。あとは水中か……」


「アンヌの家があったあの山は? もともとおじいさんが住んでいたんだよね」


 リリーの言葉にアンヌは顎に手を当てる。


「あそこは探していないが、あんな見つけにくい場所に隠すかな。家はまだ残っているが」


「なら、家を探してみようよ」


 アンヌは手間がかかるからと言っていたが、リリーは半ば強引に説得する。


 ポールは私達をアンヌのところまで案内するために来たらしく、一度家に戻るとのことだ。わたしとアンヌとリリーの三人で行くのが決まる。


 家を出るとテオとはちょうど逆方向に大きな山がそびえたつ。もともとその山自体がアンヌの祖父の持つ土地でそのふもとで最初にカルクムが発見されたそうだ。その近辺はテオの持ち領で、辺りを捜索したがカルクムは見つからず、幸か不幸かクラージュ領になってから発見された。アンヌのおじいさんは今、カルクムが発見されたことに対してどう考えているんだろう。私だったら辛い気がする。


 私達は山道に分け入った。

 木々が揺れ、鳥の鳴き声が木霊する。


「この辺りは緑が多いんだね」


 アンヌは頷いた。


「ほとんど開発もされなかったからね」


 私達の足音が静寂の森に響き渡る。時折、鳥が羽をはためかせ、飛び立つと木々の影が頼りなく揺れる。そして、歩を進めるたびに足元に落ちる影が徐々に濃くなっていく。


 その深い森を抜けた時、大きな家がそびえたつ。その家はお城とまではいかないまでもかなりの大きさだ。周りには金属の私の背丈の倍はありそうな高い柵が張り巡らされ、その継ぎ目には鈍く銀色に光るチェーンが巻かれている。この金属は熱にも強く、それでいて人の力では壊すことができないため、チェーンや柵といったものを作りたいときに使われるそうだ。アンヌは丁寧にそのチェーンを解き、私達を家の敷地に招き入れた。


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