お城の蔵書室
お城への道を歩んでいる時、リリーがあの地図を作るようになった経緯を簡単に説明してくれた。
リリーの話によれば朝、ラウールに地図の件を相談され、ローズと二人で行くことになったらしい。そして、二人で情報収集に当たったようだ。クラージュでもアンヌのおじいさんが隠しているのではないかと思われる場所を探しているが、芳しい成果はあげられずにいるようだ。
「リリーは像が怪しいと思っているの?」
「守り神だって言っていたしね。隠し場所には最適な気がする」
彼女の言葉には一理ある。
「でも、その通りだったとしてもなかなか言いにくいよね」
「壊すという決断ができるのはアンヌくらいしかいないだろうね。私は明日もクラージュに行こうと思うんだ。何か新しい情報がきけたら教えるよ」
「私も行くよ」
「でも、勉強の方は大丈夫なの?」
私は手にしていた本を取り出してリリーに見せる。
「これをもらったからしばらくは自習かな」
リリーは立ち止まるとページをめくると、興味深そうに眺めていた。
「結構いろいろ書かれているんだね。知らない植物もたくさん」
「エスポワールで採取できる植物がメインらしいよ。今日は別の本で薬の造り方の基礎と、薬草園を見に行ったの。たくさん薬草が植えられていてびっくりした」
「薬草園か。あの都にあるのだと広いだろうね。でも、向こうだと個人で管理をしているの?」
「今日行ったところはそうみたい」
「結構大変そうだね。病気の管理とかもしないといけないのに。ジョゼさんも良く大変だと言っているもの」
ジョゼさんとは診療室で働いている人だ。男性で年は百近いそうだが、見た目は二十歳そこそこにしか見えない。妖精たちの年齢を聞くたびに、少し混乱しそうになる。
どんなところなんだろう。わたしが興味を持っていると、リリーがにっと笑う。
「今度見に行こうか。ジョゼさんに聞いてみるよ」
「ありがとう。でも、ダメって言われたら気にしないでね」
「分かった。一応、お城の蔵書室にも薬草に関する本があるから、興味あるなら探すの手伝うよ。今まで行ったことなかったよね」
「行きたい」
リリーは私の言葉に笑顔を浮かべると、蔵書室に連れて行ってくれた。お城の二階にあるとは聞いていても、そもそも字が満足に読めないため、なかなかこの国の本には手が伸びなかったのだ。わたしの部屋にあるこの世界についての本もリリーの本も含まれるが、蔵書室の本も少なからずあるらしい。
扉を開けると、室とは名ばかり本の敷き詰められた広い空間が目の前にある。
私の通っていた学校の図書室は別館になっていてかなり広いと思ったが、その三倍くらいはありそうで、どちらかというと市の図書館を連想させた。
だが、驚いたのはそれだけではない。リリーは私を蔵書室の奥に案内する。そこには上下に伸びる階段がある。
「一応、地下一階と、地上三階まであるの。薬草関係は地下だったと思う」
「すごいね」
「ちなみに別の場所に古くなった本は収めてあるよ。そこに入るには手続きが必要だけど」
さすが国の蔵書室だ。
地下に行っても二階と同じくらいの広さのスペースがあり、ぎっしりと本が並んでいる。
私達はそこで薬草の本がある棚に行く。そこには分厚い辞書のようなもの、分かりやすく書いてある入門書のようなものなど様々なものがある。中には手書きのものまであった。それらは記録として蔵書室に寄贈されたもので、まだ製本等はされていないらしい。
私は何冊かを見繕い、借りることにした。普通の本の場合にはそのまま持ち出しても構わないが、辞典などは幅広い層が活用するため、持ちだすときには記録に残す必要があるらしい。必要な時に誰がその本を持っているのかすぐに確認できるようにするためだ。そうした本には背表紙に金色のラベルが貼ってある。今回、私が借りようとしたうちの一冊も要記録に該当する。
私は二階に戻ると、リリーが帳簿のようなものに自分の名前と本に記載されているナンバーを記入する。彼女はその本を私に渡した。
「これで貸出完了。この分厚い本を返すときには一応声かけてね」
「分かった。ありがとう」
私がドアに歩きかけた時、リリーが声をあげる。
「美桜、スカートのところが汚れているよ」
リリーの視線の先を見ると、お尻の部分に塵のようなものがついている。恐らく、あの眠らされた時にでも汚れたのだろう。
「転んだの? 痣とかできていない?」
リリーは心配そうに私に問いかける。
「違うの。王都で魔法で眠らされて、その時に汚れたんだと思う」
リリーが目を見張る。言う順番を間違えたかもしれない。
私はラウール達から聞いた事情を踏まえて、今日の一連の流れを説明する。リリーは顔を強張らせていく。
「何かされなかった?」
「大丈夫だと思う。ロロとテッサっていうラウールの友達が助けてくれたの」
「そっか。何もなくて良かったよ。向こうも大変だね」
私もリリーの言葉には同感だ。ここが安全すぎて、危機感がなさ過ぎたんだろうなと思う。そう考えると、妖精の国にたどり着き、ローズに見付けられたのは本当に幸運だったという気がしてくる。
「石鹸でこするか、汚れ落ちのハーブで汚れが落ちると思うけど、落ちなかったら言ってね。もう少し強力なのを貸すよ」
「ありがとう」
洗濯は基本的に自分でする。ただ洗濯といってもハーブを浸した液につけておくだけなので、かなり手軽なものだ。こうしたものも薬草から作られている。魔法に高性能の薬草となんかいろいろとすごい。
わたしの頭にラウールの言っていた魔法で治療したという話が過ぎる。
「エメの浄化もジョゼさんがやってくれたの? お礼言わなきゃね」
リリーはその言葉に一瞬顔を引きつらせた。何か変なことを言ってしまったんだろうか。
「美桜の部屋に行っていい?」
私は自分の部屋にたどり着くと、リリーを招き入れ、本をテーブルの上に置く。
「ローズには黙っていてほしいと言われたんだけど、この国の人なら大抵察していると思うから言うね。毒を解毒したのはローズなんだ。でも、その魔法を使えるのは、今のところこの国ではローズだけなの」
昨日、ローズが急にクラージュに行かないと言っていたのを思い出した。
「もしかして、昨日クラージュに行かないと言ったのは」
「ローズの魔法はまだ不完全で、体に負担が大きいの。といっても眠ればある程度は回復するんだけどね。ラウールから聞いた?」
私は頷いた。彼女はそんなこと一言も言わなかった。そして、ローズにそこまで気遣わせていたことが申し訳なかった。
「気にしなくていいの。その方法を知っている人が対処をするのは当たり前のことなの。ローズもそう思っているし、自分が傍にいる時で良かったと言っていたよ。でも、できればローズには気付いたことを秘密にしておいてね。美桜に気を使わせたら気にすると思うんだ」
気にしているとリリーに気を遣わせてしまうというのも分かっていたので、それ以上は言わないことにした。その代わり、もっと気持ちを引き締めようと決意する。
「教えてくれてありがとう」
リリーは私の言葉に目を細めていた。
そのとき、扉がノックされる。返事をするとローズが顔を覗かせた。彼女の表情がぱあっと明るくなる。
「リリーもここにいたんだ。ごはん食べに行こうよ。今日は特製デザートがあるんだって」
わたしとリリーは目を合わせると、部屋を出る。
ここにいると知らないことだらけで、文字を読むにも一苦労だ。でも、前向きな気持ちになることのほうがずっと多い。
日本にいるときはここまで笑顔で日々を過ごせることはそんなに多くなかった気がする。




