小さなきっかけ
その間を出ると、私の目には壮大な景色が飛び込んできた。思わず驚きの声をあげる。
城の柱の向こうには澄んだ青空が覗いている。その柱にも蔦がのび、花が咲き乱れている。ごちゃごちゃするのではなく、柱を程良くデコレーションしている。まるでおとぎ話に出てくるお城のようだ。
「すごく綺麗なところだね」
「この国では普通だよ。ここは一年中植物と花が咲き乱れているの」
そこでリリーが言葉を切る。
「そういえば名前は?」
私は名乗っていなかったことに今更気づく。
「進藤美桜」
「進藤」
名字で呼ばれると、いまいちしっくりこない。
「美桜でいいよ」
「私たちは」
「ローズとリリーだよね」
私の言葉に二人は顔を合わせて笑う。
「これからよろしくね」
「嫌じゃないの?」
リリーの言葉に私は思わず問いかけた。ローズと違い、彼女は敵対心を露わにしていたからだ。でも、私を庇ってくれたのだから、敵対心という言葉は相応しくないのかもしれない。
「美桜がこの国を攻撃したりしないなら、嫌じゃないよ。森の中ではごめんね」
リリーはそう頭を下げた。
「気にしないで」
状況的に彼女の態度は仕方ないと思う。それでも自分の非を認められるのは、すごくいい子なんだなと感じていた。
私の部屋はそこから階段を一つ下がったフロアの階段のすぐ近くの部屋だ。その奥には色とりどりの花が咲いているのが見えた。私がその奥を見ているのに気付いたのか、リリーがそこは庭園だと教えてくれる。
ローズは部屋に入ると、窓を開けてくれた。爽やかな風が部屋の中に入ってきた。
私はやっと一息吐けた気がした。
「しばらくはここが美桜の部屋だね。私は二つ隣の部屋だから、何かあったら言ってね」
「ありがとう。ローズは女王様の娘なの?」
ローズは笑顔を浮かべ、頷いた。
「綺麗で優しい人だね」
「怒ると怖いけどね。それに人を見抜く力はすごいのよ。美桜は悪い人じゃないと認められたんだと思う」
その言葉は正直嬉しい。
「でも、わざわざここに滞在させてくれるなんてびっくりしたよ。どうして、そんなに親切にしてくれるの?」
私の言葉にローズとリリーが目を合わせる。
「ここは自然が豊かでしょう。私達は自然の神様に与えられた場所だと思っているの。だから、迷い人がいれば親切にする事でその恩を返そうとするの。例えそれが人間であってもね」
私はそのリリーの言葉を納得しながらきいていた。
そう思ってもなかなか実行に移せるものじゃないとは思う。
「さっきの森で出会った二人は知り合いなの?」
「大男がアルバンで、フードの男がジャコ。彼らはこの国を狙っているの。妖精の国に入りたいみたいだけど、ここは結界が強くて人間には見つけられないのよ。だから良くあの二人が森でうろうろしているのを見るわ」
納得したが同時に疑問が出てくる。
「どうして人間がこの国を狙っているの? 自然が豊かなところだから?」
私の言葉に、二人の表情から笑顔が消えた。
何かまずいことを言っちゃったかな。
私が口にした言葉を取り消そうとしたとき、ローズが口を開く。
「人間の国のお姫様が病気になってしまって、それが私達のせいにされているの。私達が呪いをかけたから、お姫様が病気になったという噂が流れている」
「何もしていないなら、話せば分かってくれるんじゃないの?」
ローズは力なく頷く。
「この国から話し合いをしたいと文を出しても返事もないんだもの。病気を治す事も出来ないし、呪いなんてかけていないという証明も出来ないの」
私は現状を想像していたたまれない気分になってしまった。だからこそ、私がここに来た時のように冷たい目で見られたのだろう。
「病気の原因って分かるの?」
念のため尋ねてみたが、ローズは首を横に振るだけだった。
濡れ衣で、あんな人達が国に侵入してと考えると、何とも言えない気持ちになってくる。
「でも、最近の争いの理由はそれだけどここ十数年はなんだかんだで人間からは快く思われていないのよ。何かあるたびに文句をつけられて、困っているの」
リリーはそういうと肩をすくめた。
王女様の病気が一因ではあるが、それが全てではなく二か国の間には様々なトラブルがあったということだろうか。
私の身に直接降りかかった話でなくても、後味は悪い。
「美桜が気にする事じゃないよ」
リリーは私の肩をぽんと叩く。
「これからよろしくね。あとで城の案内をするよ」
ローズの言葉に笑顔でお礼を言う。
「これ、何が入っているの?」
リリーは不思議そうに私のカバンを覗き込む。
「教科書とかだよ。開けてみてもいいよ」
リリーはその取っ手をつかみ、持ちあげようとした。私は開け方を教えようとしたが、リリーは苦労して鞄を持ちあげる。
「めちゃくちゃ重たいね」
私は不思議に思い、鞄を持ちあげる。なんてことはない普通のカバンだ。ただ、それは高校に一年以上通った今だから言えることで、高校にはいったばかりのときは毎日鞄が重たいと思っていた記憶はある。思い余って鞄の重さを体重計で図った事もあり、その重さに驚いたほどだ。
「すごい怪力」
「人間は私達より力が強いからだと思うよ。怪力はさすがに失礼だよ」
ローズが慌ててリリーをなだめる。
「じゃあ、力持ち?」
「わざわざ言わなくていいってことなのよ。悪気はないと思うの。ごめんなさい」
「別にいいよ。いつも持っているから慣れているのかもね」
それにリリーは手足が細い。筋肉のつきかた自体が違うのかもしれない。
私の部屋がノックされ、リリーが応対する。
髪の毛を後ろで縛った女性が顔を覗かせる。彼女は一度私を見ると顔を引っ込めた。ものすごく関心を持たれているんだろうか。
「アデールさんがすぐ来てほしいと」
「また説教かな。言いつけを破って魔法を使っちゃったし」
リリーは大げさに肩をすくめた。
「岩が畑に転がってきたので、動かすのを手伝ってほしいそうです」
「忘れてた。今朝、言われていたんだった。分かったって伝えておいて」
女性は頭を下げると、部屋を出て行く。
だが、振り返ったリリーが私と目が合うと、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「私、良いことを思い付いちゃった。美桜はその変な国からこの国に来て、打ち解けたいと思う?」
「弓矢を向けられない程度の関係にはなりたいなとは思う」
この城での生活がどうなるかは分からないが、敵対心を露わにされるのは心地よいものではない。
人から嫌悪感を露わにされる事は慣れていると思ってしまうのが悲しいところだけど。
「美桜が悪いわけじゃなくても、どうしても人間に偏見があるのよ。だから、その偏見を少しずつ取り除いていけばいいの。だからそのために動いていない?」
「美桜にアデールさんの手伝いをさせる気なの? やってきたばかりで美桜も大変なのに」
私はローズの言葉でやっと状況がのみこめた。
「でも、美桜が悪い人間じゃないって誤解を解くためには早めに動くのが良いと思うの。アデールさんの手伝いをしてなじもうとする姿を見たら、何か感じるものもあるんじゃないかな、とね。少なくともこのままお城に閉じこもって、私達が美桜は悪い人間じゃないって言葉で伝えるよりはね」
「そうだけど」
ローズはそこで口ごもる。
彼女なりにこの国で打ち解けるための方法を提供してくれているんだろう。
「やってみるよ。それくらいなら平気」
「ありがとう。まずは洋服と女王様の許可を貰わないとね」
「私が聞いてくるよ。でも、アランがいないと外に出るのは危険だと思うから、アランの許可が得られたらでいいかな?」
リリーに見られ、私は頷いた。
ローズは「少し待っていて」と言い残すと部屋を出て行く。
「遠い昔にね、自発的にそうしたことをやって妖精の国で打ち解けた人間がいたの。だから、同じ方法をしたら打ち解けられるのかなって思ったんだ」
リリーは目を細めて笑う。
「それって、この世界の人間?」
「そうだよ」
そう言われると、リリーの意見は理に適っている気がする。
でも、あの敵意ある眼差しをみたら、そううまくは行くのかという不安はある。
しばらくしてローズが白い布の服を手に戻ってくる。
「しばらくはこれを着て過ごしてね。アランに聞いたら、今からなら大丈夫だって言っていたよ」
「ありがとう。じゃ、私達は部屋の外にいるね。まずはそれに着替えて」
私は服を受け取ると、それに袖を通すことになった。綿のように肌触りの良いもので、ちょうど膝丈の長さだ。風通しが良いので長袖だが今の気候も手伝ってかちょうど良い感じだ。
外に出るとローズとリリー、そしてアランの姿があった。彼はローズと話をしている時は笑顔を浮かべているが、私と目があった途端、顔から笑みが消える。
「良く似合っているね。とりあえず出発」
リリーは私の手を引っ張ると、速足で歩きだした。
城を出ると、町行く人の視線が私に集まる。好奇心と警戒心に満ちた視線を一心に浴びながら歩く。今までの人生でここまで人から注目されたことはなかったかもしれない。
お城を出て右手に曲がったところにある民家の前でリリーの足が止まる。
家の前に立っていた小太りな女性が私達の前までやって来る。
私がこの国に来た時に、大声を上げた人だ。
「アラン様とローズ様まで」
女性は二人に深々と頭をさげる。だが、彼女は私と目が合うと女性の笑顔が凍りつき、冷たい視線を浴びせた。顔を背け、私を無視することにしたようだ。
「リリー、手伝って。あの石を運びたいの」
「美桜が手伝ってくれるんだって」
リリーが私の肩を叩く。
「こんな娘にそんな事が出来るわけがないでしょう」
「いいから、畑に案内して。それにアラン様がいるから、安心だよね」
それ程、彼は絶大な信頼を寄せているのか、アデールさんは不服そうな顔をしながら私達を裏にある畑へと案内した。
私達が案内されたのは、崖の傍にある畑だった。キャベツのように土の上に葉の塊ができているもの、トマトのように枝が伸び、身をつけているものなど様々な野菜があった。だが、その畑の中に複数の岩が転がっている
上を見るとちょうど崖崩れが起こり、無数の岩が落ちてきたようだ。
「アデールさんは腰をいためてしまって、重いものは持ったらダメだと言われているの」
「余計なことを言わなくていいの」
リリーはアデールさんから叱責されても動じた様子はない。
「手伝ってもらうには事情を説明するのは当然のことじゃない」
その言葉にアデールさんは黙ってしまった。
「私も手伝うから一緒に頑張ろう」
リリーは私の腕をつかみ、私を畑の中に連れていく。
「私も手伝うよ」
ローズも私達の後をついていこうとするが、リリーから「そこで待っていて」と言われ、渋々諦めたようだ。
私とリリーは手分けして、岩を畑の奥に運ぶことにした。実際に岩の前まで来たが、その大きさに面食らう。でも、持てないわけじゃないと思う。
私は深呼吸をして、岩を持ちあげた。重さにふらつきながらも、なんとか腰の位置まで持ちあげると、畑の向こう側まで行く。それをゆっくりと地面に置く。再び畑に向かおうと振り返った時、何人かがこちらを見ているのに気付いた。
リリーも石を持ちあげ、ふらつきながらも端まで運んでいた。
妖精からの視線は気にはなったが、今は石を運ぶことだけに集中することにした。
石の数は荷十個以上あり、運ぶ間、間違って土のついた手で顔を拭ってしまったり、洋服を触ってしまったりして、作業が終わるころには私もリリーも土まみれになっていた。
私たちは顔を見合わせると何となく笑い、ローズたちのいる場所まで戻ってきた。
「お疲れ様。手伝ってくれてありがとう」
「いいよ。たいしたことじゃないもの」
リリーはアデールさんを見て、笑みを浮かべる。
「じゃ、帰るね」
私も頭を軽く下げた。
そうリリーが私の腕を引っ張った時、アデールさんの声が響く。私が何気なく振り返ると、彼女はぶっきらぼうに「ありがとう」と告げた。
「とりあえず手と顔だけでも洗っていきな。そんな恰好でお城に戻るわけにもいかないだろう」
アデールさんはそういうと、水でしぼったタオルを二枚家から持ってくる。それを私とリリーに渡した。私とリリーはそれで顔や手についた土を簡単に落とし、城に戻ることになった。