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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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入ってはいけない場所

 目の前に広がるのは砂で作り上げられた地平線だ。その地平線に抗うように人や岩がぽつぽつと見える。


 そして、私達と目と鼻の先には足を抑えた獣人がおり、彼の足からは血が流れ出ている。その傍に別の獣人が寄り添う。ラウールは彼らの傍に立ち、人間に鋭い眼光を向けていた。


 ラウールの視線の先には十人の人間がいる。男の手には斧のようなものが握られ、刃の部分が赤く染まっていた。彼らは舐めまわすようにこちらを見渡す。


「何だ、他にも人間がいるのか。そっちは妖精か」


「下がって」


 リリーが私と人間の前に割って入る。


 人が入ってはいけない地域とは名ばかりで、そこには穴の掘られた跡が数知れずある。恐らく、ラウールもそれに気付いているのだろう。


 ポールがアンヌの服の裾をつかみ、怯えた様子で人間たちを見つめている。


 ラウールは私達の到着に気付いたのか、一瞥しただけで、表情は変えない。


「お前たち、誰の命令を受けて、こんなことをしているんだ」


 ラウールの凛とした声が響き渡る。


「こいつ、人間の癖に獣の手下にでもなったのかよ」


 男たちはくくくっとあざ笑うような笑みを浮かべる。


 ラウールはそんな男たちに冷たいまなざしを向ける。


「あくまで強制的な手段に出る、と。カジミールは知っているのか?」


 目の前の男たちに動揺が走る。それはカジミールという名前をラウールが呼び捨てしたことに関係しているようだ。


 そのうちの一人が何か気付いたように、隣の男に声をかける。男も驚きの声を上げる。


「よせ、こいつはあのラウールじゃないか。いや、ラウール王子様じゃねえか」


 ラウールがちらりと見たためか男はわざわざ言い直す。


「あのバイヤール家に一人で攻め込んだという?」


 攻め込む……?


 バイヤールの件は見ていないので分からないが、彼ならやってそうだと思えるのがすごいところだ。王族という立場のせいか、生まれ持っての資質なのか、あの森で見せた圧倒的な能力のためか。その理由は明確には分からない。


「自己紹介も必要ないようだな。お前たちが踏み込んでいるのは、クラージュとの緩衝地帯であり、本来なら、クラージュと、エスポワールの承認がなければ入れない。不可侵の地域だと分かってのことか?」


「だからどうした?」


「今引き返すなら見逃してやるが、このままだと国に報告書をあげなくてはいけない」


「お前はたかだか、王の子供に生まれただけじゃないか。何でそんなに偉そうなんだよ」


 彼らの前衛にいるあごひげを蓄えた男の手を炎が包み込む。


「ばか、やめろ。ラウール、いや王子様は」


 周りは止める声もあるが、顔を赤く染めた男は聞く耳を持たない。


 彼は巨大な火炎をこちらに向かって投げつけてきた。空気の焼ける匂いが届き、リリーが身構える。


「お前が動くと余計話がややこしくなる。だから動くな。こいつらは俺一人で十分だ」


 その言葉にリリーの動きが止まる。


 彼が短い呪文を詠唱すると、辺りの空気を焦がしていた火の塊が消失する。その間、二秒にも満たない。


 男は唖然とした様子で自分の炎が消えた場所を見つめている。


「あいつだけは分が悪すぎる。やめておけ」


「もう一度問おう。お前たちは誰の命令でここに来たんだ。カジミールか?」


 男たちは顔を見合わせ、その答えを確認し合っているように見えた。


「違う。俺たちの独断だ」


 最初にラウールだと気付いた男がそう返事をする。


「今回は見逃してやるが、次に入ってきたときには報告書をあげる。分かったな」


 男たちはラウールに取り繕った詫びを入れると、踵を返し、かけていく。


「悪いな。今回は俺に免じて許してくれ」


 獣人たちは戸惑いながら、お互いに顔を見合わせていた。


 アンヌが彼らの傍に行き、はにかんだ笑みを浮かべていた。


「私達も人間を傷付けたことがあるから、極力問題にはしたくない」


 ラウールは辺りを見渡し、その視線を怪我をした獣人の前で止める。


「まずは怪我の治療だな」


 ラウールはうずくまっている獣人に目をやる。彼は獣人の前で屈むと呪文を詠唱する。苦痛に顔を歪めていた獣人が驚いた様子で自分の足に触れる。


「全然痛くない。あんたすごいな」


「回復魔法は得意ではないが、一通り使えるよ」


 そのやり取りを見て、アンヌは優しく微笑んだ。


「ピーター、エジット達を家に送れるか?」


「大丈夫だよ。後で、お姉ちゃんの家に行くね」


 彼は二人の傍まで行くと、呪文を詠唱する。そして、彼は姿を消す。


「クラージュで彼ほど魔力が強い獣人を始めて見たよ」


 ラウールの言葉にアンヌは微笑む。


「私達も驚いたよ。もしかしたら人間くらいには使いこなせるようになるかもしれないね」


「カジミールに会いに行かないといけないから、まずはお前が知っている話を聞かせてくれ。まずは話ができる場所に戻ろう」


「そうだな。私も説明しないといけないことがある。私の家に連れて行ってくれ」


 ラウールが呪文を詠唱すると、私達はアンヌの家に戻っていた。


 私達は先程座っていた場所に座る。


「発端はいつからだ」


「まず一つ謝らせてくれ。さっき、私はあんたに嘘を教えてしまったかもしれない。クラージュが独立し、私達の生活は豊かではなかったが平和だった。だからこそ、緩衝地帯は長らく形骸化していたんだ。子供たちが緩衝地帯に入り、遊んでいるのを幾度となく目にした事がある。ポールにも人間の友人がいたんだよ」


 アンヌは優しく微笑む。


「そうか」


 ラウールは物憂げな瞳でアンヌの言葉に相槌を打つ。


「それで仲良く出来るならいいと思っていたんだ。これからの未来のために、過去に拘る必要はないと。でも、それを変えたのが、二年前の異様に雨の降らなかった年だ。祖父が富を得た金属カルクムが緩衝地帯の近くで産出されたんだ。そのすぐ後に、いつものように緩衝地帯に入っていったこちらの子供たちが、人間に刀で斬られ、大やけどを負うという事件があった」


 そこでアンヌは言葉を切り、間を置く。そして、再び語り出した。


「攻撃を仕掛けた人間に恨みはある。だが、同時に入ってはいけない場所に入っていた子供たちを咎めなかったことを、皆後悔してた。向こうが変わった理由は推測でしかないが、カルクムだと思っている。彼らは緩衝地帯に入り土地を掘り返したり、ときにはクラージュ国内にまで侵入にしたこともある。こちらも基本的には口頭で止めに入っていたが、手を出したものもいたんだ。相手は重症には至らなかったが、それからはさっきみたいなことの繰り返しだよ。もうどうしたら良いのか分からない」


 今まで勝気な表情を浮かべていたアンヌの瞳に弱い光が映る。私は妖精の国でアンヌが暗い表情を浮かべていた理由に自ずと気付く。


 彼は眉根を寄せていた。


「ここがカジミールの自治領なので、自由にさせていたがこんなことになっているとは申し訳ない」


「私達も悪いんだよ。だが、カルクムはこの国の重要な資源だ。それをみすみす奪われるのを見過ごすわけにはいかない」


「大まかな流れは分かった。カジミールに直接話をつけてくるよ。だが、カルクムを産出できると考えての行動であれば、どれ程歩抑制効果があるのかは分からない」


「それは分かっている。そのことで一つ相談があるんだ。その緩衝地帯を買い取りたいと思っているんだ。私達が買い取っても、そこまでは出ないようにする」


 アンヌの提案にラウールは戸惑いを露わにする。


「カルクムが産出できる前なら可能だが、この国の財力では厳しいだろう。向こうもかなりの額をふっかけてくるはずだ。資金の目途はあるのか?」


「私の祖父が、言っていたんだ。とても価値のある好物を見つけた、と。その鉱物を必要な時には国のために使ってくれとね。それを見付けられれば、かいとれるかもしれない」


「場所に見当はついているのか?」


 彼女は首を横に振る。


「だが、祖父は皆にとって大事な場所に隠したから、きっと私なら見つけられると言っていたよ。国のどこかにあるはずだ。だから、頼む」


 ラウールは難しい顔をしている。


「話はしてみるよ。相手の出方は分からないが」


「分かった」


「どれくらい必要になるの?」


 リリーの問いかけにラウールは深刻な表情を崩さない。


「カルクムの件を考慮すると、一千万テール程だと思う」


「一千万」


 リリーは目をぱちくりさせてラウールを見る。


「すごい大金なの?」


「バイヤール家の総資産額に匹敵するぐらいか。今後の亀裂を産まないために、金額を下げることは難しい」


 具体的なイメージが分からないが、とてつもなく大きな額ということだけは分かる。


「分かっている。下手に値を下げると、不満が残るはずだ。私達はその祖父の宝を探してみるよ。それで足りるといいんだがな」


「では俺はカジミールにあいにいくか。とりあえずは具体的な金額の明示は避けるようにする。美桜、ついてこい」


 私は思わずびくりと肩を震わせる。指名されたことよりも彼の呼び方に驚いたのだ。


 ローズもリリーも美桜と読んでいるので、不思議じゃない。私もラウールと呼んではいるけれど。


「何突っ立っているんだ」


「だって、名前」


「呼び捨てが不服なら、美桜様とでも呼んでほしいのか?」


 そう悪戯っぽく言い放ったラウールの言葉に、不意に顔が赤くなるのが分かった。


「希望の呼び名があれば、それで呼ぶよ」


 逆にそう言われると困ってしまう。


「美桜でいい」


 きっと彼はとてもフランクな人なんだろう。リリーのこともいつも呼び捨てだし、リリーも普通に受け入れている。ローズだけは王女が付いているけど。そんなことを気にするのがおかしいのだ。


「私は探し物を手伝うので気をつけてね」


 リリーは不思議そうな顔をしながらも、私の肩をぽんと叩く。


「この国の地図はありますか? あとはヒントもあれば教えれてください」


 アンヌは家の奥に消えると、地図を持ってきた。そこにはこの国の地形が簡単に描かれている。平地の部分も少なくはないが、この国の半分が山でできている。ぱっと見た感じ、広さ自体はあるようだ。


 アンヌはそこに住宅地といった大まかな区分けを記入していく。


「話し合いが終わってからまた来るよ」


 私とラウールはカジミールの領地内に行くことになった。


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