砂の国
目の前に広がるのは砂一面の世界だ。アリアの言っていた寂しいという意味を実感する。
ラウールは眉根を寄せ、辺りを見渡す。
「随分変わったな」
辺りには木で作られたと思われる小屋が点在している。その奥を見渡せば、小さな森がある。何人かが驚きこちらを見ているが、アンヌ達の姿を確認したのか駆け寄ってきた。
耳やしっぽがある人がいたり、目の色だけ異なっていたり。外観は動物そのもので、二足歩行をしていたり。獣人といっても随分違うのだと感じさせられた。
そのとき、私とリリーの前に小柄な男の子が現れる。彼の目は黄色く瞳孔が縦に長く伸びていた。猫に近い感じの目だ。
少年はにこりと笑みを浮かべる。
「お姉ちゃんお帰りなさい」
少年がアンヌの足に抱き着く。
その少年の目が私達に移る。
少年は私達をじっと見る。彼は忍び足で私達に近寄ってきた。だが、ラウールの傍に来た時、彼はラウールの腕をつかみ、にこりと愛らしい笑みを浮かべる。
「僕、ポールっていうの。お兄ちゃんは?」
ラウールは屈み、目線を合わせると自分の名前を名乗った。周囲の人は彼の名前を聞き、動揺を露わにするが、当の少年は屈託なく笑う。彼はあっという間にラウールに懐いてしまっていたようだ。
彼はラウールの腕をつかんだまま、私とリリーにも自分の名前を名乗っていた。私達は彼に名前を名乗る。そして、お辞儀をすると、ラウールに微笑みかける。
「お兄ちゃん、遊ぼう」
その少年の胴体がつかまれた。持ちあげたのはエリックだ。彼は自分の肩に少年を乗せる。
「お兄ちゃんもお帰りなさい」
ポールはエリックの髪の毛を触り出した。
「まだ時間があるなら私の家に案内するよ」
リリーに見られ、私は頷いた。
「私は大丈夫だけど、どうする?」
「日が落ちるまでに戻れば大丈夫だよ」
リリーの問いかけにラウールはそう答え、私達はアンヌの家に行くことになった。
アンヌの家はそこから少し離れた木造建築の家だ。周りの家よりは一際広いが豪邸という感じはしない。はいってすぐの場所に大きな広間がある。木でできた椅子に私たちは腰を下ろすことになった。
「風通しが良くて涼しいね。どんな作りになっているの?」
リリーは建物に興味を示したのか辺りを見渡す。
「口で説明するのは難しいかな」
アンヌの言葉にリリーはそうだねと舌を出す。
「何か飲むか?」
アンヌが立ち上がろうとすると、エリックが制する。彼は抱えていた少年を床に下ろすと、家の奥に入っていく。その少年はラウールの傍に行くと、腕をつかんだ。想像以上にラウールは彼から懐かれたようだ。彼の視線がラウールの背中の剣に向かう。
「お兄ちゃん、その剣を見せて」
「危ないよ」
ラウールは困ったような笑顔を浮かべる。だが、決して少年を邪険に扱ったりはしない。
「無理を言わないの」
「でも、見たい」
少年は頬を膨らませてラウールを見る。
「分かったよ。でも、刃の部分には触れないこと」
少年は目を輝かせると、なんども頷く。
ラウールは立ち上がると剣を抜いた。あの森で見た不思議な輝きを持つ剣だ。
「ピカピカだ」
少年の目がぱあっと明るくなる。
「それはノエルの剣だよな」
アンヌが目を見張り、ラウールの剣を見つめていた。
「そうだよ。俺が子供のときに、作ってくれた。昔は分からなかったが、結構特別な剣だったんだな」
「ノエルってあの有名な鍛冶屋の?」
リリーの言葉にアンヌは頷いた。
「そうだよ。あのじいさんがエスポワールの王子の剣を作るとは驚いたよ」
有名な人なんだろうけど、私には誰か分からないので、後からリリーに聞いてみよう。
その時、エリックがお盆を手に戻ってくる。ラウールは少年に断り、剣を鞘に納めた。
彼は一人ずつグラスを渡して回る。そして、最後にアンヌに渡す。
「一度、家を見てくるよ。ポールも来い」
少年はぐずり、ラウールの腕に抱き着いていた。ものすごく懐かれてしまったようだ。エリックがそんな少年をたしなめる。彼は「また遊んでね」と言い残し、エリックに抱えられ、帰っていく。
私もラウールみたいに話をしたかったな。
心残りを覚えながら、エリックの運んできてくれた水を口に運ぶ。妖精の国の水とは違い、少しニガミがある。この辺りは硬水なんだろうか。気になるほどではなかったので、一気に飲み干した。
ラウールやリリーも各々口をつけ、半分ほど飲み干していた。
そんな私達を見てアンヌは笑みを浮かべる。
「美桜は変わった娘だとは聞いていたが、ラウール王子も変な奴だね。私達を見ても普通なんだね」
「私、変わっているの?」
「変わっているとは言い方が悪かったかな。素朴で優しい子と言う話を妖精たちから良く聞いたよ」
そんなふうに思われているとは知らなかったので、照れてきてしまう。
「俺もお前たちも人種が違うだけで、何も変わらないよ。それに俺はアンドレ氏を尊敬している」
その言葉にアンヌは目を見張り、目を細めた。
「そう本心から言いきれるのがすごいね。あんたがエスポワールの王なら、世の中平和になるだろうに」
彼女の言葉が妙に引っかかる。今の王は、ラウールの父親のはずだ。彼の父親はそんなに悪い人間だとは思えなかったのだ。やはりアンヌはエスポワールに対して良い印象を持っていないのだろうか。
「エリスが女王になれば、きっと良い国になるよ。俺はそのために動くだけだ」
アンヌはその言葉に驚きを露わにする。彼女が何か言いかけた言葉を、叫び声が呑み込んだ。私達は思わず立ち上がる。
「大変だよ。また人間とトラブルになってる」
ポールがアンヌの家の中に現れた。彼も転移魔法を使えるのだろう。
「どういうことだ」
ラウールは憮然とした表情でアンヌに問いかける。
「そのままだよ。テオの奴らとたまに小競り合いが起こる。何もこんなときに」
「国境線の間には緩衝地帯が設けられている。そして、お互いに入らないことを条件にしているはずだが、今は違うのか?」
「その条件は変わらない。でも、テオの奴らが、その緩衝地帯に入ってきて、弓矢や魔法を使って威嚇をしてくる。たまにそのことで小競り合いになり、けが人が何度か出ている」
「それは本当か?」
「見に行けば分かるはずだ」
「わかった。今から確認してくる」
彼はコップをテーブルに置くと立ち上がる。
「いくらあんたでもやめたほうがいい。それに獣人たちだって、あんたを傷付けようとしないとも限らない。いつもこういうことが起こった時には皆、気が立ってしまう」
「では、怪我をした奴らをそのままにしておくと? それに、テオの人間からも話を聞きたい。クラージュの獣人からも後から詳しい経緯を聞かせてもらう」
そこでラウールは言葉を切る。
「テオは二十年前にエスポワールの一部となった。自治権を認めていると言っても、自国の法は守ってもらわねば困る。こちら側が一方的に二国間の条約を破棄したなら、その対処法も含めてな」
ラウールは泣きじゃくるポールの頭を撫でる。
「大丈夫だから、ここにいろ」
その言葉にポールがぴたりと泣くのをやめた。そして、彼はその場で呪文を詠唱すると、姿を消す。
「私も行く。ラウールなら大丈夫だと思うけど」
「私も行くよ」
アンヌも立ちあがる。だが、彼女の足もとがふらついていた。彼女が呪文の詠唱を始めようとしたとき、リリーがアンヌの腕をつかんだ。
「ダメよ。今使ったら、あなたの体に負担がかかりすぎる。緩衝地帯までの距離はどれくらいなの?」
「僕が使うよ。魔法だけはお姉ちゃんよりも得意だもん」
ポールがアンヌの腕をつかむ。
「ありがとう」
ポールは涙の浮かんだ瞳で笑みを浮かべ、口元を引き締めた。目を閉じた少年が呪文の詠唱を始め、私達の足もとが光り輝いていた。




