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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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砂の国

 目の前に広がるのは砂一面の世界だ。アリアの言っていた寂しいという意味を実感する。


 ラウールは眉根を寄せ、辺りを見渡す。


「随分変わったな」


 辺りには木で作られたと思われる小屋が点在している。その奥を見渡せば、小さな森がある。何人かが驚きこちらを見ているが、アンヌ達の姿を確認したのか駆け寄ってきた。


 耳やしっぽがある人がいたり、目の色だけ異なっていたり。外観は動物そのもので、二足歩行をしていたり。獣人といっても随分違うのだと感じさせられた。


 そのとき、私とリリーの前に小柄な男の子が現れる。彼の目は黄色く瞳孔が縦に長く伸びていた。猫に近い感じの目だ。 


 少年はにこりと笑みを浮かべる。


「お姉ちゃんお帰りなさい」


 少年がアンヌの足に抱き着く。


 その少年の目が私達に移る。


 少年は私達をじっと見る。彼は忍び足で私達に近寄ってきた。だが、ラウールの傍に来た時、彼はラウールの腕をつかみ、にこりと愛らしい笑みを浮かべる。


「僕、ポールっていうの。お兄ちゃんは?」


 ラウールは屈み、目線を合わせると自分の名前を名乗った。周囲の人は彼の名前を聞き、動揺を露わにするが、当の少年は屈託なく笑う。彼はあっという間にラウールに懐いてしまっていたようだ。


 彼はラウールの腕をつかんだまま、私とリリーにも自分の名前を名乗っていた。私達は彼に名前を名乗る。そして、お辞儀をすると、ラウールに微笑みかける。


「お兄ちゃん、遊ぼう」


 その少年の胴体がつかまれた。持ちあげたのはエリックだ。彼は自分の肩に少年を乗せる。


「お兄ちゃんもお帰りなさい」


 ポールはエリックの髪の毛を触り出した。


「まだ時間があるなら私の家に案内するよ」


 リリーに見られ、私は頷いた。


「私は大丈夫だけど、どうする?」


「日が落ちるまでに戻れば大丈夫だよ」


 リリーの問いかけにラウールはそう答え、私達はアンヌの家に行くことになった。


 アンヌの家はそこから少し離れた木造建築の家だ。周りの家よりは一際広いが豪邸という感じはしない。はいってすぐの場所に大きな広間がある。木でできた椅子に私たちは腰を下ろすことになった。


「風通しが良くて涼しいね。どんな作りになっているの?」


 リリーは建物に興味を示したのか辺りを見渡す。


「口で説明するのは難しいかな」


 アンヌの言葉にリリーはそうだねと舌を出す。


「何か飲むか?」


 アンヌが立ち上がろうとすると、エリックが制する。彼は抱えていた少年を床に下ろすと、家の奥に入っていく。その少年はラウールの傍に行くと、腕をつかんだ。想像以上にラウールは彼から懐かれたようだ。彼の視線がラウールの背中の剣に向かう。


「お兄ちゃん、その剣を見せて」

「危ないよ」


 ラウールは困ったような笑顔を浮かべる。だが、決して少年を邪険に扱ったりはしない。


「無理を言わないの」


「でも、見たい」


 少年は頬を膨らませてラウールを見る。


「分かったよ。でも、刃の部分には触れないこと」


 少年は目を輝かせると、なんども頷く。


 ラウールは立ち上がると剣を抜いた。あの森で見た不思議な輝きを持つ剣だ。


「ピカピカだ」


 少年の目がぱあっと明るくなる。


「それはノエルの剣だよな」


 アンヌが目を見張り、ラウールの剣を見つめていた。


「そうだよ。俺が子供のときに、作ってくれた。昔は分からなかったが、結構特別な剣だったんだな」

「ノエルってあの有名な鍛冶屋の?」


 リリーの言葉にアンヌは頷いた。


「そうだよ。あのじいさんがエスポワールの王子の剣を作るとは驚いたよ」


 有名な人なんだろうけど、私には誰か分からないので、後からリリーに聞いてみよう。


 その時、エリックがお盆を手に戻ってくる。ラウールは少年に断り、剣を鞘に納めた。


 彼は一人ずつグラスを渡して回る。そして、最後にアンヌに渡す。


「一度、家を見てくるよ。ポールも来い」


 少年はぐずり、ラウールの腕に抱き着いていた。ものすごく懐かれてしまったようだ。エリックがそんな少年をたしなめる。彼は「また遊んでね」と言い残し、エリックに抱えられ、帰っていく。


 私もラウールみたいに話をしたかったな。


 心残りを覚えながら、エリックの運んできてくれた水を口に運ぶ。妖精の国の水とは違い、少しニガミがある。この辺りは硬水なんだろうか。気になるほどではなかったので、一気に飲み干した。


 ラウールやリリーも各々口をつけ、半分ほど飲み干していた。


 そんな私達を見てアンヌは笑みを浮かべる。


「美桜は変わった娘だとは聞いていたが、ラウール王子も変な奴だね。私達を見ても普通なんだね」


「私、変わっているの?」


「変わっているとは言い方が悪かったかな。素朴で優しい子と言う話を妖精たちから良く聞いたよ」


 そんなふうに思われているとは知らなかったので、照れてきてしまう。


「俺もお前たちも人種が違うだけで、何も変わらないよ。それに俺はアンドレ氏を尊敬している」


 その言葉にアンヌは目を見張り、目を細めた。


「そう本心から言いきれるのがすごいね。あんたがエスポワールの王なら、世の中平和になるだろうに」


 彼女の言葉が妙に引っかかる。今の王は、ラウールの父親のはずだ。彼の父親はそんなに悪い人間だとは思えなかったのだ。やはりアンヌはエスポワールに対して良い印象を持っていないのだろうか。


「エリスが女王になれば、きっと良い国になるよ。俺はそのために動くだけだ」


 アンヌはその言葉に驚きを露わにする。彼女が何か言いかけた言葉を、叫び声が呑み込んだ。私達は思わず立ち上がる。


「大変だよ。また人間とトラブルになってる」


 ポールがアンヌの家の中に現れた。彼も転移魔法を使えるのだろう。


「どういうことだ」


 ラウールは憮然とした表情でアンヌに問いかける。


「そのままだよ。テオの奴らとたまに小競り合いが起こる。何もこんなときに」


「国境線の間には緩衝地帯が設けられている。そして、お互いに入らないことを条件にしているはずだが、今は違うのか?」


「その条件は変わらない。でも、テオの奴らが、その緩衝地帯に入ってきて、弓矢や魔法を使って威嚇をしてくる。たまにそのことで小競り合いになり、けが人が何度か出ている」


「それは本当か?」


「見に行けば分かるはずだ」


「わかった。今から確認してくる」


 彼はコップをテーブルに置くと立ち上がる。


「いくらあんたでもやめたほうがいい。それに獣人たちだって、あんたを傷付けようとしないとも限らない。いつもこういうことが起こった時には皆、気が立ってしまう」


「では、怪我をした奴らをそのままにしておくと? それに、テオの人間からも話を聞きたい。クラージュの獣人からも後から詳しい経緯を聞かせてもらう」


 そこでラウールは言葉を切る。


「テオは二十年前にエスポワールの一部となった。自治権を認めていると言っても、自国の法は守ってもらわねば困る。こちら側が一方的に二国間の条約を破棄したなら、その対処法も含めてな」


 ラウールは泣きじゃくるポールの頭を撫でる。


「大丈夫だから、ここにいろ」


 その言葉にポールがぴたりと泣くのをやめた。そして、彼はその場で呪文を詠唱すると、姿を消す。


「私も行く。ラウールなら大丈夫だと思うけど」


「私も行くよ」


 アンヌも立ちあがる。だが、彼女の足もとがふらついていた。彼女が呪文の詠唱を始めようとしたとき、リリーがアンヌの腕をつかんだ。


「ダメよ。今使ったら、あなたの体に負担がかかりすぎる。緩衝地帯までの距離はどれくらいなの?」


「僕が使うよ。魔法だけはお姉ちゃんよりも得意だもん」


 ポールがアンヌの腕をつかむ。


「ありがとう」


 ポールは涙の浮かんだ瞳で笑みを浮かべ、口元を引き締めた。目を閉じた少年が呪文の詠唱を始め、私達の足もとが光り輝いていた。


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