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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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守り神の化身

 リリーの仕事は一言で言えば雑用だ。私は彼女と手分けして物を運んだりしていた。


 頼まれた工具を手渡し、少し日の光を浴びたくなり外に出る。休憩自体は自由にとって良いとリリーから言われている。その時、神殿の壁が壊れた場所で木材を削っている獣人が目に入る。彼はアンヌと同じように耳としっぽがついていた。


 神殿は石造りなため、木材を触っている獣人はあまり見ない。


 何を作っているのだろうと気になり、彼のところまで歩いていく。彼が創っているのは、神殿内で使う道具のようだ。器に、コップのようなもの、お皿のようなものとその種類は様々で、私はその木材の形状が変わっていく様をただ眺めていた。


 日本でも木材の工芸品がある。それもこんな形で作っていくんだろうか。


 お店に行けば当たり前のように買えて、あまりどうやって作られているとか考えたこともなかった。でも、木の固まりからこうしたものをあっという間に作り出すのもある意味魔法みたいだ。


 その時、木を削っていた獣人が動きを止め、私をちらりと見る。

 邪魔をしてしまったんだと思い、二歩後退した。


「あんたは人間か」


 私は頷いた。


「怖くないのか?」

「どうして?」

「どうしてって言われても」


 私と彼の会話が途切れ、彼は気まずそうに私を見る。私は彼の言葉に素直な気持ちを述べたが、何かまずかったんだろうか。とりあえずこの場の雰囲気を変えようと決意する。


「すごいですね。全部作り方とか覚えているんですか?」


 彼は私に紙を見せる。そこに書いてあったのは絵だ。彼は絵で指定されたものを作り上げていたのだ。


「こんなシンプルな絵から作れるんですか?」


 私は目の前に並ぶ木材で作られた品々をもっと見ようと距離を詰めた。


「手に取っても構わないよ」


 許可をもらった私は木材で出来た器に触れる。


 木材のはずなのにとても手触りが滑らかだ。そして、軽い。これはもともとの木の性質なのだろうか。


 男性は立ち上がると、近くを通りかかったローズに話しかける。


「少し木材を貰って構わないか?」

「構いませんよ」


 ローズは私を見て、笑みを浮かべ、入口付近で作業をしている男性と何か話をしていた。


 戻ってきた彼は木の切れ端を手に取ると、そこに工具を入れていく。少しずつ形状が丸みを帯びていき、それが人の形へと変わっていく。彼はそれを私に渡す。ちょうど私の手に乗るくらいの大きさだ。


「すごい」


 さっきまで転がっていた木材と同一とは思えない。女の子が正座をしており、目や鼻といったパーツまでしっかりと掘られている。


 私はその少女と私が同じ格好をしているのに気付いた。

 今、私をこの木材に映し出したのだ。


「エリックは器用なんだよ。こういうのは専ら得意なのさ」


 いつの間にかアンヌが私達の傍までやってきていた。


「アンヌ様、すみません」


 彼は頭を下げると、再び自分の作業を続ける。


「少しくらいはかまわないよ。この調子だと予定よりは早く終わりそうだ。あんた達のおかげだよ」


 その言葉に男性は照れたような笑みを浮かべる。


 アンヌはものすごく慕われているんだな。


「邪魔をしてしまってごめんなさい。お返しします」

「良かったらやるよ。いらなかったら、捨ててくれ」

「ありがとうございます」


 私は思いがけない贈り物に、心を弾ませた。


 私がその木の人形を部屋に置きに行きたいとリリーに断りを入れると、彼女はそれを見てにこりと笑う。


「その木材はこの国の守り神の化身という逸話があるの。きっと美桜を守ってくれるよ」

「そうだといいな」


 私は自ずと心が弾むのが分かった。



 彼女たちの作業工程が進むにつれ、日が傾いていく。


 彼女たちはある程度作業が進むまではこの国に寝泊まりすることになっている。それは妖精の国にやってきた面々で唯一転移魔法を使えるアンヌが連日転移魔法を使えないことや、効率を重視したためらしい。魔力は人によって強さが違うため、その使える頻度も個々によって違うとのことだ。


 私は持っていた器を長いテーブルの上に置く。さっきアランが城から持ってきたテーブルだ。


 既に飲み物を飲み、盛り上がっている獣人達の姿がある。

 食事をテーブルの上に置くと、獣人達が各々で取り分けていく。


 彼女たちの夕食をリリーやローズやその他の妖精たちと一緒に運ぶことになったのだ。


 居住区の中に、普段は使われていない大人数が宿泊できる宿泊施設がある。そこで彼女たちに寝泊まりしてもらうことになった。


「いろいろと悪いね」


 一通り運び終わり、戻ろうとした私達をアンヌが呼び止めた。


「気にしないでください。何かあればいつでも言ってくださいね」


「ありがとう」


 私たちはアンヌと世間話をした後、お城に戻ることになった。



 その日の夜、リリーから与えられた課題の目途がつき、一息吐いた。だが、勉強をしていたためか妙に眼の奥が熱を帯び、妙に目が冴えている。


 アリアは私のベッドで既にお休み中だ。


 眠れずに廊下に出る。廊下はひっそりと静まり返っており、リリーやローズの部屋からも灯りが漏れていなかった。


 みんな疲れていつもより早い眠りについたのだろう。


 私は階段をおり、お城の一階まで行く。


 そこにはまだ門番がいた。


 彼らが仕事を終えるまでまだ時間がある。私は外に出てみることにした。

 ひんやりとした空気が頬を撫でてくれ、疲れた頭を癒してくれる。


 少し歩こうとしたとき、前方に人の影を見つけた。

 彼女は私と目が合うとにこりと笑った。


「美桜だったね。眠れないのか?」


 私は頷いた。


「気晴らしに散歩でもしようと思って」

「同じだな。よかったら一緒に散歩でもしないか?」


 私は頷く。


 私はアンヌと一緒に妖精の国を軽く歩く。まだ電気もついている家もあるが、その多くの灯りが消えている。お店もさすがに閉まっている時間だ。

 町の入口まできた時、アンヌは目を細め、家々を眺めた。


「ここはいつ来ても緑豊かなところだね」

「そうですよね。空気もきれいで、水も美味しくて」

「あんたは人間だよね。何でここに住んでいるんだ?」


 彼女はそう言ってから、首を横に振る。


「すまない。私が干渉することじゃないね」


 私は首を横に振る。理由は単純だが、別の世界から来たからなんて今日会ったばかりの人に言えば混乱させてしまうかもしれない。


「ここは空気が綺麗で羨ましいよ」

「アンヌさんの国は違うの?」

「アンヌでいいよ。さんをつけられるとくすぐったい。国の人は祖父の存在が大きいから様やさん付けで呼ばれるけどね」


 そういったアンヌは少し寂しそうに笑う。


「じゃあ、アンヌって呼ぶね」


 彼女は屈託のない笑顔を浮かべる。凛とした彼女とは違う、あどけない笑い方だ。


「私らの国はもともと祖父の持っていた土地の近くで、土地を買って国土を拡大したから、緑は少ないし、すぐに砂埃が舞う。私は愛着があるけれど、もっと良い場所に土地を買ったほうがいいんじゃないかと思うこともある。ただ、そんな大金はとても用意できなかったけどね」


 そこで会話が途絶える。彼女は目元を拭う。その仕草に一瞬、ドキッとする。泣いているのかと思ったのだ。


「悪いね。そろそろ帰るか」


 私はアンヌに促され、城に戻ることになった。


 部屋に戻ってから私はリリーの貸してくれた本を読みふけっていた。そこにはクラージュの国の成り立ちが描いてあったのだ。人であり、獣である存在。それまで、彼らは明確な居場所を持たずに、群れをなし、各地を転々としていたらしい。


 アンヌの祖父であるアンドレのように土地を持ち、豊かな生活を営んだり、才能を生かし、人間の世界に溶け込んだ獣人もいたが、それはごく一部だ。


 アンヌの祖父はそうした彼らを気遣ってはいたが、豊かといえない土地では彼ら全員の面倒を見ることはできなかった。そんな折、彼女の祖父の敷地内で、希少な鉱物が発見された。彼はそれで得た富を使い、自分と同じように獣と人の体を持った者たちを集め国を作ろうとしたのだ。だが、国を作るためにはより広い土地とその土地を持つ者との話し合いが必要不可欠だ。


 その土地を持っていたのは、人間だった。その仲介に入ってくれたのが、ラウール達の住むエスポワールの国王だ。ラウールの父親か、祖父なのだろうか。そうしてクラージュという国が作られた。国の歴史は浅く、三十年に満たないという。彼女の祖父は国の基盤を作り上げ、今から十年前に亡くなったそうだ。


 アンヌはそれから今の立場になったのだろうか。リリーの貸してくれた書物にはそこまでは書かれていなかった。


 もう一度リリーの貸してくれた地図を何気なく見つめていた。

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