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エトワールの賢者  作者: 沢村茜
第二章 獣人の国
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神殿の修復

 私はペンを置くと、文字を記した紙をリリーに渡す。彼女はざっと私の書いた文字に目を通している。


 「なんとか読めるようになったかな」


 私はほっと胸をなでおろして、ペンのキャップを締めた。このペンは万年筆を思わせるしっかりとした形状で、キャップを外せば文字が記せる。中には植物から取ったインクが詰められており、エリス王女からこの前もらったのだ。


 私はこの世界の文字を話せるが、読めないし、書けない。


 困った時にはリリーから意味を教えてもらったりと翻訳を頼んでいたが、このままでは私のためにならないと彼女が文字を教えてくれるようになったのだ。


 言語としては特定の文字を繋ぎ合わせて一つの意味を形作る。日本語に近い言語のような気がするが、その分単語などは文字として一つずつ覚えなおす必要がある。


 言語の勉強に不安はあったが聞き取れるという便利性から、そこまで大変ではなく、思いの外順調に進んだようだ。


 私がおじさんのメモから作ってみた薬は一応、私に全ての権利を託されており、国の在庫が切れそうになれば、私が作って渡すという感じになっている。だが、リリーもローズも手伝ってくれるので、大変だという気はしない。


 私自身はこの国の人が自由に作っていいと思っているが、リリーもローズも何があるか分からないので、当面は私だけがその方法を知っているとしていたほうが良いと提言してくれた。


 バイヤール達の件も、一通り落ち着き、彼らは期間はばらばらだが、それぞれ牢に入れられたり、もう二度とこうしたことをしないと判明するまで軟禁状態になることになった。彼らの罪状は国に損害を与えると見なされる行為をしたためだそうだ。あくまでローズの誘拐ではない。それは人間の国に定められた法律によるところが大きいそうだ。


 ラウールは「法には不備が多い」と言葉を濁していたが、リリーの言っていた人間以外のものを傷付けても罪にならないところが大きいのかもしれない。


 ローズは彼らが罪に処されると聞き、軽い罪悪感を覚えてしまっている。私やリリーがそこまで気にしなくて良いと言っても、人の良い彼女にはそういうわけにはいかないようだ。


 私がバイヤール家の前でラウールに出会ったのは本当に偶然で、ラウール自身はバイヤール家が不穏な行動をとっていると耳にし、調査していたようだ。


 タイミングが合わずに、私一人でアルバン達に見つかればそのままどこかに軟禁されるか、最悪殺されてもおかしくなかったとラウールから苦言を呈された。そういう面では運が良かったのだろう。


 ラウールが偵察を周りの人の任せなかったのは、信頼出来る人で、見つかった時にトラブルを最小限で抑え込める人間を模索した時、自分が一番に当てはまったらしい。


 自信家と言いたくなるが、森での力量を見ると、彼が自信を持ってもおかしくはないと思う。


 その時、ドアがノックされる。私が返事をすると、ローズが顔を覗かせた。


「勉強の調子はどう?」

「とりあえず一通りは読めるようになったけど、まだ時々忘れているみたいだね」


 リリーのもっともな台詞に頭が下がる思いだ。


 リリーはみっちりと本の並んだ本棚に行き、一冊の本を手に取る。それをテーブルの上に置いた。


「とりあえず今日は終わりだけど、余裕があればこの本にも目を通しておいてね」

「これ、何?」

「地図や社会情勢が記されたもの」


 私は顔を引きつらせるが、リリーは容赦ない。

 ローズは部屋の中に入ってくると、リリーの渡してくれた本を手に取る。


「懐かしい。これ子供のときに読んだよ」


 ローズは楽しそうにその本をぱらぱらとめくる。


「簡単に明日から教えるけど、余裕があれば予習しておいてね」


 私は気のない声で返事をした。仕方ないとは分かっていても、進んで勉強しますとならないのが私のダメなところだろう。


「ローズは女王様の用事は終わったの?」

「終わったというか、今日アンヌが来るから、リリーを呼びに来たの」

「もうそんな時間なんだ」


 リリーは私の部屋にある時計に視線を落とす。


「アンヌはね、ここから少し離れたクラージュに住んでいるの」


 ローズはさっきの本を開き、クラージュと書かれた国を指差す。その間には人間の国エスポワールがどんと存在している。妖精の国の名前はルーナと書かれていた。


「この国の神殿が老朽化で安全性に不安が出てきてしまったので、修復するの。今までも何度か申し出はあったのだけれど、なかなかお互い都合がつかなくてね。良ければ美桜も行く? 紹介するよ」


 私は二つ返事で頷いた。

 私たちが城の一階に到着すると、その城の様子はいつもと異なっている。雰囲気は一変し、和気あいあいとしている。その中で見慣れない形姿をしている人が視界に映る。


 動物のように耳やしっぽがあって、足は人間のように普通の足をしている人もいれば、鋭い爪が見え隠れする人もいる。人と呼んでいいのか分からないけれど。


「クラージュは獣人の国なの。見た目は獣と人間のハーフに似ているからそう呼ばれているんだ」


 ローズはそっと耳元で教えてくれた。


 私はアリアの言っていたことを思い出した。獣やドワーフや、それらの混血の存在だ。


 その時、猫のような三角の耳に、長いしっぽのある女性がこちらに手を振る。髪の毛はダークブラウンで遠目にもつやつやしているのが分かる。手は人間と同じような手で、足にはブーツのようなものを履いていた。


「アンヌ」


 リリーは彼女のところに駆け寄る。そして、言葉を交わしていた。

 リリーが私を指差し、その猫のようなパーツを持った女性と目が合う。きりっとして凛とした綺麗な人だ。金の瞳がきらきらと輝いている。

 彼女は口角をあげて微笑むと、リリーを向き直る。


「彼女がアンヌ。そのクラージュの代表というか一番偉い人なの。頭領とクラージュでは呼んでいるみたいだけどね」

「代表ってすごいね。結構若く見える」

「今年二十五かな」

「祖父が建国をしたから、そのまま形式上後を継いでいるだけだよ」


 いつの間にかリリーとアンヌが私達の傍までやってきていた。


「始めまして。私はアンヌだ」

「私は美桜です」


 彼女が差し出してくれた手を握る。手がすごくすべすべしていた。


「アンヌ様、荷物はどこに置けばよいですか? 皆、困っていて」


 背後には手足に鋭利な爪のついた女性の姿がある。アンヌより動物の部位が少し多いようだ。


「今すぐ行くよ。じゃあ、またな」


 アンヌはそう言い残し、その女性と共にお城の入口から出て行く。


「私達も行こうか」


 ローズの呼びかけに応じ、私達は城を出る。耳やしっぽのある人たち行列が出来ていた。驚くべきは彼らの手には各々が大木や大きな石を抱えていることだ。私の胴体くらいありそうな石でさえ、軽々と持ちあげている。


 何人かはローズやリリーに声をかける。


「アンヌの国の人は魔法が使える人は少ないけれど、力が強い人が多いの」


 ローズの話に私は納得する。


 私たちは獣人たちの行列に入り込み、お城の傍にある細い道を奥に進む。そこからしばらく歩くと、石造りの神殿が視界に入る。だが、柱にはヒビが入り、入り口付近にある像に至っては腕が欠けてしまっていた。


 神殿の中に入ると、アランや、フェリスク様の姿もある。

 私たちは彼らのところに行くと、挨拶をした。


 だが、私の視線は彼らのすぐ隣のにある石造に奪われる。それは女性の像だ。だが、おかしいかもしれないが、私はその像に命を感じたのだ。まるで今すぐでも動きだし、微笑んでくれそうな。


「それはこの前、ラウールに持ってきてもらったの。神殿の修復の話をしたら、無償で、一部分だけでもいいから作らせてくれと言う人がいると言っていてね。神殿までの道のりに飾る予定だけど、何かすごいよね」


 リリーが何かと言った理由が分かる。その像には造詣の美しさ以上に、何か心を引き寄せるものがあったのだ。


 ものすごく熟練した職人さんが作り上げたんだろうか。ため息しか出てこない。


 ローズがリリーを呼び、何か紙を渡して材料の置いてある場所や、誰がどの作業をするのかといった割り振りを説明している。アランとフェリクス様は既にその場を離れ、持ち場についているようだ。


「私には何か手伝えることはない?」

「私の手伝いをしてくれると助かるな」


 私はそう言ってくれたリリーの手伝いをすることになった。


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